第2話、本当は大好きなのに、無駄にカッコつけて矢面に



「さ、自己紹介、お願いしまーす」


ジュアナ先生は名前を書き終えると。

今更の転入に不満がないでもないギャラリーを視線だけで黙らせて、改めて新入生君を促す。

何て名前だろう、筆記体で正直分からないんだけど。



「えっと、あのその。読めませんです……」


すると新入生君は、黒板と先生の顔を見比べながら、そんなことを言った。

そうでしょ。筆記体って難しいんだよね……って、ちょっと待てや!


「あ、そうだったわね、ちょっと待って」

「ぶっ」


ミャコが噴き出したのが横目でも分かる。

なんで自分の名前やのに読めへんねんっ。

思わず突っ込み入れたくなったが、その前にジュアナ先生が慌てて書き直した。


「えっと……す、スゥラ・オージーンですっ! 地球の……日本から、来ました!」「へえ? 俺たちと一緒かあ」


清水が、やっぱり変わらぬ笑みのまましきりに頷いている。

晃も何かに興味を引かれたようでニヤニヤしていたが、教室に生まれた無歓迎ムードは変わらなかった。

むしろ、何か外したさぶい空気すら漂っている。


「オージーンさんは、お家の都合で入学が今になってしまったの。まだ、ここの事良く知らないから皆さん教えてあげてくださいね。それじゃあ、オージーンさん、何か一言」


この学園、いちいち家の都合とか考えてたのかな、とは思ったが。

先生がそう言うならそうなんだろう。

新入生君は、それから十秒後くらいに自分が呼ばれたのに気づいたみたいにあたふたしだすと、何かを言うために前を向いて、ぴんと背筋を伸ばした。



(おっ……?)


するとどうしたことか、今までおどおどしていた態度が激変する。

顔の表情もきりりと引き締まり、何かかっこいい。

そのまま教壇の真ん中に立ち、一同を見渡して……。


「すぅには目標がありますっ、みなさん、すぅとお友達になってください! 目標は百人ですっ!」


まるで選手宣誓をするみたいに、新入生君は叫ぶ。

すぐには何を言っているのか理解が追いつかなくて、辺りは一瞬しんとなった。



「……ふがっ」


始めにアクションを起こしたのは晃だった。

鼻が抜けたみたいな声を出して、ぐてっと脱力する。

見るからに笑いを堪えているのが明らかで……そして、それがスイッチになった。

とたんに巻き起こる、様々なタイプの笑いたち。


「友達か! ええで、なったるで、何か気に入った!」


思わず噴出しながら出た僕の言葉に、新入生君が気づき、嬉しそうな表情を見せてくれる。

笑いっちゅーもんは、笑かすこと笑われることの違いよりも、何に笑ったかが大事なんだと思う。なんて、笑いのことなんもしらん兎ファンの東京人のくせに、偉そうなこと考えてみたりしてたけど。


新入生君のその心意気に打たれて、随分と久しぶりな、本当の笑みが出たのは確かだった。

自分の呼称が『すぅ』なのもパンチが効いてるけど。

まさか、この蹴落とし蹴落とされるのが常のこの学院でそんなことを宣言する奴がいるとは思わなかったんだ。


世の中まだ捨てたものじゃない、なんて嬉しい気持ちになったのもある。

見ると、清水も似たような感じだった。

ミャコはちょっと呆れたように肩をすくめている。


そんな僕らのやりとりと、和んだ雰囲気に。

ジュアナ先生も安心したように頷いていた。


最初はどうなるかと思ったけど、中々どうして、何とかなるもんだ。

……なんて考えていると、和んだ空気を吹き消すかのように。


バシンッ! と机を叩き付ける音が木霊する。

どうやら僕の考えは甘かったらしい。

当然視線も集まるその先には、紫色のつややかな長髪を一纏めのポニーテールにし、日本刀を携え高慢な態度を隠そうともしないで立ち上がる一人の女の子……更級雪菜(さらしな・せつな)がいた。


「納得いきませんわ! どうして今頃になって新入生なのです? 今まで落とされた方たちが可哀想ではないですかっ!」


怒りを隠そうともしないで、セツナは新入生君を、ジュアナ先生をアメジストに燃える瞳で見据える。

かく言う僕は、そんなセツナの言葉を聞いて、もやもやを感じていた。



(可哀想、かぁ。脱落者のこと、そんな風に思ってたんだ )


確かに、雪菜は実力もピカ一で、この前の入学試験でダントツの一位だったけどさ。ちょっと上からもの見すぎじゃないの?

今思えば、僕の方こそ一方的で短絡的な考えだったと思うが。

僕の表情が変わったのを見て、やめとけよって視線を晃が向けても構わず、気づいたら僕は口を出していた。


「そんなんしゃーないやろ。センセだって家の都合で今になったて言うてるやん!」「き、急に割り込まないでくださいます?」


そう言って、嫌そうにこちらを見てくるセツナ。

やんのかコラって言葉を返そうとすると、さらにそれを遮るようにして、口を挟まれた。


「吟也さん、だったよね? 今まで辞めてった人たちのこと、何とも思わないの? 血も涙もないんだ?」

「んなっ……だと、こらっ!」


僕はいきなりそんなことを言われ、思わず声を荒げてしまう。

そんなことを言ってきたのは、神秘的さすら感じさせるアルビノの女の子だった。



「だってそうでしょ? 最近まで一緒に頑張ってきた友達が何人も悔しい思いをして辞めていったんだよ? それが今頃になってだなんて……ずるいよ」

「うっ」


ルビーのような深く強い紅潜む瞳に見つめられ、そう言われて。

僕は言葉に詰まってしまった。


彼女、永輪尋(ながわ・ひろ)は、セツナの次くらいの成績優秀者で、そんな子から友達がどうこうって言葉が出てきて驚いたっていうのもある。


でも何で? 何でいつの間にか僕が悪者みたいになってるの?

さらに、当のやり玉であるはずの新入生君も、僕を怯えた目で見てるし……。



「……あの、ちょっといいかな?」


そんな追い詰められた、金のあるところにしか現れないナマモノのような僕を助けてくれたのは。

まるで今の雰囲気を察していないんじゃないかっていった感じの、清水の声だった。


もちろん、いつものいつも通りな笑みは絶やしていなくて……。



             (第3話につづく)






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