第9話

「ダーシーが悪いんですのよ」

 フライアは開口一番、ダーシーを責めた。

「ロチェスターがどんなところかはっきり教えて下さらないから」


 地名を聞いたときにフライアは特に反応はしなかった。

 だが、知る者が聞けばその場所は厳しい冬を過ごすと気付く。

 隠居するにはもってこいの場所。それ故、フライアの父も地名を聞いたときに深く頷いたのだ。


「冬は他の町との行き交いもない閉ざされた土地であると聞きました。そんな場所に手紙を書いても届くのは次の春ではありませんか」

 街道も閉鎖されるので手紙などの行き交いはない。それを知ってフライアはひどく傷ついた。

 一言、先に告げて欲しかったと訴える。


「フライア様。わたくしは隠居するのです。遊びでここにいるのではありません」

「分かっていますが、ダーシーがいないのは不安なのです。いつも近くにいてくれたではありませんか。殿下もダーシーが遠くに行ったとそれは気落ちされて悲しんでおられました」


 全く、彼らの取り巻きは何をしているの?

 ダーシーは胸の内で深いため息を漏らす。

「ダーシー。殿下のお気持ちも察してください。あなたの事が心配で居ても立っても居られなかったのです」

「お気持ちはありがたいのですが、お二人はこれからどうされるのです?」

 冷静に返すとフライアは戸惑いを見せる。


「ロチェスターはこれから本格的な冬を迎えます。王都に戻ることはできませんよ」

 きょとん、と瞳を大きくして驚く様子に首を振って続ける。

「王都とは違い、こちらの冬は長いのです。実際、王都を出る時はまだ木に葉は残っていたのではありませんか?」


 王都の様子を思い出しているのか、フライアは視線を外へ移す。

 窓からは雪が積もった木々が見える。

「こちらでは雪が積もるというのにいつまでも葉を残している木などありませんよ」

 実際は、種類によっては葉が残っている木もあるのだが、覚悟をさせるため強めに告げる。


 少しずつ事態を把握し始めたのかフライアが青ざめる。

「よろしいですか?これから王都では社交界シーズンを迎えます。お二人はここから参加はできませんよ」

 表立って発表があるわけではないが、フィンリーとフライアがパーティーに参加することにより婚約を広く皆に示し、王太子としての地固めをする。上層部はそう算段していたに違いない。

 今頃、王都では国王陛下を始め重鎮たちが頭を抱えていることだろう。


「殿下だけでも戻ることは叶いませんか?」

 ルイに懇願するが彼は腕を組んで首を振る。

「フライア様。お気持ちは分かりますが、あいにく、私も部下を危険な目には合わせたくはありませんので」


「ダーシー、何とかなりませんか?」

「自然相手に、どうこうしようもありませんよ」

 お手上げ、である。

「一先ず、急使は出しましょう。行方を心配されていることと思いますので、手紙を準備いたします」

「その急使に同行は?」

「冗談ではありません。手紙を届けるだけで精いっぱいのものに殿下の命を預けることなどとんでもないことです。急使もこの冬は家に帰ることが出来ないのです。その気持ちをお察しください」


 廊下の先からルイの部下が現れ、フィンリーに付き従っていた残りのものの到着を告げる。

 どうやら無事であるらしい。

 一度、冷たい視線を向けた後、ルイは部下とともに去っていく。

 廊下に二人取り残され、フライアは今にも泣きそうな顔をする。


「フライア様が殿下を諫めてくださいませんと、このようなことが続いては国政が荒れます」

「分かっています」

 フライアは両手を握りしめ、瞳を閉じる。

「けれど、やはりわたくし一人では…」

 そのためのアイザックだったのだが、まだ、日が浅すぎたのだろう。フィンリーとの信頼関係が十分成り立っていなかった結果かもしれない。


「王都とは違い、こちらの冬は長いですよ」

 幾分か柔らかい口調になったダーシーにフライアは顔を上げる。

 もう動くことはできない。いつまでも責めては仕方がない。

 ダーシーは冬の間の話し相手が出来たと思うことにした。

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