お茶のあとに… 第二話

「つまり、カップに直接、茶葉を入れたものを飲まされたんだな」

 エルフィーはため息交じりで呟くと、大変苦い顔でアイザックがあの小僧と吐き捨てた。

 気持ちは分かるがアイザックの身も考えると言うな、としか返答できない。


「ダーシーなりにいろいろ考えて飲んだようだ。初めて飲まされた後、手紙を書いて忠告したようだが改善していないところをみると伝わっていないんだろうな」

「もう何度も飲まされたのか?」

「自分が普段、何を飲んでいるか、給仕する侍女たちの動きを見ろなど言ったらしいが」

 理解できていないようだとアイザックが首を振る。


「何度もドレスを着替える羽目になっているのか?」

 ダーシーは部屋を出たあと、別室で処置中である。

 兄とはいえ、アイザックはミリーに追い出された。


「今日は母が家の仕事をしているからな、連絡がこっちに来るように手配していた」

 王妃の側仕えとしてアイザックたちの母は王城にいることが多い。

 以前に同じようなことがあった際は、そちらに報告がいったらしい。


 苦しそうなダーシーの顔を思い出し、エルフィーはとても気の毒になった。

「フィンリーの周りは大丈夫なのか?あんなのがお前の下にいるようでは、先が思いやられるぞ」

 エルフィーにはもうアイザックの言葉を訂正する気力はない。


 言いたいことはたくさんある。

 しかし、口にしてしまうわけにはいかない。

「それ込みで、君がいるんだろう?」

 アイザックの顔を見れば、笑みを返された。

「妹を巻き込むな」

 しかし、地を這うような声にエルフィーは息を吐く。


「腕の見せ所だろう?」

「妹を悲しませるな」

「何度も酷いお茶を飲ませる君も君だろう?」

「あれは妹が対応しなければならない問題だ」


 手厳しいことだ。

 それにしても、どうするかな。

 フィンリーとダーシーを天秤にかけて、あっさりとどちらが先か決断した。




 処置が済み、綺麗に整えられたドレスを着たダーシーは現れた人物に目を見張る。

「エルフィー殿下、ご無沙汰しております」


 王城で直接、会う機会はほとんどない。

 挨拶をするにしても兄が同行している。

 その兄が不在時に来ることはないので、何か緊急事態なのかといつも以上に緊張する。


「今日は災難だったね。もう大丈夫?」

 にこり、と笑いかけられ、胸が弾む。

 令嬢たちが色めき立つエルフィーの笑顔は当然、ダーシーの心も射抜く。


 しかし、揺れる気持ちを必死に隠し、おしとやかな笑みを浮かべる。

「先ほどは大変失礼いたしました。忘れてください」


 エルフィーの耳にははっきりとダーシーの濁った声が残っている。

 可哀そうだという思いもあるが、珍しい姿を見たという面白さもあった。

 当然、忘れそうもない。


 エルフィーの思いを察したダーシーは焦ったように声を上げる。

「殿下!思い出さないでください」

「ごめん、ごめん」

 顔を真っ赤にして抗議するダーシーに謝る。


「で、ダーシーにお願いがあるんだけどいいかな?」

 少し首を傾げ、どこかいたずらっ子のような笑みを含んだ表情をされると、断れるわけがなかった。



 ダーシーは手際よく茶器を並べる。

 その様子を見ながらエルフィーは観察する。


 実はエルフィー自身もお茶を淹れることはない。

 いつも周りの者がやってくれるからだ。しかも、王太子である自分が口に入れるものには必ず、毒見役がいる。

 実際に、毒を入れられたことはないのだが、昔からの慣習で付いている。

 国が出来たばかりのころは毒殺などありふれていたらしい。


 それに比べたら、今は随分、平和になった。

 立場上、国の歴史をじっくりと学んでいる。つい最近までいざこざが多かったロイドクレイブ王国とのこともようやく落ち着いている。国境近くのロチェスターからは時折、報告が上がってくるが、以前に比べて些細なことといえる。


 ダーシーは茶葉を入れず、ポットにお湯をそのまま注ぐ。

「茶葉はいつ入れるんだい?」

「これはポットを温めるだけです。しばらく置いた後、お湯は捨てます」

 その言葉通り、幾らか時間が経った後、ダーシーはポットの中のお湯を捨て、茶葉を入れる。

 それから、新しいお湯を注いだ。

 カップに先にミルク、上からお茶を入れる。

 ふわりと色が変わっていく様子をエルフィーは眺める。


「今回のお茶はミルクとの相性が良いと思います」

 差し出しながら、小さく声を上げる。

「あ、先に私が頂きます」

 エルフィーは毒見役がいることを思い出したダーシーは慌てて、カップを引く。

 そっと、ダーシーの手にエルフィーは自分のそれを重ねる。

「大丈夫。ダーシーがそんなことをする必要はないよ」


 伝わる体温にどぎまぎしつつもなるべき平静を装う。

「なりません。殿下に万が一のことがあってはわたくしが叱られます」

 結果、意志の強い様子にエルフィーが折れ、ダーシーの好きにさせた。



「ミルクは先に入れるんだね?」

「我が家ではミルクが先です。そのほうがよく混ざる様に思います。また、後に入れる方もいらっしゃいます。それから、今回の茶葉はコクが強いのでミルクを入れることでまろやかになります。茶葉の種類によってはそのままが良いこともあります」

 安易にフィンリーにお茶でも淹れたら?と言った自分が恥ずかしくなる。

「さすがだね。よく勉強している」


 ダーシーは肩をすぼませながら恥ずかしがる。

「いいえ。誰でも知っている知識にすぎません」

 頬を染めている姿に笑みを浮かべているとアイザックが部屋に入ってきた。


 兄の登場に先ほどまでの可愛らしい表情が消え去った顔でダーシーは迎える。

「お兄様、遅いです」

「無茶言うな。色々と私も忙しい」

 言い捨てるとエルフィーに向き直る。


「レジナルド殿下が来ている。約束をしたわけではないが、会いに行くか?」

「勿論だ」

 立ち上がる時にはエルフィーもすっかり王太子の顔である。

「お茶をご馳走様、ダーシー。また機会があったら淹れてくれるかな?」

 それでもわずかに振り返ったそれは優しいものだった。

「はい。喜んで」



 廊下を歩きながらも、エルフィーは頬を緩ませる。

「妹を弄ぶな」

 すかさずアイザックが厳しい声で突っ込む。

「そのつもりはないよ」

 視線だけでお互いの意志を伝えあう。


 やがて肩をすくめたのはアイザックだった。

「諦めてなかったか」

「伯爵にも言われた」

「勘弁してくれ、伯爵家を保つのにだって精一杯なんだ」

「どうしてそうなる?」

「国を保つのだって一筋縄ではいかない」


 すぐに答えを返せず、エルフィーは口を閉じる。

「手っ取り早く縁を結べば話が進む」

 瞳を閉じれば浮かぶ顔。

「それをどうにかするのが鷹の役目だろう?」

「それこそ勘弁してくれ」


 アイザックは大げさに手を広げて降参した。

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