第36話
空は澄んで青さが眩しい。雲の白さとの対比は夏の気配を感じる。
さらさらとそよ風が木々を揺らす。
その木陰の中、テーブルの上にはお茶と一口大のお菓子が幾つも並び、可憐な花が飾られていた。
にこやかにダーシーは微笑む。
「メイジーが招待を受けてくださって本当に嬉しいですわ」
向かいに座るのは濃く豊かな赤い髪を大きな宝石の付いた髪飾りで留め、鮮やかな深い緑色のドレスを着たラッセルリベラ侯爵令嬢メイジーである。
彼女はやや意志の強そうな瞳でちらりとダーシーを見て肩を落とす。
「何を言うの。わたくしが何度お誘いしても来て下さらなかったでしょう?」
「その節は申し訳ございません。他に外せない用事がございましたので」
ダーシーは手際よくお茶を淹れる。
華やかな香りが舞い、メイジーは大きく吸い込む。
「良い香りね」
「光栄ですわ。縁あって手に入れられたものですの」
「ロイドクレイブ王国に捕らわれたと聞いたときは肝を冷やしました。でも、ご無事で何より」
「ええ、皆さまのお力により無事に王都に戻ることが出来ました。メイジー様とお茶が出来るなんて夢のようです」
かちゃり、とわずかな音を立てて、メイジーの前にお茶を置く。
再度、香りを楽しんだ後、彼女はカップに口を付けた。
「ロックウェルでもメイジー様のお父上のお名前を耳にしました。ご活躍のようですね」
「お恥ずかしいですわ。父はグラントブレアだけでは狭いと言っているのです。わたくしも何度かロイドクレイブ王国へ足を運びました」
「まぁ、メイジー様自ら?素晴らしいですわ」
ダーシーは目を輝かせて感動する。
「わたくしもあちらの国に知り合いができてとても刺激になりましたわ。以前は国同士で色々あったようですけれど、少しでもお手伝いができればと思っております」
自信があるのかメイジーの顎が上を向く。
「では、バーンスタイン公爵家のアリス様をご存じですか?」
「アリス様?ええ、何度かパーティーでお会いしましたわ」
「そうですか、ロックウェルで捕らわれている間、わたくしも仲良くさせていただきました。このお茶もアリス様から譲っていただいたものですのよ」
すっとメイジーの表情が変わる。
「捕らわれているわたくしのお話し相手として呼ばれたそうです。色々な、ええ本当に色々とお話を聞くことが出来ました」
その時を思い出すようにうっとりとした恍惚の顔を見せる。
「ねぇ、メイジー様。お茶は、美味しい?」
少し甘えたような声に、メイジーは椅子を蹴倒すように立ち上がる。
「こちら、見覚えがあります?」
白磁のポットの蓋を開くと中に閉じ込められていた香りが一斉に鼻腔をくすぐる。
残ったお湯の中、ゆらゆらとしている可憐な花にメイジーは青ざめる。
「あなた…」
絞り出すような声のあと、お腹を押さえ木の陰に走る。
跪き口を開くが、うまく胃の中のものを吐き出すことは出来ない。
必死にお腹に力を入れるが、喉が鳴るばかりで込み上げては来なかった。
ふと傍に気配を感じて見上げる。滲む視界にダーシーが映る。
氷の女王のような冷たい慈悲の欠片もない気配にメイジーは驚愕する。
「どうなさったの?具合でも悪いのかしら?」
ドレスが汚れるのも構わず、膝を折ったままメイジーは向き直る。
「あなたがいけないのよ!殿下のお茶も飲まない、お相手もなさらない!」
訴えてもダーシーはピクリとも動かない。
「フィンリー殿下が仰ったのよ、自分が淹れたお茶に興味も示さない者がいるって。それが誰かは教えてくれなかったけれど、相手が陛下ならそういうはず。婚約者のフライア様は淹れてもらったことはないって言っていたわ」
ロチェスターで過ごしたとき、フィンリーにお茶を淹れてもらい涙して喜んでいたと聞いた。それまで、フィンリーが淹れることはなかったからだ。
「どの令嬢に聞いても恐れ多いって首を振ったわ。殿下に近しい人物で私と交流がないのはダーシー、あなたよ!」
メイジーは立ち上がり、指をさす。
「殿下があんなに気にかけていらっしゃるのに、パーティーでも誰かと踊ることも話をすることもなく参加するだけ、呼んでもお茶会に来ない!そのくせ、私の周りはあなたに気を遣うのよ、どうして?私より下の伯爵家なのに!名門だから?それだけの理由で許されるの?」
滲む涙をぐいっと拭うとメイジーは眦をあげる。
「殿下と幼馴染であることは分かっているわ。そういうことも許されるんでしょうね。ヴィルフォークナー家は陛下の覚えめでたき名門ですもの」
「でしたら、直接、わたくしを狙えばよろしいのではなくて?」
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