第10話

 朝、着替えながら欠伸をかみ殺す。

 その歪んだ顔を認めて、ミリーはお嬢様、と諫める。

「全く、うちのお嬢様ときたら昨夜も遅くまで夜更かしですか」

「少し寝るのが遅くなっただけよ」


 促されて鏡の前に座る。

 すっかり短くなった髪にも慣れた。

 髪を整える時間が短縮され、ミリーは物足りないと呟く。

「フライア様との話が長くなってしまって、本を読む時間が取れないのよ。フィンリー殿下も何かとお茶に誘ってくるし」


 外は吹雪である。

 時間を持て余した二人は何かとダーシーを呼びつけ話し相手に誘う。

「ルイ様も何だか楽しそうですね」

 人が増えた分、やはりにぎやかになる。

 決して、歓迎されたわけではなかったがそれでも普段から同じ顔しか見ないよりは、ずいぶんマシだった。




 ルイも初めは不快感を露わにした。

「あれが将来、この国の王だと思うと先が思いやられる!」

 フィンリーとフライアを迎えた日の夜、ダーシーを部屋に呼ぶとルイは吐き捨てる。

「避寒地と勘違いならまだかわいげがあるが、狩りはできないのか?だと、この雪の中、死にたいのか!」


 お怒りはいたくごもっとも、なのでダーシーは静かに佇むことにした。

 怒りを発散する場がなかったので、ルイは執務室内でぐるぐると歩き回りながら悪態をつく。


「誰だ、ヤツの教育係は!」

 言いながらも、ルイはこちらが答えることを期待していない。フィンリーに誰が付いていたか知っているからだ。


 ダーシーが出来ることといえば、ルイの怒りを素直に受けることくらいだ。

 娯楽も限られる今、貯まったストレスは発散できるときにしておかないと大事な場面で爆発してしまっては元も子もない。


 フィンリーに付いてきた護衛官たちに毒のある言葉をとめどなく浴びせたルイの機嫌は今も悪い。

 いつもはそう長引かせる性格ではないのだが、状況が状況だけに、中々通常運転とはならないようである。


「しかし、ある意味、じっくり教育できる機会かも」

 ダーシーの言葉にルイは片頬を緩ませる。

「ヴィルフォークナー家の洗礼を存分に浴びてもらうには十分な時間が確保できる」

「将来の国王と王妃、これからどんな風にも変えられるわ」


 ふと立ち止まり、ルイはダーシーを振り返る。

「お前まさか、ここまで見越して隠居と騒いだのか?」

「さすがに想定外よ。フィンリー殿下にここまでの行動力があるとは思ってもみなかったわ」


「エルフィー殿下の補佐なら十分だったのだろうな」

 ルイは少しだけ遠くを見る。

 ダーシーもつられるように窓の外を眺める。いつまでも引きずってはいけないと分かっているが、フィンリーに会うとどうしても思い出してしまう。


「だから、婚姻を急ぐ話があるのか」

「一部にはお二人の子に期待する動きもあるわ」

「陛下がお元気な分、在位は長くなる。可能性はあるな」


 ルイの頭の中に様々な思惑が浮かんでいるようで、口元の笑みが深くなる。

 機嫌がなおったようだと確信したダーシーは、ほっと息をついたのだった。




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