第23話

 ついこの間までフィンリーが使っていた部屋に、長身で気品漂う青年が立っている。

 彼は入室してきたダーシーに満面の笑みで出迎える。


「お手数をお掛けしています。ダーシー嬢」

 彼は隣国ロイドクレイブ王国王子、レジナルドである。


 ダーシーがルイに呼ばれたのはそれを確認するためだった。

 ロックウェルが出した兵の中に王族のみが許される旗が上がっていた。つまり、王族がいるということになる。

 しかし、戦は王族だろうが貴族だろうが庶民だろうが関係ない。敵か味方か、である。


 結果、大量に流れ落ちる雪解け水に巻き込まれた兵の中からやけに装備が立派な青年を見つけ、ルイは保護をした。

 レジナルド本人であることを認めたが、ダーシーと知り合いと聞き、呼び寄せて確認したのである。


 彼は幸い大きなけがはなかった。

 湯浴みをし、身支度を整えた彼は先ほどまで泥だらけであったとは思えないほどの清々しい雰囲気を湛えている。


 ダーシーは彼に軽食とお茶を用意し、椅子に座る様に勧める。

「お口に合いましたら幸いです」

 レジナルドは少しだけ照れているようであった。

「このような形で再会するなど思ってもみませんでした」

 にこやかに微笑みを向けられ、同じ王子とは質が違うとダーシーは胸の内でフィンリーと比べてしまう。


 王子としての余裕がレジナルドから感じられる。

 今は言い方を変えれば捕虜同然である。それでも、堂々としている態度はいかにも王子らしい。本来なら、早くロックウェルに戻せと言ってもおかしくはないのだが、そのような切羽詰まった様子は感じられない。


 フィンリー殿下なら、きっと叫びまわっているに違いないわ。

 本人がいないことを良いことにダーシーは好き勝手に比較してはため息を隠す。


「お疲れのようですね」

 決して、油断したわけではなかったのだが、見抜かれて目を見張る。

「申し訳ございません、殿下があまりに余裕でいらっしゃるので感心していたのです」

「いいえ、全く余裕ではありませんよ。特に、貴女とはこのような再開は望んでいなかった」


 よほど悔やんでいるのか同じことを何度も訴える。

「わたくしは殿下がお元気でいらっしゃったことを嬉しく思います」

「囚われの身ではありますが、いたって元気ですよ」

 そういって、彼は肩をすくめた。




「では、ロックウェルの領主には昔からの縁で?」

 何故、参加していたのかと聞けば、自ら進んで戦を仕掛けたわけではないとのことだった。

「このところ、関税の件で申し立てが続いていました。こちらとしても色々と働きかけていましたが、業を煮やして挙兵すると言って聞かなかったのです。止めに行ったのですが」

 力及ばず巻き込まれ、先頭に立つ羽目になったということらしい。


「どちらにしても怪我がなくて本当に良かったです。雪解け水も冷たかったことでしょうし、暫くこちらで休んでいただければと思います」

「その間は、貴女が話し相手をしてくださるのですか?」

 言われたことの意味がよく分からず、言葉を探す。

 何故だか、思いもよらない雰囲気をレジナルドから感じてダーシーは落ち着かない。

 この椅子、きっとすわりが悪いんだわ。

 頓珍漢なことを考えて、ダーシーはレジナルドに向き直る。


「ルービンスタイン家のガーデンパーティーでお声をかけていただいたのに、お話を聞けなくて申し訳ございませんでしたわ」

 やや無理やり話題を変える。

 気になっていたことではあるので、解決するには早いほうが良いと判断した。


「ああ、あの時ですね。その話は今はしにくいな」

 レジナルドは言いにくそうに口どもる。

「あなたには婚約者がいないと聞いたので、それを確認したかったのですよ」


「はい、おりません」

 素直にダーシーは答える。

 父の方針で、年頃になった際、政局を見て相手を見つけることになっていた。

 貴族であれば、幼い頃より婚約者がいてもおかしくはない。

 だが、父は少々変わった思考で幾つか来ていた縁談を断り続けていた。

 その数はほんの数件であったし、位の低い伯爵令嬢の娘を娶ろうと躍起になるものも少なかった。


 そこでようやく話の意味を理解した。

 レジナルドには婚約者候補が幾人かおり、確定していないと聞いている。


「殿下に相応しい方は他にいらっしゃいますよ」

 他国から嫁を迎え入れる必要などないだろうに、と口には出さず独り言つ。

 年のころはフィンリーと同じである。

 長身で清潔感があり、表情も豊かである。

 ガーデンパーティーでも令嬢たちからの視線を集めていた。


「やはり、簡単には受け入れてもらえませんね」

 レジナルドは返答が分かっていたようである。

「今は不自由をさせますが、協定が済むまでです。調印がなされ次第、国境までお送りいたしますのでご安心下さいませ」


 ルイとロックウェルの代表と別部屋にて協議中である。

 今回の件での賠償金について話し合われている。

 無事に終了したのち、レジナルドは解放される手筈になっている。


「ありがとうございます。貴女には改めてお話を受けていただけるようこちらも整えて参ります」

 その言葉にダーシーはあいまいに微笑んで返すのだった。


~~~~~~~~

やっとレジナルド君の再登場です。

役者は揃ったかな?

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