第12話
ダーシーは一人、書庫に籠る。
静かな部屋にただ、紙をめくる音だけが響く。
その時間がとても好きだった。
今は本を読むことが楽しみだった。
そうやってずっと過ごしていたいのだが、そうもいかない。
次にフィンリー、フライアに読ませる本。
ロチェスターにいる間に、余計なことが入り込まないこの時間を使って、二人に少しでも知識を付けてもらわなければいけない。
こんなに忙しくなるとは思わなかった。
毒物について調べる時間の確保も難しくなっている。
冬の間、世間とは隔離されているといってもよい土地である。集められた書物は膨大だが、生きた情報ではない。
やれやれとダーシーはいくつかテーブルに本を並べる。
それとなく手渡しているがフライアは何となく察しているに違いない。
問題はフィンリーだ。
出来るだけ二人きりにならない様に気を付けている。
ロチェスターの街でも三人の噂が流れているらしい。
中にはフィンリーを巡っての三角関係を面白おかしく書かれた小説さえ出回っているという。
人の口に戸は立てられぬというがまさしく、であった。
書庫の扉が開いた音がしたのでそちらに顔を向けるとフィンリーが盆を持って入ってくるところだった。
「殿下!」
慌てて駆け寄り盆を受け取ろうと手を差し出したが、拒否される。
「いい。私が運びたいのだ」
彼の手にある盆に乗っているのは茶器一式とお菓子である。
どうやら、書庫に籠っているダーシーにお茶を持ってきたらしい。
「少し、お茶をしないか?」
何処か甘さを含んだ誘いにダーシーは頷くしかなかった。
大人しくテーブルにつくとフィンリーは不器用ながらも茶器を並べ、ゆっくりと茶を注ぐ。その仕草は美しいとは言えないものの、彼の素直な性格を表しており、微笑ましくもあった。
「こっちに来てからなぜか忙しい。ルイに朝早くから呼ばれるし、これを読めだのこれを書けだの。書けば今度は字が汚い恥ずかしいとか散々文句を言われるし、王族に対して遠慮がないぞ、あの男」
「殿下の事を期待しているのです」
ルイは自分の仕事をフィンリーに手伝わせていた。
本来なら、不敬にあたるのだろうがそこをうまくフィンリーの自尊心をくすぐり、為政者として必要なことを学ばせているようだ。
読むべき本はダーシーも意見しており、ルイ経由でフィンリーの手に渡るようにしていた。
逃げ場も必要だろうと、ダーシーは話し相手をしつつ進捗状況を聞き出す役割を担っている。
やや素っ気ない置き方でダーシーの前にカップが置かれる。
「安心しろ、フライアに一度飲ませた」
つまり、婚約者である公爵令嬢に試飲させたらしい。
何てことを、と非難する言葉が溢れたが、一先ず今は彼の機嫌が良いのでそれを優先させた。
「久しぶりですね。以前も何度か殿下にお茶を淹れていただきました」
「今日は飲んでくれるだろう?」
確認するのには訳がある。
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