第37話
感情的なメイジーとは違い、ダーシーは底を這うように低く冷たい口調であった。
「令嬢たちの間で話題となっている品物だから絶対、興味を持つはずと言って毒を仕込んだ茶葉を殿下に渡しましたね?」
ひゅうとメイジーは喉を鳴らして息をのむ。
「なのに、エルフィー殿下が亡くなられた。怖くなったあなたはアリス様に残りの茶葉を渡した。心臓の動きがゆっくりになって眠らせる薬が入ったものだと言って」
「殿下の死因は病死でしょう?」
メイジーの瞳から涙が流れ、声が揺れる。
公式発表が偽りだという噂は当初からあった。メイジーも分かっていた。
「どうして、あなたが飲まなかったの!」
「本当に、悔やまれますわ」
あの時、飲んでいれば一緒にいくことが出来た。
悲し気な声にメイジーはダーシーの深い思いを知る。
「あなたがやったことは決して許されることではありません。ですが、わたくしは公言いたしません」
すでにエルフィーは病死と公式発表がなされ、レジナルドも体調不良だとされている。
ダーシーが蒸し返すわけにはいかない。
メイジーから離れ踵を返すも振り返る。
「あぁ、でも、兄上には伝えますわ。婚約のお話、うまくいくと良いですわね。一族の者がどうか分かりませんけれど、わたくしは歓迎してあげます」
にっこり。
笑顔を一つ、落として歩き出す。
悪魔がいる。
吹きすさぶ冷たい雪の平原のような気配を持つ悪魔が、楽しそうにこちらを弄ぶ姿に恐怖を覚えた。
「待ちなさい!」
追いかけようとして、メイジーはお茶を飲んだことを思い出す。
そういえば、胃のあたりがむかむかする。なのに、その下が緩むような気がする。
慌ててお腹を押さえれば、なぜか自分の中から聞いたことのない様な音がした。
どっと冷や汗が溢れる。
「わたくしに何を飲ませたの?解毒剤はあるのでしょう?どこ!」
盛大なため息を吐いてダーシーが再び振り返る。
「何故、解毒剤の場所を教えなくてはいけないの?あなたは持ってきていないの?」
そんなものを持って令嬢主催のお茶会へ行くものですか!
メイジーは目が回るような思いをしながら、ダーシーに追いつこうと歩き出したがその振動で内臓が飛び跳ねるような痛みを感じた。
震えながらダーシーを見つめる。
「ですから、わたくしに何を飲ませたの?」
ただの毒ではないらしいことは察せられた。
可愛らしくダーシーは首を傾げる。
「質問ばかりですね。仕方ありませんわ。今、侍女を呼びますね」
待機していたのかその声でミリーが現れメイジーの手を取る。
「さあ、メイジー様。こちらへどうぞ」
そろそろと歩きながら庭から出ていくメイジーを見送り、ダーシーは少し離れた木の傍で立ち止まる。
すっかり穏やかな雰囲気にもどったダーシーは、意味ありげに視線を送る。
そこにはフィンリーとアイザックが佇んでいた。
「ダーシー。お前、兄上の事…」
呆けたようにフィンリーが呟く。
「フィンリー殿下。すでにご存じだったのでしょう?だから、わたくしを心配してそばに置こうとし、ロチェスターまで追いかけてきた」
やり方はめちゃくちゃだが、その気持ちはとても嬉しかった。
ダーシーはさらに建物の奥の柱を見る。
その陰からドレスが見える。恐らく、フライアだ。
やれやれ、と苦笑する。
「わたくしは大丈夫ですよ。後を追ったりしません」
やや大きな声で宣言する。二人が不安に思わない様にするためだ。
それでもフィンリーは何かを恐れるようにダーシーを見つめる。
「本当か?」
「はい」
力強く頷くとほっと息を吐く。
「では、父上に、いや陛下に進言したのも?」
フィンリーはフライアとともにロチェスターから王都へ戻れば当然、諫言を受けると思っていた。下手すれば謹慎など罰が言い渡されてもおかしくはない状況だった。
しかし、叱責されたが実際は形だけであった。初陣に関してはこっぴどく叱られたが。
「それは兄ですわ」
フィンリーは隣に立つ青年を見る。
「命を絶つと危惧した二人が、わたくしを慰めるためロチェスターへ向かったと陛下に報告なさったのでしょう?」
ちらりと確認すれば、アイザックはこほん、と咳払いをした。
「どうやら我が妹はフィンリー殿下に言い寄られて、仲の良かったフライア嬢に申し訳なく思い、ロチェスターに籠り世を儚んでいるそんな噂があったようです」
素知らぬ振りをして告げる姿にフィンリーは眉をひそめる。
「それでは王家の鷹ではなく狐ではないか」
ヴィルフォークナー家の紋章は鷹がモチーフである。そのため『王家の鷹』と呼ばれていた。
優秀なことには変わりないが、先ほどからやり方が正攻法とは言えない。
「あら、だって」
「グラントブレア王国の泰平のために我らがいるのですから」
兄と妹はにっこりと笑顔を向ける。
フィンリーは深く考えないほうが良いような気がして話題を変える。
「それにしてもメイジーに何を飲ませたんだ?」
毒でないのは明らかだった。
彼女を殺すわけがない。
「ちょっと緩くなるお薬です。殿下の前では詳しく申し上げられませんわ」
ダーシーは上品に口許を隠して笑う。
仕草だけみると奥ゆかしいのだが、やることがえげつない。
それを知るアイザックが視線を外した。
やっぱり、深く考えたほうがいいかもしれない。
兄上はダーシーをどこまで思っていたのだろうか?
色々な思いを抱えてフィンリーは熱が出そうだった。
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