第6話、何となく避けがちに見えたのは、無意識化で気づいていたのかもしれない
僕の、どうしようもないあってないようなプライド。
そのつもりがあったわけじゃない、とは言えないが。
思わずぼやくと。
「それならすぅと一緒に特訓しませんですか? 頑張ればきっと、なんとかなると思いますっ!」
これは名案だと、すぅは手を叩いて身を乗り出す。
確かにすぅは実力№1のセツナに土をつけた強者だから、僕にとっては願ったり叶ったりな話ではあるのだろう。
「特訓か。 そりゃいいな、僕からも頼むわ」
「ホントですかっ? 良かった~。それじゃあ、一緒に頑張りましょう!」
僕がそう言うと、何だか安心した様子ですぅは声を上げた。
その時はまだ、すぅの申し出は僕にとってマイナスにはならないし、別にいいかってくらいの気分だったと思う。
だからこそ、その時のすぅが本当は何を思っていて。
僕がとんでもない勘違いをしていたなんて事はこれっぽっちも気づけなかったんだ……。
※
それからしばらくは。
約束したように暇な時間を使って、二人で特訓するようになっていた。
それにより分かったことは二つある。
一つはすぅが僕なんかとは違って、とてつもなく大きな使命を抱えているってことだった。
それが何なのか直接訊いた事はなかったけど。
特訓の時や、授業なんかの時に感じたすぅの底の知れない強さみたいなものが、そう思わせずにはいられなかったんだ。
もう一つは、すぅの言っていた『友達百人作戦』が、意外とうまくいっているということ。
唯一の失策と言うか、すぅが落ち込んだのは、案の定すぅが入ったことにより入れ替わりに落ちてしまった奴がいたことだった。
すぅは別に何も悪くなかったんだけど、それはそれは見るのもしんどいくらいにヘコんでいて。
慰めるというか、ナットクさせるのに随分苦労したのを覚えている。
それ以外は控えめながらも大抵元気一杯で、世間に疎い所とか、考え方がちょっとずれている所とかを含めても、みんなから慕われ、頼られる、クラスのリーダー的存在……いや、どっちかと言うと次々に頼み事をされてあたふたしているみんなの人気者、って感じだった。
ただ、そんな引く手数多な状態になっても、僕との特訓と、その後の缶コーヒー一本を肴に、ろくでもないその日その日の会話をする習慣は続いていて。
相当お気に入りの様子のコーヒーを飲みながら今日あった事を話すすぅは見ていて飽きなかったし、僕も何だか楽しくて、こんな時間がいつまでも続けばいいのにな、なんて思うようになっていたんだけど。
それが危うい感じになったのは、それからすぐのことだった。
元々あまり成績の良くなかった僕は、すぅと特訓していたのにもかかわらず、どんどん難しくなっていく授業や試験についていけなくなっていたんだ。
何が得意とか不得意とかそう言うの以前に、そもそもここに残るための、強くなるための『信念(デターミネイション)』が足りないんだって先生に言われた。
それは、何の期待も、苦労も、使命もない僕にとって、最も遠い言葉だった。
どうすればそれを得ることができるのか、何にも分からないままで……。
ついにやって来たのは「次の試験での不合格者は落第する可能性がある」と言った内容の発表。
来る時が来たなと感じ、さすがにもう限界かもしれないと、僕は思わずにはいられなかった。
その予感めいた感情は、試験まで後一週間という所まで来ても何も変わらなくて。やっとの気分で授業を終えた僕は、その日の放課後何をするでもなく、学院内をブラブラと散策していた。
もうすぐ見納めになるかもしれないからまだ行ったことのない場所に行こうか、なんてことを考えていたのかもしれない。
しかし、そうは言っても、今日だって何も予定がないわけじゃなかった。
試験も近いし、苦手な部分を重点的に復習しようとすぅと約束していたのに、僕が断った。
僕と違いメキメキと頭角を現し、試験でも常にトップ5に入るすぅとの実力差は開く一方で。
これ以上すぅの足を引っ張るのも申し訳ないし、何よりヘタレな僕を見て、困った顔を見せるすぅの目の前にいるのがしんどかったんだ。
今頃は、一人でコーヒーを飲んでるんだろうか……それとも誰か他の奴を誘ったか。
思えば、授業中や特訓の時以外は、すぅと顔を合わせる機会がほとんどなかったことに気づく。
友達だって言った割には、すぅが普段何してるのかとか全然知らなかった。
僕って口だけだったのかな、なんて考えていると。
いつの間にやら見覚えのない、どこかのお屋敷の中庭みたいな場所に立っていて。
どこからともなく調子外れなピアノの音が聴こえてきた。
(音楽室って、このへんだったっけか……?)
