第8話
ダーシーは寒さで震えながらベッドから起きる。
叔父であるルイからそろそろと脅される様に言われていたが、ついにその時が来たようである。
ゆっくりと重く幾重にも重ねられたカーテンをめくる。
眩しい光が反射してダーシーの瞳を眩ませる。
思わず、腕で庇いながら少しずつ慣らしていくと次第に外の光景が見え始めた。
雪が積もっていた。
普段過ごしている王都では積もるのは年に幾度かある程度である。しかしここでは冬のほとんどが雪の中になる。
朝を迎えるたびに降り積もる。
ルイにそう言われてどれほどなのかワクワクしながら過ごしていた。
「お嬢様、おはようございます。遅くなり申し訳ございません。今、火を入れます」
王都から付いてきた側仕えのミリーはいつもより丸々した様子で現れた。
寒さ対策で中に着こんでいるらしい。
「おはよう、ミリー。さすがに冷えるわね。まだ、初日でこれだけ降るなんて凄いわ」
「温泉のお湯を引くのもこれからなんだそうです。早くしてくださればよいのに」
豊富に湧き出る湯を町中に巡らしている施設は雪が積もってから本格的に稼働させるらしい。
王都育ちの二人はすでに寒さで震えているが、こちらの人間にとって冬はまだまだこれからなのだろう。
「それから、ルイ様がかなりのご立腹で」
深刻そうな内容を話しているにもかかわらずミリーの目は笑っている。
「すぐにお着替えになって広間へ来るようにと伝言です」
眉を寄せて不信感を露骨に表したがミリーは首を振って答えない。
仕方なく、寝間着から着替えることにするのだった。
嫌な予感がする。
中にいる、と言われてやってきた広間の扉に手をかけたまま暫く思案する。
用意されたドレスは持ってきた中でも少々格が上のものになる。つまり、広間にいるのは貴族。しかもダーシーの家のより格式が上ということになる。
こんな辺境に、しかも雪の積もった日に誰が来るというのだろう?
ミリーの様子だとこれから起きることに頭を痛めそうだ。
いつまでも突っ立っているわけにはいかないので、渋々扉を叩く。
すぐに入室の許可が下りる。
ルイの声がしたが、聞いた感じだと穏やかである。
いや、声だけで判断するのは大変危険である。
意を決して、大きく開ける。
「ダーシー嬢!」
「ダーシー、良かったです。また会えて」
中にいた人物を見て、ダーシーは一度、扉を閉めようかと思った。
しかし、彼らの背後にいるルイが客人たちに顔が見えないことを良いことに引きつった顔を浮かべたので、諦めて部屋へ入る。
「ご無沙汰しております。フィンリー殿下、フライア様」
膝を折って挨拶をする。
頭を下げ、気付かれない様に目を閉じる。
この人たちは、いったい、何をしに来たの!
ルイ同様、引きつりかけた頬を何とか気力をかき集めて笑顔へ持っていく。
「こんな辺境の地へお二人でいらっしゃるなんて、いったい何があったんです?」
「決まっているではないか、ダーシーに会いに来たんだ」
「はい。殿下のお供でこちらに」
「えぇ、こちらも驚きました。城壁を警備するものからフィンリー殿下の到着を聞いたときは耳を疑いましたよ」
ルイのその笑顔はいたって友好的である。
「驚かせて済まなかったな。しかし、こちらもダーシーをびっくりさせたかったんだ」
ダーシーはルイから飛んでくる視線の合図に冷や汗が流れる。
怒ってる。めっちゃ怒ってる。
「まさか、お二人でというわけではないでしょう?」
「勿論だ。だが、峠の途中で道が凍っているとかで馬車が立ち往生したときは困ったな」
「歩きを覚悟しましたわ」
「動けるものだけ先に来たのだ。今頃、ルイが出してくれた兵士たちが残りのものを迎えに行ってくれている」
雪が積もったのは昨夜から今朝にかけてであるが、初雪は数日前になる。そのころからロチェスターより下にある町では、街道を封鎖することになっている。険しい道ではないが、橋があり凍結しやすく、また雪も積りやすいからだ。
地元のものは緊急時でない限り冬場はその道を通ることはない。
「幾人で来られたのですか?」
「ん?そんなに多くはないぞ。だが、土産も持ってこようと思ったが下の町の連中に置いていくように言われたのだ。命がどうだとか大げさだったな」
そのやり取りはフライアも聞いていたのだろう、頷きかけてダーシーの険しい視線に気が付く。
「殿下、少々、ダーシーと話をしてもかまいませんか?」
「ああ、良いぞ。ルイ、悪いが温かい飲み物をお代わりだ」
「かしこまりました、殿下。少々、こちらでお待ちください」
廊下に出たフライアとダーシー、それにルイは暫く各々、考えに沈んだ。
口火を切ったのはダーシーである。
「フライア様、これはいったいどういうことですか?」
言いたいことは山ほどある。しかし、まずは相手の意向を確認することが先であった。
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