第一話

 さて、先程俺の発言だが、我ながら完璧である。




 講義をするスタイルをとってしまってはいつカンニングがばれるかわかったもんじゃない。


 


  こうすれば、俺は解説を見てそれをそっくり言えばいいだけなのだ。何も心配することがない。


 と、自負していると生徒の……たしか神原と名乗っていた女の子が、俺にたてついてきた。




  「は? こっちは勉強を教えてもらえるって聞いてきたんだけど?なんで自分で勉強してわざわざ持って行かなきゃいけないわけ?」




「み、皆やれるところは違うだろうし、苦手な部分も違うだろうから、まとめてやってしまうのは時間の無駄だと思ったんだよ。


 自分で勉強って言われても、結局やるのは君なんだから、聞いてるだけは勉強とは言わないし、そこは変わらないと思うよ……」




「ふーん、まぁ分かるところ授業されてもめんどくさいだけだしまぁいい。でもな、質問ってよんだらお前がこい」


「あ、ああ。わかったよ。じゃあわからないところがあったら呼んでくれ。すぐ行く」




 な、なんとか誤魔化せた。




 確かに勉強しに来てるのに質問あったらきてくれ、というのは少しお門違いだったかもしれない。


  いつも塾の先生に文句をいっていたのが役に立ったな。




 と、思っていると、また手が上がる。


 もうやめてくれ、と思いつつそんなことできるわけがないので、仕方なく名前を呼ぶ。相手はむーである。




「みー、私たち、わからないところが分からないんだけど……」




 は? と思った。わからないところがわからない?意味不明だ。と思っていたが、周りの女子軍団は急に示しを合わせたかのようにうなずきあっている。


  あー、終わった。と思う。


 わからないところがわからない、ということは全員、自分はできると思っており、教えてもらう必要はないが、問題はなぜか解けない、という最悪な状態であるからだ。




 これでは講義もできないし、(はじめからやる気などなかったが)質問を受け付けることもできない。




「なるほど……じゃあつまり、どうしてほしいわけ?」




 もう、素直に聞くことにした。変に考えていても仕方ない。




「え、だからさ。それを教えてもらいに来たんだけどうちら?」




  神原さん怖い……




「あ、そうだったね、じゃあさ一緒にどうすれば頭よくなれるか考えてみてよ。


 間違えた問題を解けるようにしていくっていうシンプルな方法からいこうか。どう思う?」




   俺がそういうと、生徒一同の顔がげーっとしたものになる。




「せ、先生、それってまず問題を解かなきゃいけないんですよね?そ、それはちょっと嫌です……」




 初めて中島さんがしゃべった。ということはそれだけ嫌だ、ということなのだろう。だがしかし、ここは引くわけにはいかないのだ。




「あぁ勿論だ。


 そもそも問題を解かなきゃ勉強にならないだろう。どんな方法をとったとしても、最終的には問題を解くことにはなるんだから、そこは勘弁するんだな」


「うっ、で、でも解かなくても見てるだけで頭よくなるみたいな、そういうの先生なら知ってるんじゃないんですか?」


「知らん。あきらめろ。ではみんなこの方法でいいかな?」




    しぶしぶだが、やっとはーいと返事をもらうことができた。 




「じゃあ、さっそくだけど始めようか。みんな参考書出してー」






 まーた手が上がった。もうやめてくれ、とおもいつつしょうがなく指名する。なぜなら、今日初発言の大原さんだったからである。




「ん、大原どうした?」


「あ、あの、今日は講座と聞いていたので、参考書とか一切持ってきていないんですが…」




 それじゃ勉強できないじゃん……


 第一、念のため持ってくるだろ普通…と思って周りを見ると皆うなづきあっている。


 うっそだろ、おい。勉強するつもりないじゃん…てかどうやって勉強するつもりだよ……




「ん、じゃあ貸そうかー?」




 まさに神の救済とも思える声が天から…ではなく部屋から聞こえてきた。むーである。


 忘れていたが、そういえばここはむーの家だった。




「本当にありがたい。じゃ皆むーに苦手な教科を伝えて参考書を借りてきてくれ」


