第26話
くすくすくす。
ダーシーは口許を隠して笑う。
「エルフィー殿下はそれは素晴らしい方でした。国中の令嬢たちの憧れの的でしたのよ」
「だから、公表はできない」
可愛らしくダーシーは首を傾げて、レジナルドに先を促す。
「王太子の婚約者は正式には決まってはいませんでした。有力貴族か、異国の姫か。いろいろな縁談が来ていたと伺っています。私もエルフィー殿下と交流があったのですよ」
それはダーシーも知っている。
レジナルドは頻繁にグラントブレア王国に訪れていた。王宮で行われる行事にはもちろん、有力貴族が行うパーティーにも顔を出す。ロイドクレイブ王国の外交の役目を担っていた。
「パーティーでは誰もがエルフィー殿下にご挨拶に訪れる。令嬢たちからダンスに誘われることもある。そんな中、必ず休憩する時間を取られる。取り巻きがそれとなく殿下を一人にする時間を作っていたのです」
ダーシーは静かにレジナルドを見る。
レジナルドはパーティーの光景を思い浮かべているようだった。
「広間の端と端、その対角線上に、貴女がいた。何処の派閥にも属していない貴女は一人、壁際、またある時は椅子に座り、エルフィー殿下を見ていた。手には殿下と同じ飲み物を持って」
そっと目を閉じ、ダーシーは首を振る。
「パーティーで出される飲み物は種類がそうあるわけではありません。たまたま、重なったのでしょう」
「一度や二度であれば、偶然と判断できるでしょう。しかし、私が気付いたのは偶然というにはおかしい数ですよ?」
「……」
「初めは貴女の片思いにエルフィー殿下が気が付いたと思っていました。けれども、違った。あなた達は広間の端と端で、声を交わさずに会話をしていた。広間には談笑するものもダンスをするものも、二人を遮るものが多くあるのに、その仕草で、視線で、会話を楽しんでいた」
ダーシーは答えることが出来なかった。
言葉が何も見つからない。
「こちらの箱、中身をご確認ください」
差し出されたそれは、軽すぎず、持てないほどの重さでもない。
疑問に思いながら箱をあけ、ダーシーは息をのむ。
中には黒髪と壊れた髪飾りが入っていた。
普通であれば声を上げそうなものだが、ダーシーは震えるほどの何かをそこから感じた。
見覚えのある髪飾り。そして、黒髪。
「あの日、私の目の前で貴女は迷いもなく髪を落としました。ずっと、疑問に思っていました。あのフィンリー殿下の言葉にそこまで反応する貴女を動かしているものは何かと」
レジナルドはそっとダーシーの椅子の背に手を伸ばす。
息がかかるほど近づかれ、ダーシーは緊張のため身体を震わせる。
「貴女は髪を落としたかった。尼僧になっても構わなかった。けれど、それはできない。王太子と伯爵令嬢がそういう関係であったと皆に悟られてはいけない」
冬を越え、ダーシーの髪は背中に届くようになっていた。
その毛先にわずかに触れてレジナルドは離れた。
「エルフィー殿下の死因は病気ではありませんね」
思わずレジナルドの顔を見てしまい、はっとした。
レジナルドも頷いて納得する。
エルフィーとの関係を疑われ、そちらに意識を取られていた。
正式発表の病死を否定するような態度が出てしまい後悔するが遅すぎた。
「酷すぎます」
レジナルドを責めることしか残っていない自分にダーシーは絶望する。
握りしめた拳にレジナルドの温かい手が触れた。
「貴女に合う髪飾りを贈らせてください」
断る理由を探しても出てはこなかった。
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