第14話
先を促すように黙っていると、彼の瞳が微かに潤んでいることに気が付いた。
何かを思い出しているらしい。
まさか…。
ダーシーはその様子からフィンリーにお茶の入れ方を教えた人物が分かった。
わずかに手が震えた。
「エルフィー殿下ですか?」
分かりやすくフィンリーの肩が跳ねる。
向けられた顔はひどく傷ついているようだった。
ダーシーは嘆息する。
兄弟仲は大変良かった。
わがままを言うフィンリーにやれやれと困った顔をしながらもエルフィーは叶えてあげていた。
その様子が思い出され、ダーシーは胸が詰まった。
「兄上に話したのだ。ダーシーが王城に遊びに来ても相手をしてくれない。一人で本を読んでつまらんと。だったら、お茶でも入れてあげたらどうだ?と」
やはり。
ダーシーは一人納得する。
王城から帰る際、幾度かエルフィーが待ち構えていることがあった。それは弟の淹れたお茶の感想が聞きたかったからだ。
ふと気が付いて頭を上げる。
「では、あの日も?」
「そうだ。二人で茶葉を選んで淹れたんだ」
エルフィーが亡くなった日、ダーシーは王城にいた。
フィンリーの伝手で図書館へ入り、一人読みふけっていた。
恒例となったお茶をフィンリーが持ってきたが、ダーシーは飲まず、その後話だけして帰った。
その帰り際にエルフィーに会った。
いつもと変わらない笑顔。
それが、ダーシーがエルフィーに会った最後となった。
「その日のお茶、試飲もエルフィー殿下が?」
「勿論だ、兄上はダーシーが来る日を前もって確認して、いつも用意から手伝ってくれた。女官や侍女に知られるとダーシーの立場が悪くなるとか気にしていたぞ」
当たり前だ。殿下二人が伯爵令嬢のためにお茶を用意するなど普通なら考えられない。
「つまり、あのお茶を飲んだのは」
ダーシーの声がわずかに震える。
気付いているのかいないのか、フィンリーは即答する。
「兄上だけだ。お前が飲まないからいけないんだ」
「フィンリー殿下は飲んでいらっしゃらない…?」
「飲んでいない!お前のために、淹れたんだぞ」
言葉の意味が分からないと眉を寄せやや乱暴に言う。
「殿下がお茶を淹れてくださることを知っているのは…」
「兄上だけだ」
そんなはずはない、実際、茶器を片付ける者も茶葉を用意するものもいるはずだ。
だが、フィンリーはエルフィーとのだけの秘密だと思っている。
「出来れば、当時の茶葉が何であったかご記憶にあれば教えていただきたいのですが?」
「知らん」
そこが大事なのに!
ダーシーは乗り出しかけた身を引く。
「だが、誰にも言わんというなら教えてやってもいい」
「分かりました。誰にも言いません」
内容によっては。
胸の内で続ける。
大事な証言かもしれない。そう思って姿勢を正す。
フィンリーは頬を掻いてそっぽを向く。
「お前が帰った後、茶器を落としたんだ。一式、床にばら撒いて、慌ててかき集めて庭に埋めた」
声をあげそうになったダーシーは必死に堪える。
「それで、お怪我は?」
「勿論、大丈夫だ。その時に茶葉の入れ物も全部まとめて埋めたな」
「殿下。この件、わたくしは初めて伺いました。他にお話しした人はいませんか?」
「せっかく、茶器一式隠したのに、誰に言う必要があるんだ?」
「その日、エルフィー殿下が亡くなった日ですよね?皆、調書を取られたと思うのですが」
「お茶を淹れている件は兄上と他言無用の約束をしている。俺だけなら良いが、兄上は王太子だからそんなことをしていることが知られたらダーシーに迷惑がかかるとすんごく心配していたぞ」
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