第15話
夜になった。
俺は喉が乾いて冷蔵庫を開けたが、母の作った麦茶しかなく、何となく自販機まで買いに出かけることにした。
一瞬昼間の教師の警告が宙に浮かぶが、教師の妹と俺は違う、そんなかよわくないぞ、と振り切った。
今日の今日の忠告を軽く無視してしまうなんて。
それでも大の男が近所の自販機まで外出出来ないのは何だかとても変だし、と靴を履き変える。
近所の橋を渡ろうとしたところだ。
橋を越えると丁度自販機が三台並んでいる。
「深追い橋_ふかおいばし_」という名称の橋だ。
橋に何かいる。
近付いてみると着物を来た……女だろうか。
背を向けて長すぎる黒髪を垂らしている。
何か異様な雰囲気がする。
背後まで近寄ってみた。
突然クルリと女が振り向いた。
顔がなかった。
いや、包帯でグルグル巻きだった。
避けるような大きな口だけ開いている。
そうだ、化け物に決まっている!異様な雰囲気を感じ取っておいて、俺はどうかしていた!
包帯女は青森神主の言う通り、正体を認識された俺に襲いかかって来た。
臨、兵、闘、者、皆、陳、列、在、前!
印を結ぶ。
だめだ!包帯女は俺の腕に噛みついてきた。
やはりこの魍魎に合う術のセレクトが重要らしい。
懐から霊符を取り出した。
文字ではない文様が描かれた霊符だ。
四神獣玄武の力が込められている。玄武は水の力だ。
霊符を波動の道に載せ化け物にあてる。
通常の物理法則じゃ理解できない移動の仕方だが、煽り風に吹かれるように女の化け物に向かって、吸い込まれるように化け物の身体に張り付いていく。
グゲゲッ
包帯女が頭を大きく左右に振っている。
これだけじゃ滅っせない。更に懐から水の霊符を取り出し投げ付ける。
グゲゲッ
包帯女が更に大きく頭をかぶりに振っている。
だが消える様子は無い。
まずい……だめだ!包帯女も最初より弱っているが今の俺の力じゃ三回の中では消滅させることが出来なかった。
もう一回だけ!
俺は札を使った。
包帯女はやっと消えた。
胸で息を撫で下ろしたが、唐突に俺の体全身が冷たくなってきた。
体に力が入らず、橋に倒れこんだ。
声が出せない。
金縛りのように指先も動かせない。
冬眠のように、急速に体が凍えてゆく。
これが、限界まで法力を使ってしまって起こる末路なのか……。
三回ルールがこんなに厳戒なものだったとは、甘く見ていた。
倒さずに退散すればよかったんだ。
目を閉じ、意識だけしか動かせなくなった俺の耳に足音が聞こえる。
慌てるでもない足音はそのまま近づいてきて
「おや、君はいつぞやの」
頭上で声がする。
この声はいつかの、学校前で話しかけられたジャーナリスト機洞連。
「どうしてこんな場所で寝てるのかな?」
そう言って俺の顔に手をかざす。
「ム…………、これは………………!」
「神力が…………弱っている…。……このままじゃ、死ぬぞ。いや、死なないでも…………」
機洞は何かを考えこんでいる様子。
俺のそばにかがむ気配がわかった。
「いいですか、私の神力を分けてあげます」
静かに息を吸い込む気配がする。
頬に冷たい手が触れた感触がした。
と同時に口と口があたる。
息を吹き込まれる。
いや、息だけじゃない。痺れるような浮遊感のあるエネルギーが送り込まれ……
「はぁっ!はぁっ!」
ゴホゴホと咳き込みながら起き上がる。
「君ねえ、自分の身の程は弁えて力を使ったほうがいいですよ。その分だと限界越して祓いましたね」
男は片ひざをついて眉を寄せながらこちらを見ている。
「あ、ありがとうっ……ごほっ…」
「名前、何て言うんでしたっけ?」
「かしわっぎ定児……!あの…社樹高っ…のっ…」
「霊査をしていたら、急に不穏な気を近くに感じたもので来てみたらね」
「霊…さ?」
「霊波を読んで土地を調査していた。でも面白い。定児君、君も私のように力を使えるのか。また何かあれば、取材させてくださいね。私はこれで」
そう言うと男はさっさと去っていった。
後には真夜中の冷たい風だけが残されていった。
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