第29話

 レジナルドは扉が開いた音と、甲高い声が聞こえ、顔を上げる。

 書類を抱えた側仕えのライリーが苦い顔で、扉を閉める。

 しばらく、扉を叩く音がしたがやがて諦めたのか立ち去る気配があった。


 ほっとレジナルドは息を吐いたが、ライリーは苦い顔のままやってきた。

「殿下は人選を間違えました」

「予想以上だったようだ」

 苦い顔はうつり、差し出された書類を受け取る。


 国王である父にはハンティントン伯爵令嬢ダーシーの件を伝えていた。

 急ぎ、婚約を結びたいことも合わせて報告したが、待ったがかかった。

 暫くロックウェルで様子見となった際、令嬢には話し相手がいるだろうとあちこちから声が上がった。

 その中から断れなかったのがアリス嬢だった。

 王家とも縁がある公爵令嬢であり、婚約候補と噂されている。本人も強く希望しているようだった。


 実際、ロックウェルに来た彼女は、朝昼晩とレジナルドを訪問、お茶やお菓子を届け、町を案内するように要求したりと目に余るものがあった。


 一方、ダーシーが部屋に籠りきり、何も要求しない、レジナルドに興味も示さない姿を見ると、自然とため息が深くなった。



 レジナルドがダーシーを知ったのは参加したグラントブレア王国でのパーティーである。

 ハンティントン伯爵令嬢として紹介され、挨拶を交わした。

 その時は幾人も引き合わされた令嬢の中の一人であった。


 パーティーではレジナルドは目立つらしい。

 参加すれば、ダンスの誘いは途切れず、話し相手も次から次へと現れる。

 遊学としているが、グラントブレア王国の内情も探る任務もあるためレジナルドに拒否をする選択肢はなかった。


 あるパーティーで見かけたダーシーは壁際に立ち、広間を眺めているようだった。

 彼女は令嬢たちの派閥に入らず、かといって令息たちからダンスに誘われることもなく、ただ、佇んでいた。


 人相が悪いわけでも、話しかけにくい雰囲気をしているわけではないが、誰も積極的に近寄らない。傍を通る際、幾人かの令息令嬢がやや引きつった表情で頭を下げていた。

 彼女も不愛想な表情をしているわけでない。

 やや無表情といえる顔だが、不機嫌そうな様子はなかった。


 その雰囲気が和らいだ瞬間があった。顔に笑みを浮かべ、頬を染めていた。

 レジナルドが驚き、瞬きをする間に消えてしまったが、確かにダーシーが年頃の乙女らしい反応をしたのだ。


 あまりにあっという間の出来事で幻を見たのかと自分を疑いたくなるほど信じられなかった。

 彼女は何を見たのか。

 レジナルドは探したけれども見つけることが出来なかった。


 パーティーに参加すると、ダーシーを確認する。かなりの頻度で同じパーティーに来ていることが分かった。

 パーティーに出ることは嫌ではないということだろうか。

 そう思ったが、彼女は伯爵令嬢である。家のしがらみからも参加せざる得ない何かがあるのだろう。


 ダンスに誘ってみるべきかとも悩んだ。

 彼女がハンティントン伯爵令嬢である以上、因縁がある。

 知っているか分からないが、話しかけてみてどう対応するか、それによってロックウェルの事も考える必要があるかもしれない。

 そう思って近づこうと試みた。


 ダーシーは近づくレジナルドではなく、遠くを見ているようだった。

 何気なくその視線の先を探す。

 すっと、誰かが通るかのようにレジナルドの前が空いた。見えた先にいたのは、グラントブレア王国の王太子エルフィーだった。


 彼もまた目立つ人だった。

 長身で穏やかな雰囲気をまとい、客人たちを持て成している。

 当然、レジナルドにも不便をしていないか気にかけてくれていた。


 エルフィーは取りまき達に命じてか、パーティー中に少しの間一人、休憩する。

 その心情はレジナルドも察することが出来たので、見守ることにしていた。


 見ていると彼は自分の手首に手を乗せ、ふわりと胸に動き、下ろした。

 何気ない手の動きに違和感はないのだが、目の端に映っていたダーシーが同じように手首に手をあてていることに気が付いた。

 彼女の頬がわずかに動き、口の端が上がったようだった。


 彼女の手首にはアクセサリーがついている。

 まさかと思い、二人を交互に比べる。

 大きく目立つ動作はないのだが、何故だか二人は通じていると直感が告げた。


 王太子と伯爵令嬢。

 幼馴染だとは聞いているが、恋仲とまでは聞いたことがない。

 王太子ともなれば独身、恋人なしがよい売り文句だ。

 自国の貴族たちだけでなく他国との交渉もしやすい。

 実際、自分もそれで売り込んでいるところがある。


 そういうことなのか?

 二人はそういう仲なのか?

 レジナルドは興奮にも似た胸の高鳴りを感じていた。

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