第28話
レジナルドはダーシーの話し相手として自分の幼馴染だという公爵令嬢を連れてきた。
名はアリス。
豊かな金髪にリボンのついたドレス、白い肌に大きな瞳でとても可愛らしい少女だった。
潤んだ瞳でレジナルドを見上げ、ダーシーには鋭い視線を送る。
その温度差に彼女の心情が痛いほど分かった。
突然現れた伯爵令嬢に敵意むき出しである。
ダーシーは笑顔で迎える。
「初めまして、アリス様。ロイドクレイブ王国については不勉強ですので教えてくださいましね」
「あら、ロチェスターにいらっしゃったのでしたら、よくご存じではないのですか?」
「ダーシーは、いつもは王都にいるんだ。ロチェスターには訳があって滞在していたに過ぎないよ」
優しい語り口でレジナルドが答えれば、扇で口元を隠して驚いてみせる。
「まぁ、何をしたら王都を出ることになるんですの?」
じろじろと短い髪を見つめる。
アリスの耳にもフィンリーたちと過ごした冬の話が誇張されて伝わっているようだ。
貴族の女性が髪を短くするのはそれなりに何かがあったことを示している。
ダーシーはそれで怯むことはないが、探るような視線は気持ちが良いものではない。
「アリス。君は少し遠慮という言葉を知るべきだね」
あっさりとレジナルドが切って捨てる。
思わぬ返答にアリスはポカンと口を開ける。
「ダーシー、済まない。いつもはこうではないのだが、君の存在がとても興味深いようだ」
「致し方ありませんわ。このような姿ですし、噂の的であることは承知しております」
すでにグラントブレア王国の者は全て引き上げている。ただ一人、ダーシーを除いて。
その彼女をレジナルドは優遇している。
城内の客室一室を与え、ドレスから身の回りの品を揃えている。毎日のようにレジナルドはダーシーの部屋を訪れ、足りないものはないか?不自由をさせていないかと問いかける。
ロックウェルの町の噂になるのに時間はかからない。
ましてや相手は因縁あるロチェスターを治める伯爵の娘。
ネタには事欠かない。
ダーシーがすました顔でレジナルドを見送るとアリスは感情を露わにした。
「今度はレジナルド殿下に媚びを売るのですか!」
フィンリーがうまくいかず、レジナルドに乗り換えたという話になっているのかしらとぼんやり考える。
二人を天秤にかけるわけではないが、困った事態になったとダーシーは落ち込む。
「アリス様。あの、わたくしはレジナルド殿下に媚びを売ったことは一度もありません」
「信じられません!」
肩を怒らせてアリスは部屋を出ていく。
ほう、とため息を吐いて頬に手をあてる。
レジナルド殿下も大変そうねぇ。
ダーシーは何処か他人事のように感想を呟いたのだった。
数日後、ロチェスターからミリーがやってきた。
身の回りの世話は慣れたものが良いだろうというレジナルドの配慮によるものだった。
鞄をいくつも抱え、ミリーは肩で息をしながら涙を流した。
「もう、もうお嬢様には会えないかと思いました」
えぐえぐと涙を拭いもせずにいるので、ダーシーは苦笑いをしながら優しく拭いてあげた。
「泣きすぎよ、ミリー。そんなに時間は経っていないはずなのに」
「お嬢様は知らないのです。ロックウェルへ連行されたと聞いたときは…えっぐ」
嗚咽交じりで後は聞き取れなかった。
その様子にレジナルドは暫く二人きりにするように手配をした。
扉が閉まり、30は数えただろうか、ミリーの顔色が変わる。
「今度は、レジナルド殿下に鞍替えですか」
睨みつけるような目をして、誰からか聞いたような問いかけにうんざりする。
「ミリーもそういうの?」
「みんな噂していますよ。まぁ、フィンリー殿下より人格者だとは言いますが」
鞄をサクサクと並べると、長靴のあたりを触る。
ダーシーが見ていると、長靴の中からいくつか手紙が出てきた。
「見つかると厄介と思いまして、多少の汚れはお許しください」
差し出された手紙はしわが寄っているが読めないほどではない。
二人しかいない部屋だが慎重に手紙を伸ばして中身を確認する。
差出人は、父であるハンティントン伯爵、叔父のルイ、兄のアイザック、そしてフィンリーとフライアからだった。
心配をかけていると分かりダーシーは申し訳ない気持ちになる。
まず、父の手紙を開ける。
恐れ多いことに陛下の言葉も入っていた。
冷遇されているわけではないが人質と変わらない状況に対する謝罪もあり、ダーシーは恐縮する。
ルイはロチェスターの状況を、フィンリーはすぐに助けに行くと書き記していた。
フライアは身に危険はないかと心配した内容で、何かあれば相談して欲しいとのことだった。
そして、恐る恐るアイザックの手紙を開ける。
兄にはフィンリーが隠した茶器を探すよう伝えていた。
どうやらまだ見つかってはいないらしい。フィンリーに内緒で探しているらしく、埋めたという場所の特定に時間がかかっているようだ。
王宮内は広い。しかし、きっとそこに犯人に繋がる何かがあるに違いない。
今は辛抱強く待つしかない。
それにしても、最後に父の手紙をもう一度見る。
「レジナルド殿下への返事は出来るだけ延ばすように」
父にはすでに婚約者に望まれた話が届いているのだろう。
いや、正式に話が来ているのかもしれない。
他国への嫁入りがそう簡単に済むわけがない。
ましてや、私たちは…。
ダーシーは手紙を集めると、暖炉に入れてすぐに燃やした。
燃え残りがないように火かき棒で丁寧に何度もかき回して証拠を消す。
その炎をじっとダーシーは見つめていた。
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