「別にうち苦手な教科とかないんだけど…まぁ数学でも借りておこうかな」


「私は理科でお願いします」


「私英語ーー!」




   こんなに苦手教科が被らないものなんだろうか…




「はーい、ちょっとまってねー。あ、あった。じゃあこれさよのやつねー」


「ん、ありがと」




 なんでこいつらこんな関係で友達なんだよ、はたから見たらなか悪い感じだぞ




「お、理科っぽいのが、あ、これだぁめぐみーどぞー」


「ありがとうございます。お礼はまたこんどしますね」


「いやーそんなのいらないよぉー」




    こいつらも、なんで仲いいんだ…タイプ合わなそうなのに…


 などと考えていると戸棚に顔を突っ込んで参考書を探してくれていたむーがぎゃっと悲鳴を上げた。


   なんだろうと覗き込もうとするとむーの顔が飛び出してきた。なにをするのかと思ったら中島のところに走って行って




「ごめん! 私英語は得意だからいらないなって思ってこの間全部捨てちゃったの忘れてた!!」




 なんだ、それはこいつが持ってきてないのが悪いんだからむーが謝ることではないと思うが、そこを素直に謝れるむーのことを少し尊敬していたり…するかもしれない。




「えー! 皆のはあるのに私のだけないの?ひどいよぉ」




 とうの本人は自分が忘れたから借りることになったということをすっかり忘れているのか、探してくれた感謝をするどころか逆に怒っている。




「ほんとにごめんね、英語以外だったら何の教科がいいかな?」




 本当にむーは優しいなぁと感激する。




「英語ないならもーいいもん! 勉強なんてしないもん。私のだけないなんてひどいよ!」


「そんなこと言わないで、ね? じゃあ一緒に社会をやろっか」


「いい! やらない!ひどいよむつみ!」


「やろうか? ね? こはる?」


「ひえっ。は、はい、やりますやらせてください!」


「その意気だよー!じゃあ参考書持ってくるから待っててねー」




 なんか、一瞬悪魔が降臨したような気もしたが、きっときのせいであろう。


  とにかく、中島さんがやる気になってくれてよかった。とうの中島さんは泣きそうな目で凍り付いているが。




「はーい! じゃあ全員参考書持ったわけだし、勉強を始めよっかー!」


「「「はぁーい」」」




 むーが、俺の仕事を減らしてくれたみたいだ。


 ありがたい。では、質問が出るまで寝ることにしようかな。


 と思っていると、むーから参考書を手渡される。理由が分からず戸惑っていると、




「みーも一緒に、勉強しようか。先生も勉強して皆のお手本になった方がみんなのモチベーションも上がるだろうしね。


 てことで、頑張ってね。教科はみーが昔苦手だった英語ね。あ、こはるには内緒にしておいてね。きっとまた騒ぎ出すだろうから」




  と最後に口止めされつつ、参考書を渡されてしまった。勉強してもしなくても点数変わらないんだけどな……と思いつつ、仕方なく受け取り勉強を始める。




  うっ、全く分からん…やっぱ、点数取れるだけで頭よくなったわけではないんだな、と再認識させられる。どうせ暇なら、折角だし勉強するか、と思った。


    まわりが意外にも真面目にやっているので、びっくりするくらいはかどる。質問にも来ないので中断することなくやっていると、気づいたら日が暮れていた。




  結局、今日は質問0で、ただ俺が無駄に勉強するだけ、という結果になってしまった。


 家についてから違和感に気づく。




 今日の勉強は、「みんな静かでまじめにやっている」? おかしいだろう。成績の悪い友達同士なんかがそろったら、普通は話しふけてしまって、全く勉強などできないはずだ。


    あいつら、全然合わなそうだし、ほんとに友達なのかな……




 翌日。今日もむーの家に行く日である。俺が行くと昨日と同じように先に皆来ていた。




「先生が一番遅くにきてどうするわけ?」




 この家にきて一番初めに言われた言葉が嫌味になってしまった。わるいわるい、と謝りつつ昨日と同じ場所に座る。




「じゃあみんなはじめよっかー!」



    昨日と同じように、むーが掛け声をかけ、はーいという返事とともに勉強を始めた。


