雨上がりに橋が架かって願うのは、逃げ場所に選んだ幻想理想郷での思い出
陽夏忠勝
第1話、始まりは、ぐずついた天気を晴らすかのごとく鮮烈に
僕……紅恩寺吟也(くおんじ・ぎんや)は、生まれも育ちも東京だったけれど。
小さい頃にちょっとだけ神戸の方とかに住んでいたことがあって。
久しぶりに戻った東京で幼馴染には、随分変わった変わったって言われたものだった。
それは、中途半端に覚えた関西弁が変だったのもあるだろうけど。
実の所、変わったのはそれだけじゃなかったんだ。
確かに、神戸でもちょっと暮らしていたけど。
僕が両親の元を離れ東京に帰るまでの何年か……僕は、所謂異世界って呼べる場所で、ある学園に通っていた。
もちろんただの学園じゃない。
やがて訪れるらしい、世界の危機を救う英雄、あるいは勇者を育てるっていう、一見しょうもないことを真剣に取り組んでいる、ある意味夢のような学園だった。
―――その名をジャスポース学院(アカデミー)。
同じ名で呼ばれる、夢幻の世界に存在する学び舎。
強くなりたい、みんなを守りたい、世界を平和にしたい。
そんなことをアホみたいに考えている奴らが、選ばれたり、自ら志願したりして、ここに来てるって聞いた。
かく言う僕は、昔は(今も対して変わらへんけど)ケンカどころか、運動もろくに出来ないもやしっ子で。
そのくせ腕っぷしの強い幼馴染に守られてばかりだったのが悔しくて。
強くなりたい……強くなりたいってアホみたいに思い続けていった結果、気付けばこの世界にいた。
現実的なことを考えれば、これって誘拐とか神隠しじゃないのかなって思ってたけど。
二週間にいっぺんくらい思い出したようにやってくる両親からの励ましの手紙で、何やこれもキビシー現実なんだって、ひどく納得したのは覚えていた。
現実は厳しいな思ったのは、それだけじゃなくて。
剣とか魔法とか、夢のように想像していたいろんな不思議な力を覚えたり使ったりすることが、思ってたよりもしんどくて、魔物とかモンスターとか呼ばれる者達は、おっかなくて怖かったことだろう。
先生は魔法で創った幻だって言っていたけど。
初めて魔物を殺した時には、死骸が目に焼きついて、一週間くらい眠れなかったのを覚えている。
そんな訳だから、入ったばかりの頃は、何人いるのか数えるのも億劫なくらい生徒がいたのに、僕がようやくここの生活に慣れた時には、学院生の数は二百人ちょっとまで減っていて。
だけど、本当の地獄はそこからだった。
ある日いきなり、これ以降の授業の定員は百人で、最終的には十人まで絞られる……なんて言われたんだ。
しかも、挫折してやめるにしても、試験に落ちて辞めることになったとしても、ここにいた記憶は消される、ときたもんで。
ここまで根性で残ってきて、いろんな力を身につけて。
それなりにプライドを持ってたもんだから、今までやってきたことを忘れるなんて、もってのほかだ、なんて憤っていた。
そのせいで今まで何となく仲良かったクラスメイトたちとも、何だか少しばかりギスギスしてしまって。
仲間意識よりもいかに効率的にライバルを出し抜き、自分が残るかみたいな考えが広まって。
騙しあい、出し抜きあいみたいな日々に、こんなことでヒーロー育成できるのかなって思っていた頃。
あの子が、途中入学してきたんだ。
あの子がやって来たのは。
ちょうど生徒の数が普通の学校くらい……数百人ほどになった時で。
大幅な人員削減からひと段落したものの、これからはさらに気が抜けなくなる、そんな時期だった。
その日は、みんなの不安と、焦りにも似た雰囲気を。
そのまま表しているかのような、雨の煙る景色が広がっていて。
僕は何をするでもなく、ホームルームの開始を待ちつつ、そんな景色を見やっていると。
しばらくしてチャイムが鳴り、教壇側の扉が勢いよく開いた。
現れたのはいつも元気な担任のジュアナ先生と。
僕と同じ、男子生徒用のモスグリーンの制服に紺色のマントを身につけた、(ちなみに女子生徒の制服は、黒のツーピース仕立てのフレアスカート、リボンがわりの一対のホワイトスノウ)知らない生徒だった。
その子は何だか緊張しているらしく、ジュアナ先生の後をついていく様は、ぎこちないの一言で。
おそらく僕よりは、二つ三つ下の子だろう。
