第38話

 グラントブレア王国は王太子であったエルフィーの死去後、内政が混乱したという。

 一連の騒動は侯爵家が爵位返上する事態を受け、収束するかに思われた。


 しばらくしてグラントブレア王国ロイドクレイブ王国両国王から重大な発表があった。

 以前、和平協議の折、お互いに人質を差し出した。

 人質の名はフィンリーとレジナルド。

 両国王は生まれたばかりの自分の王子を交換したのだ。

 そのため王子二人は勿論、出自を知らなかった。

 王家に近しい者たちだけが知る極秘内容だった。


 王太子であったエルフィーが死去したため王家の血を持つ後継者がいなくなったグラントブレア王国はレジナルドの返還を求め、ロイドクレイブ王国はそれに応じることとなった。




 慌ただしくレジナルドは廊下を歩く。

 その後ろをライリーがついていく。

 グラントブレア王国に旅発つレジナルドにライリーは当たり前のように付き従った。

 不安なレジナルドを支えようと志願してくれたのだった。


「休憩を挟んで次の会議へ、と申し上げたいところですが」

「分かっている」

 休憩の間も惜しんでレジナルドは執務室へ戻る。

 読まなければいけない書類、覚えなければならない内容、貴族関係、諸々。

 遊学、外交でグラントブレア王国に訪れていたとはいえ、外側からと内側からでは全く見え方が異なる。


「ライリー、例の件は?」

「まだ、ダメです」

 即答されてレジナルドは舌打ちをする。


 駆けこむように執務室に飛び込めば、そこにはアイザックが立っていた。

 彼はハンティントン伯爵令息であり、今はレジナルドの補佐官の一人であった。

 フィンリーはロイドクレイブ王国へ行ったが、アイザックは仕えるのはグラントブレア王国のみと言って、残ったのだった。


 やや表情を引き締めてレジナルドは机へ進む。

「アイザック、何か用か?」

「書類を整えておりました」

 彼の手にはいくつもの束があり、目を通すと思うとレジナルドは気が遠くなりそうだった。


「それから、お妃を是非、この中から決めていただきたいと要請が来ております」

「また、その話か!」

 レジナルドが叫ぶのは無理もなかった。

 いち早く、その地位を確かなものにするため、妃を決める必要があった。

 有力者たちは次から次へと娘を紹介する絵姿などレジナルドの元へ持ち込む。

 だが、その中にハンティントン伯爵令嬢のものはない。


「アイザック、妹御は何処にいる?」

「探さずともその辺をうろうろしておりますよ」

 このやり取りもすでに幾度も交わしている。

 のらりくらりと交わされ、いまだダーシーの居場所が分からない。


 目の前の事に忙しく、レジナルドもゆっくりとダーシーを探すことが出来ない。

 手紙をアイザックに託すが返事は今のところない。

 受け取っているらしいことは分かっている。


 先ほども父親であるハンティントン伯爵に会った。

 直接、ダーシーの居場所を聞いたのだが、

「レジナルド殿下が最初に依頼するのはそれですか…」

 なぜか遠い目をされた。

 とぼけるのが得意な家族なのだな!とレジナルドは結論を出した。


「暫く一人にしてくれ!」

 日々のストレスも溜まっているのだろう。

 吐き捨てるように告げるとライリーとアイザックは顔を合わせて退室する。


 レジナルドの執務室の隣には彼を補佐する面々の詰め所兼執務室がある。

 重厚な机がいくつか並び、その一つに黒髪の女性が座っている。

 アイザックはその前に立つと、彼女は顔を上げた。


「どう?」

「全拒否された」

 ううん、と眉を寄せてダーシーは唸る。

「さすがにレジナルド殿下に相応しい令嬢を揃えるのが難しくなってきたわ」


 ライリーが胸の内で悪態を付きながら自分の机につく。

 レジナルドは全く会えていないが、実は毎日のようにこの部屋にダーシーがいる。

 アイザックの言葉に嘘はない。

 ただ、こちらにレジナルドが来ることがないのだ。

 用があればライリーやアイザックがレジナルドの元に行くからだ。


「あと、こっちはお兄様用」

 差し出した絵姿にアイザックは息を落とす。

 いまだ婚約者がいないため、母は心配しているらしい。

「待ったなし、か」

「ラッセルリベラ侯爵の抜けた穴、あっという間に商人たちに取られたわ。確保できたのは3割。うちは本当に商才がないわ。だからお兄様のお力が必要よ」


 厭きれたようにダーシーが呟くが、周りの者はライリーも含め頭を抱える。

 令嬢が商売を始めようとでもいうのだろうか?

 しかも、彼女は…。


「お前は何がしたいんだ?」

「今年の春をふいにしたから取り返したいの。一応、計画通りには進めたけど来年には商品化までこぎつけたいのよね。工芸茶も気になるけど、あの手間は中々…。ガラス製のポットも必要だし、それを手に入れられるのは一握りの貴族だけ」


 ダーシーには毒入りばかりが提供されたが、実際の花が開くあの茶葉の魅力は絶大だ。

 あの技術を手に入れたいところだが、その前に領内でのお茶の生産を軌道に乗せたい。

 あぁ、もどかしい。

 そういってダーシーは兄の執務机を占領する。


 アイザックはダーシーの襟首をつかみ上げ椅子から立たせる。

「殿下に会いに行かないのか」

 素直に立ち上がったものの、顔は不服そうである。


 隣の部屋から賑やかな音がして、扉が開く。

 飛び出すように出てきたのはレジナルドだった。


 ダーシーは顔を引きつらせて逃げようとしたが、なぜか兄が手を放してくれなかった。

 慌てて隠れるように身を潜めたが、そのような隠れる場所はなく、つかつかと勢いよくレジナルドが近づく。


 アイザックは笑顔で妹を差し出す。

 口元を震わせながらレジナルドはダーシーの手首を捕まえると自分の執務室へ連れていく。

 ダーシーは抵抗を試みたが、レジナルドの強い視線に身を縮ませ従うことにした。


 ライリーは意味ありげにアイザックを見る。

 妹を売った彼は散らかった机の上を整え始める。

「意外にあっさりなんですね」

「父に頼まれましたので。特に権力は必要ないんですけどねぇ」

 煩わしいばかりです。

 そういって、アイザックは書類仕事を始める。


 書類をさばくアイザックを盗み見ながらライリーは眉を寄せた。

 レジナルドからアイザックの様子を見るように言われている。

 ダーシーの兄だからだけではない。一連の騒動の原因である元侯爵家令嬢メイジーと婚約話があったという。結果、侯爵家側から辞退があり、その後爵位返上した彼らは王都を離れている。しかも、騒動の原因を突き止めることに一役買ったのもアイザックであった。

 一般には秘せられていることが多いのだが、ライリーは立場上、知ることが出来た。


 それに気が付いているだろうアイザックに一度、婚約話の件を聞いてみた。

「今、お茶の栽培を領内で行っておりまして、販売技術が欲しいんですよね」

 我が家はお金がなくて、と苦笑する。


 何か得体のしれないものを感じてライリーは恐怖にかられた。

 この人と仕事をやっていくのかと思うとかなり不安になった。



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