第5話

 表で激しい音がして、皆が玄関先を見ると馬車が一台滑り込んできたようである。

 ダーシー家の召使いたちが慌ただしく馬車の確認をする。

 執事は表情一つ変えず、ダーシーを振り返り頷く。

 彼は自分の部下たちを指示して迎える準備を整える。


 一方、フライアは青ざめた顔を一層白くさせ、ダーシーの後ろに隠れる。

 隠れたところで何も変わらないのだが、気持ちがそうさせるのだろう。


 そうやって迎えられたのは、フライアの父、フェアバンクス公爵である。

 朝早い時間とはいえ、きちんと髪は撫でつけられており衣服も乱れがない。

 執事に非礼を詫び、フライアを見つけると早足で近づく。


「ダーシー嬢、わが娘フライアが迷惑をかけたようで大変申し訳ない」

「おはようございます、閣下。こちらこそ朝早く、ご連絡して申し訳ございません」

 膝を折りつつ挨拶をすると、彼は暫くダーシーの髪に注目した。

 しかし、すぐに我に返ると隠れているフライアに手を伸ばす。


「フライア、戻るぞ」

「嫌です!今、話をつけなければダーシーはいなくなってしまうんです!」

 フライアの必死な顔に公爵は深いため息を吐く。

「いなくなるとは言っても、国内にはいるのだろう?」

 確認するように視線を送られ、ダーシーは仕方なく行き先を答えることにする。

 本来なら、ぼかして去りたかったのだが、公爵に求められては白状しなくてはいけない。


「はい。ロチェスターへ行く予定にしております。叔父がおりますのでそこに滞在するつもりです」

 ロチェスターはダーシーの家が管理する領であり、王都での仕事に忙しいダーシーの父に代わり実際に領内を管理している叔父のルイは、幼い時からダーシーを可愛がってくれている。

 場所も国境近くであり、王都から距離もある。これから冬になるため、籠るにはちょうど良い場所なのだ。


 それらを察してか公爵も深く頷く。

 自分の娘を脅かした者の行く先に相応しいと思ったのだろう。


「フライア。混乱しているのは分かる。ここは少し落ち着きなさい」

「だけど、お父様!」

「立ち話で済む話ではないことくらいは分かるだろう。そして、お前たち二人で解決する内容でもない」

 ダーシーは公爵の言葉にごもっとも、と胸の内で声を掛ける。


 王太子妃の話が令嬢二人で済むわけがない。

 王家、公爵家、伯爵家、諸々。

 その複雑な糸を年若い娘二人が解くことは出来ない。

 実際、今時分になってもダーシーの父が家に戻っていないことを考えれば、フィンリーの発言の後始末に奔走していると簡単に想像がつく。

 そして、朝早い時間にすでに完璧に服装が整っている公爵もまた、同じなのだ。


 酷く傷ついた顔をしたフライアは今にでも泣きそうな大きな瞳を震わせる。

「ですが、お父様…」

 すでに声に力がない。

「フライア様。わたくしにも冷静になる時間をくださいませ。お願いいたします」


 ダーシーが頭を下げれば、フライアはさらに動揺を見せる。

 わずかな目配せで意図を汲み取った公爵がフライアの手を取る。

「ダーシー嬢がそう言っているのだ。良いだろう?」

 頭が混乱している彼女は同意を求められて首肯するしか反応できなかった。

 昨日から緊張状態が続いていただろう身体は父の叱責で力が抜けていた。


「分かりました、お父様」

 すっかり落ち込んだ声になったフライアは体勢を変えるとダーシーに頭を下げる。

「朝早くから失礼いたしました」

「いいえ。フライア様の温情に深く感謝いたします」


「お手紙、書いても宜しいですか?」

「ええ、お待ちしております」

 笑顔を返せば、ようやくほっとしたようだった。


 最後に、公爵が非礼を詫び立ち去ると侍女たちもやれやれと己の持ち場に戻る。

 ダーシーは執事に近寄り、頭を下げる。

「朝からありがとう、助かったわ」


 フライアがいると分かり、すぐに公爵へ連絡を取るように頼んで正解であったとダーシーは胸を撫でおろす。

「旦那様にも、もしもの時は連絡するようにと言伝をいただいておりました」

「実際、動いてくれてありがとう」

「当然のことをしたまでです。残りは予定通りと伺っております」


 昨日、家に戻ってからいくつか手紙を書き散らした。

 叔父宛は勿論、父にも書いたのだ。家で顔を合わせる時間がないだろうと踏んだからだ。

「予定通り、なるほど」

 ダーシーはつかの間物思いに耽った後、にこりと笑う。

「暫く留守にするけど、お願いね」

「はい、承りました。お嬢様もお身体にお気を付けくださいませ」

 礼儀正しく頭を下げる執事を何処か眩しそうにダーシーは見つめたのだった。

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