僕はそう思いながら、耳を頼りに音源を探し出す。
間もなく辿り着いたのは、校舎とさほど変わらない大きさの、赤レンガ造りの建物がある場所だった。
そこの一階の開かれた窓の向こうから、外れたピアノの音が聴こえてくる。
……と。
「むー。やっぱり壊れちゃったですかね……」
そんな聞き覚えのある声がして、僕は部屋を覗き込んだ。
見ると、部屋の中心には大きなグランドピアノがあり、その影にはチョコソフトみたいな色のロン毛が見え隠れしていて。
どうやらそこにいるのはすぅのようだった。
特訓をなんとなく断った手前、声をかけるのもどうかと一瞬思ったが、何か困った様子だったので、僕は窓越しに声をかける。
「おーい、すぅ? どうかしたんか?」
「っ! ぎ、吟也くんっ? あれ、何でっ……あの、そのっ、ご、ごめんなさいですっ!」
するといきなり立ち上がったと思ったら、慌てて自分を見回し、わたわたしながらいたずらのバレた子供のように部屋を出て行こうとするすぅ。
その驚くほどのリアクションに、夢遊病者なノリでぼーっとしていた僕は、はっとなって言った。
「ちょっ……待てや! 何でお前が出てく必要あんねんっ、そんなんしなくても僕が帰るから!」
するとすぅは、言われた通りにぴたりと足を止める。
それを確認して、僕がきびす返そうとすると、更に慌てた様子で声がかかった。
「あ、吟也くん、待って、今のは違うんです! すぅ、ピアノ壊してしまったと思って、そしたら急に声をかけられたから、びっくりしたんですっ!」
「……さよか、んで?」
「んで?」
「だから、引き止めた理由は何やって訊いてんねん。特訓サボったことか?」
顔を合わせてしまったからには仕方がない。
僕が開き直ってそう言うと、すぅはぶんぶんと首を振った。
「違うんです、引き止めたのは誤解を解こうと思ったからなんです。決して吟也が嫌で逃げたんじゃないって言いたかったのです。吟也に、これ以上嫌われたくないですから……」
窓際に寄って来て、すぅは必死にそんな事を言う。
僕はそれを聞いて呆れてしまった。
「嫌われる? 僕がいつすぅのこと嫌ったっちゅーねん」
「だって……最近特訓も休みがちで、お話してもあんまり楽しそうじゃなかったから」
まるで全て自分が悪いんですと言った感じでそう呟くすぅに、そんなわけないと僕は笑って言ってやった。
「だからすぅを嫌いになったってか? ないない、そんなんあるわけないやろ」
「違うんですか?」
「そうや」
「そっか……すぅの勘違いだったんですね」
良かったーと安心したように息を吐くすぅ。
そんなすぅに、何故だか違和感を覚えたが、僕はとりあえず言葉を続けた。
「ほら、もう試験もすぐそこやろ? 今度ばかりは危ないんちゃうかて、ちょっとブルーになっとっただけやがな」
だったら尚更特訓サボったらアカンやろとセルフ突っ込みを入れつつ、僕は誤魔化し笑いを浮かべる。
「今度の……試験」
するとすぅは、悲しげに俯いてそう漏らした。
また誰かが落ちるかと思うとやりきれないのだろう。
すぅは実力はあるけど、競争の世界に身を置くには純粋すぎるかも知れないな、なんて思ったりもしていて……。
(第7話につづく)
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