 そしてまた、俺の手元には、昨日と同じ参考書が置かれているのであった。


 参考書を開き、昨日の続きをやろうとすると付箋が挟まっていた。


 そこには(折角やるなら昨日の復習から始めてみてはいかがですか)とあった。




 昨日やったことだからさすがに内容も覚えているし、時間をつぶしやすいのは確かと思い、昨日の復習から始めることにする。




 ある程度まで復習して気づいたのは、昨日の内容であるのにもかかわらず、意外と忘れている、ということだ。


 


    昨日はわからなかった視点から、同じ問題を見れたりもするので、思っていたより楽しい。




 復習がひと段落ついたので周りを見渡してみると、皆とても集中してやっているようだ。


  ここまで勉強に集中できる人間が、頭悪いなどあり得るのだろうか。




   結局、今日も昨日と同じで、俺が一人で勉強しただけである。質問になど一切来ない。


 俺のいる意味はあるのだろうか。


 昨日と全く同じは嫌なので、今日は気になっていたどうして頭が悪いのか聞いてみることにした。大原が一番近いから大原でいいか。




「おーい、大原。このあと予定とかある?」

「いえ、とくには…」

「じゃあちょっと付き合ってくれ。カフェでいいか?おごるから」

「は、はい。わかりました」




 そういってから、携帯で一番近いカフェを探し、そこにいくことにした。カフェに入って、少し時間がたってから大原が口を開いた。




「用事は何でしょうか?」

「あ、あぁ。もしかしたら君を傷つけてしまうかもしれない。大丈夫か?」

「わ、わかりました。大丈夫です」

「じゃあ率直に聞くがな、どうしてお前は頭が悪いんだ?あんなに勉強にも集中できて、極度の理解能力不足にも見えないんだが…」




 そういうと、大原はとても困っているような顔をした。


 恐らく思い出したくなかったことで、いうべきかどうかも悩んでいるのだろう。少し時間がたってから大原は顔を上げ、話し始めた。




「先生。わたし、いじめられてたんです」






 今私たちは高校3年生じゃないですか?私がいじめられていたのは高校一年生の秋からなんですが、


 どうやら私が真面目に授業受けたりしていたのが気に食わなかったようで、いじめの標的にされてしまったんですよ。


  そのいじめがもう本当に過酷で、私はそんなにメンタルが強い方ではないのでそれに耐えられなくなって、すぐに不登校になってしまったんです。


 実は、私いまの学校は編入なんですよ。


 親が、必死になって新しい学校を探してくれて、それでなんとかまた学校に通い始めることができたんです。


 


 でもまぁ、学校という物自体に恐怖を感じていたので、ちゃんと通えるようになったのは二年生の秋なんですけどね。


 


  もうわかりましたよね。




 その間の勉強を、私は一切できていないのです。だから学校に通い始めても意味が分からず、そのまま今日まで来てしまったのです。




  「嫌なこと思いださせて悪かったな」




 俺が考えた末に発した言葉はそれだけだった。




 大原は、心配している俺の様子を見てもう大丈夫ですよ。と笑ってくれた。その表情には、どこかほっとしているような感情が読み取れた。




「今日は、ありがとう。変なこと聞いて、悪かったな。質問あったら聞いてくれな。誰も来てないから暇してるぞ」

「ありがとうございます。わからないところがあったら、質問に行かせてもらいますね」




  そういって、大原と別れた。今更だが、どうして質問に来てくれ、などと言ってしまったのだろうか。


 きっと、いじめから逃げてきた一人の女の子を救ってあげたかったのかもしれない。




 (今日、いじめで転校してきて、そのせいで勉強に遅れていることにしました。皆さん把握しといてください。以上です)


 一応ラオンを送っておきましょうかね。


 (りょーかい)

 (おっけー!)

 (はーい)

 (分かった。報告ありがとう。)


 皆、わかってくれたみたいでよかった。







五人目にお気づきいただけただろうか…?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る