第6話
馬車は静かに森にある古城に入る。
歴史ある城だが整備はされており、門兵も精鋭のものがついているようだった。
ダーシーは馬車の窓から城の様子を眺め小さく息を吐く。
窓枠に肘を置いたため、ミリーによって払い落された。
「痛い」
「お行儀が悪い」
他人の目がないためミリーは容赦がない。
ダーシーも幼い頃から常に傍にいてくれるミリーには心を開いているので、不機嫌を隠すことなく頬を膨らませる。
「全く、うちのお嬢様ときたら…」
ミリーはしくしくと泣いてみせるが勿論、嘘泣きである。ダーシーも承知している。
そうやってダーシーの態度が改められることはそうない。それもミリーは分かっている。
ロータリーに静かに馬車が停まる。
外で待つ人の顔を見て、二人は表情を変える。
開かれた扉から手を差し出され、ダーシーはにこやかな顔をして手を乗せる。
「お父様、お出迎えありがとうございます。」
「手紙にはあったが、本当に切ってしまったんだね」
名残惜しそうに毛先を触り、ダーシーの父ハンティントン伯爵は悲し気に呟いた。
毎日、忙しそうにしている割に顔色は良さそうである。
その事にダーシーは少しほっとする。
「髪はすぐに伸びますわ」
「そうはいってもね」
ぐずぐずと口元で言葉を零している父の腹を叩く。
「もう、いい加減にして。ルイ叔父さんのところで大人しくしてるから、戻ってくる頃には髪は伸びているわよ」
「そんなに長い間、向こうにいるつもりなのか?」
「この冬はあっちにいて、その後は少しうろうろとしてみようかと」
「なるべく早く戻って来られる様に手配しよう」
このままでは娘は帰ってこないと判断した伯爵は、顔色を変えて宣言した。
少しだけうんざりした顔をしたダーシーは父を見上げる。
「で?」
「すでにお待ちだ」
「早く言ってよ!」
ダーシーはドレスの裾をさばいて玄関へ急ぐ。
その背を頼もしげに伯爵は見つめた。
「ご無沙汰しております、陛下」
古城で待っていたのは国王陛下であった。
この城は王族が使用するの離宮であり、休暇を過ごしたり、会談に使用されることがある。
フィンリーとは違う、重厚な気配をまとった王はダーシーの姿を見て穏やかな表情を浮かべた。
「よく来た、ダーシー嬢。うちの息子が無茶を言ったようだ。迷惑をかけたな」
「恐れ多い事でございます。とても名誉あるお話だと思いますが、わたくしではお応えのしようもなく、陛下にもお手数をおかけして申し訳ありません」
父に頼んだのは陛下への謁見である。
ダーシーから直接は申し出が出来ない。父にお願いするしかなかった。
国王陛下とは何度も会ったことがあるが、さすがに気安く話をする間柄ではない。
今回のフィンリーの件を穏便に済ませるためにこのような形を取るしか思いつかなかった。
城内では目につく。
王都からわずかに外れた古城であれば、いかようにも言い訳して会うことが可能であった。
何より、フィンリーがいないという最大の利点がある。
「エルフィー殿下の件でフィンリー殿下とお話しする機会は確かにありました。それ以前も、フィンリー殿下と親しくさせていただいているのは陛下もご存じの事と思います。決して、やましいことはなく、ただの友人として悼みを分かち合ったに過ぎません。すでにフライア様との婚約は成立しておりますし、お二人の仲を引き裂こうなど露ほどにも思いません」
「それほどまでにフィンリーに魅力を感じないのか?」
「魅力的な方ではありますが、わたくしが彼の隣に立つのは相応しくありません」
答えながらもダーシーは冷や汗をかく。
あまり言うとフィンリーが人を惹き付ける力のない人間と思われてしまう。
王太子としてそれは良くないことだ。
「フィンリーはダーシー嬢に傍にいて欲しいと言ってきたぞ」
すでに国王陛下へ進言済みらしい。
「陛下は意地悪です。わたくしのことをご存じでしょうに」
わざと拗ねてみせる。
彼は面白そうに口の端を上げてみせた。
「フィンリー殿下とフライア嬢は少々仲たがいをした、ということにしておきましょう。若い二人です。多少の気の迷いから心にもないことを口走るのはよくあります」
ダーシーは隣に立つ父の顔を見る。
今は、陛下に意見を述べる政治家の顔をしている。
普段は見せない表情に少し父を見直す。
「お二人にもプライドがあります。一方的になかったことにしてしまっては反発するかもしれません。ガーデンパーティーには他国の者もおりました。何処まで話が行くか分かりかねますが、お二人のことをお願いいたします」
ダーシーの言葉に陛下も頷く。
「分かっている。ダーシー嬢が王都から離れる話も伝わっているだろう。もし不審な者が近づいてきた場合はすぐに連絡しなさい」
頼もしい陛下の口調にほっと息を吐く。
ここで陛下に見捨てられれば、行き場を失くしてしまう。
フィンリーに反射的に口答えをしてしまったが、一応反省はしている。
あまりに唐突な話だったので止む無しとしたいところだが、あれだけの人がいる中であのような態度を取り、本来ならそれなりの処分を言い渡されてもおかしくはない。
回避するために髪を切り、王都から離れる宣言をしたのだが、足りないと言われる可能性もあるだろう。
今朝の公爵閣下の様子、父の顔を見れば、自分の対応は間違いではなかったとダーシーは確信する。
暫く、王都を離れる。
辺境へ行くので情報が途切れてしまうだろう。
妙な噂話に翻弄されることもなくなる。
春になれば、情勢も変わっているかもしれない。
その時にどうするかゆっくり決めることにしよう。
ダーシーは笑顔で別れを告げるのだった。
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