その極度の緊張で顔もこわばっていたが、目も覚めるような美形だった。
偶想(アイドル)って言葉がぴったりはまる、まさにそんな感じ。
「はーい、みなさーん!おはようございまーす!」
『おはようございまーす!』
響くジュアナ先生の声に、僕を含めた学園生達が、一斉に声をあげる。
その統制ぶりはたいしたものだけど、ここにいる全員が完璧に礼儀をわきまえているわけじゃなくて、テキトーに挨拶すると、先生のお仕置きが飛んでくる怖いからだったりする。
何が飛んでくるのかはよう言わん、ってやつだけど。
今まで死人が出なかったのが不思議なくらいだった。
それにみんながびびってるのに気づいているのかいないのか、ジュアナ先生は満足そうに頷きつつ言葉を続ける。
「それでですね、今日は皆さんに、新しいお友達を紹介したいと思いまーす!」
見れば分かることだったが、それでもクラスの中に、ざわつきが広がるのがよく分かった。
途中入学者なんてもちろん初めてだし、ただでさえ学院生の数がどかっと減ったばかりの頃だから、その人物が何者なのか、みんな興味津々だったんだろう。
「おや? あの髪と瞳の色は……珍しいねえ、こんなとこにもいるなんて」
「またそれか」
まるで品定めでもするかのように、突然上がった右隣の席からの声。
僕は思わず突っ込んでしまった。
「またじゃないよ、ここで見るのは初めてだし……一体どこの子かしらね、育ちも良さそう」
そう言って熱っぽい息を吐くのは二希観弥子(ふたき・みやこ)……通称ミャコ。
いきなり初対面で、『あんたの髪って血の雨かぶったみたいね』とか言ってきた失礼極まりない女の子だった。
「あんま苛めたんなよ、カツあげたりしたらあかんで?」
「ちょっと、ちょっとぉ。アタイをなんだと思ってんのよ、そんなことするわけないでしょうに」
周りから見たら、パツキンのナイスバデーでちょっと近寄りがたい雰囲気のある奴とか言われてるらしいけど、僕の第一印象は、性格が大阪のオバチャンな大女って感じだ。
そんなの正直に言ったら何されるか分からんからよう言わんけどね。
まぁ、それは結局僕の大きな勘違いだったんだけど。
「何だか純粋培養、無菌状態の温室育ちって感じはするね」
すると、僕が答える代わりに斜め前の席から聴こえて来たのは、少々ずれた、そんな言葉。
「そうでしょ、そうでしょ? 清水は分かってるねぇ」
「うん、まあね」
ミャコに、グラインドするくらいばしばしと背中を叩かれても動じずに、変わる事のない笑みを浮かべている少年は伯嗜原清水(はくしはら・しみず)。
深い海の底のような髪と瞳が特徴的なのに、存在感が何故か掴み難いといった奴だった。
「……ふあぁ、信号三人衆は余裕だな、安きことこそ勝機也、か」
「信号ゆーなっ、しかもそう言う晃がいっちゃん余裕に見えんで?」
「う~ん? まあ、オレの場合はな。駄目な時は駄目だろうし」
大あくびをしながら変な造語を作ってるのは十夜河晃(とやがわ・あきら)。
眠たげながら好奇心の強い生粋の黒目を窄め、染めたのでは生まれない、ダークバイオレットの髪をかきつつ、面白いのかそうでないのか判断に困る表情で僕らと新入生君を見やっている。
それは、一人くらい入っても余裕だと言いたいのか、別に落ちても構わないのか、微妙な感じだった。
でも、確かに晃の言う通り、清水やミャコみたいな新入生君に好意的なのは、珍しいのかもしれなかった。
かく言う僕も、落ちる時は落ちるからあんまり関係ないって、晃と似たような考えを持つ一人だが、それでもまだマシな方なんだろう。
新入生君はその時、はっきり言って歓迎されてはいなかった思う。
完全にシカトして、自分の内職に没頭する者、あからさまに嫌悪の視線を向けるものがほとんどだった。
ジュアナ先生は、そんな雰囲気に当然気づいていたと思う。
それでも、まるで気にした風もなく、黒板に新入生君の名前を書いていた。
それは横文字、英語だった。
(何や、外人はんか?)
まあ、カラフルに過ぎる髪色目の色をもった子らが屯っているとこにいて外人はんも何もないとは思うが。
周りの奴はみんな日本語バリバリだったから。
あんまり気にはならなかったんだけど……。
(第2話につづく)
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