第11話

「ダーシーもたまには一緒に如何です?」

 フライアに呼び止められて立ち止まる。

 彼女の連れてきた侍女の手には刺繡道具あった。

 ロチェスターの長い冬の間、女性たちは刺繍に勤しむ。それは名物でもあった。


 王都からやってきた公爵令嬢ということでご夫人たちは色めき立ち、次から次へと押しかけて来た。

 こんな辺境に滅多に訪れない高位の令嬢と少しでも縁を作ろうと必死なのである。


 フライアは毎日のように彼女たちとともに刺繍やお茶、編み物などを楽しんでいる。

 ダーシーにも誘いは来るのだが、ほとんど断っていた。

 気を利かせてフライアは顔を合わせるたびに、今日はどこそこの夫人と一緒だと告げ参加するように言う。


「わたくしはそういったものは少々、苦手でして」

「嘘だって知っていますよ。私のサロンで披露してくださったではありませんか」

「あれはフライア様のサロンでしたから、必死だったんですよ」


 思い出しながら苦笑する。

 側仕えのミリーに叱咤され、指に何度も針を刺してようやく仕上げたものだった。

 デザインも古典的で使い回されたもので、同席した令嬢たちからは呆れられた。

 ただ、フライアだけが褒めてくれたのだ。


「そういえば、ダーシーに貸していただいた本、やっと読み終わりましたわ。中々、読み応えのあるものでした」

 本の内容に他意があるのを察している侍女の顔が動いたことに気が付いたが、無視をする。

「せっかく、ロチェスターにいらっしゃるんですもの。ぜひ、この土地の歴史を学んでいただきたいと思いまして。気に入っていただけたのなら良かったですわ」

 にこにこ。

 フライアに対して無邪気な笑顔を向ける。


 彼女は自身の頬に手をあて息を吐く。

「本当にわたくしは知らないことが多くて反省しておりますわ。フィンリー殿下にお仕えするならばやはりダーシーのように博識でなくてはいけませんね」

 違う。そうじゃない。

 ダーシーと侍女が表情だけで突っ込む。


「春になりましたら、わたくしたちと王都に戻りませんか?」

 フライアの言葉に静かに首を振る。

「いいえ。ご一緒するわけにはいきません」

 ただでさえ、王都では三人がロチェスターにいることで噂の種となりあることないことが飛び交っていることだろう。


「お気持ちだけいただきます」

 深く頭を下げて、フライアの前から退く。

 去り際、悲しげな顔を向けられたことに少しだけ心が痛んだ。

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