第27話
一人残された部屋にダーシーは机に突っ伏したまま、唇を噛みしめていた。
フィンリー相手だとここまで落ち込むことはない。
レジナルドは中々、手ごわい。
油断してはいけない。
両手を引き寄せ顔を覆う。
泣いてしまいたい気持ちを無理やり押し込めるが、手が震えている。
そっと放し、手のひらを見つめる。
細かく揺れて、覚束ない。
胸に押し当てて揺れを止めようとするができない。
左手の上に右手を置き、強引に押し付ける。
ごめんなさい、ごめんなさい。殿下。
胸の内で何度も謝る。
物音を立ててはいけない。高ぶる感情を表に出してはいけない。
扉の外には見張りがいる。
自由に過ごしてよいと言っても、簡単に出入りが出来るわけではない。行動は常に監視されている。
一日でも早く犯人を見つけなくてはいけないのに、こんなところにいてごめんなさい。
潤む瞳をじっと瞬きもせず堪える。気を抜けば泣いてしまう。
ごめんなさい。エルフィー殿下。
震える肩がいつも以上に寒かった。
エルフィーとダーシーは二人で会っても仲睦まじい様子に見えても会話に色気はなかった。
はっきりとお互いの意志を伝えたわけではなかった。
初めは遊びのようにダーシーがエルフィーの動きを真似ていたのだ。
それに気が付かれ、鏡のように合わせ始めた。
そのうち、エルフィーが意味のある動きに変えた。
誰と誰が仲が良い、悪い。
この食べ物が美味しい、まずい。
広間の端と端、誰も気がつかない合図。
羨望の王太子との秘密のやり取りは甘美な優越感をダーシーに与えた。
ある時、エルフィーは弟とともにダーシーの家に訪れた。
兄弟で訪れるのは珍しい事ではない。父親同士も仲が良く、ダーシーの母は王妃の傍に仕えている。
身分こそ差はあるが、お互いの家はかなり親密であった。
子どもたちだけで遠乗り出かけた際、フィンリーが馬を走らせ先に進んだことがあった。
ダーシーの兄アイザックが素早く反応し、追いかけていく。
残されたエルフィーとダーシーは苦笑いをして見送った。
行き先は決めているので慌てる必要はないだろう、そう判断した結果だった。
暫くは黙ったままだった。
「フィンリーは良いところを見せたかったのだろう」
すまないね、そういってエルフィーはダーシーを振り返る。
「そうなのですか?ゆっくりと景色を見ながら行くのも良いと思うのですが、残念です」
季節は春を幾らか過ぎた頃であった。
木々の緑、空の青さ、白い雲、爽やかな風を感じながら馬を走らせる。
ダーシーは何を急ぐ必要があるのだろうかと、首をひねる。
エルフィーはダーシーの言葉に笑みを浮かべる。
「ダーシーには理解できなかったか」
「これだけ天気が良いのにそれを味わわないのはもったいないですね」
くっくっく、と堪えられずエルフィーは声をこぼす。
笑われるようなことを言っただろうかとダーシーは不本意な顔をする。
「ごめん、ごめん。そうやって素直に反応してくれるのは嬉しいよ」
「素直、ですか?」
「違うかな?」
いたずらっ子のような瞳を向けられ、心臓が跳ねた。
風は涼しいはずなのに、何故だか身体が熱い。
「知りません」
ダーシーの気持ちに反応したのか馬の脚が早くなる。
すい、とエルフィーの腕が伸びて速度を落とさせる。
「ゆっくり、行こう」
お互い馬に乗っているので距離はあるはずだが、熱を感じる。
ダーシーは手綱を引いて馬を操り出来るだけ速度を落とす。
すぐ隣でエルフィーが見守ってくれている。
ここではゆるむ頬を隠す必要はない。
この時間がいつまでも続けばいいのに、そう願わずにはいられなかった。
その願いは当然、叶わない。
ダーシーにとって甘く優しい記憶。
胸の奥、大事に大事にしまっている。
時折、転がすように思い出しては、エルフィーの笑顔に癒される。
そして、ダーシーの瞳の奥に何かが宿っていた。
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