第4話
薄暗い部屋の中でダージーはゆっくりと身を起こした。
寝足りない気がするが、今日の事を考えると早めに起きたほうが良いことは分かっている。
ぼんやりする頭を掻きながらベッドから降りる。
手に絡む髪がいつもより軽いことに一瞬戸惑う。
そうだった、昨日、切ったんだった。
侍女ミリーによって、肩で揃えられた髪のお陰で頭が軽い。
普段なら寝ているうちにあちこちに巻き付いたりしているが、今は引っかかるものもなく頭を動かすことが出来る。
こんなに楽なら、ずっと短くしておこうかしら。
ダーシーが起きたことに気が付いたのか、ミリーが顔を覗かせた。
「あら、おはよう」
「おはようございます、お嬢様」
その声はやや眠そうであり、困惑しているようである。
「朝からどうしたの?」
彼女は非常に言いにくそうに視線を落とす。
ミリーが口を開くのを静かに待つ。
「お嬢様、外に公爵家の馬車が止まっています」
「まさか、ルービンスタイン家?」
先ほどまでの眠気が吹き飛ぶ。
夜も明けきれない時間に訪問するのは常識外れだ。
いつものフライアであれば決してそんなことはしない。
そうなると昨日の事が原因と言えよう。
確かに、フィンリーの宣言の後、ダーシーはすぐに反応して退席した。フライアに何も告げていない。
詫びる手紙はすでに送った後である。
それに対して直接訪問という形を取ったのだろうか。
「分かったわ。身支度、手伝って。他は予定通りに」
本来なら、夜が明けると同時に家を出る手筈となっていた。少々、遅れるかもしれないが、フライアを放置していくわけにはいかない。
ダーシーは素早く寝間着を脱ぎ始めた。
玄関にてフライアを出迎える。
やや青ざめた顔はどこか悲壮感がある。
「ダーシー、こんな朝早くにごめんなさい」
「お気になさらず、フライア様。御見苦しい所もございますが、ご容赦くださいませ」
長い間、馬車の中にいたのかドレスにしわが寄っている。いつもならフライア付きの侍女が監視しているのだが、今は不在のようだ。無理やり家を出てきたのだろう。
フライアは中に入り、すぐに立ち止まる。
じっと積まれた荷物を見つめる。
勿論それはダーシーが王都を離れるために準備したものだ。これから馬車に詰め込む予定だ。
「やはり、今日、行くのですか?」
わずかに震える声でフライアは問いかける。
「はい。早いほうが良いと思いまして。フライア様にもご迷惑にならないよう隠居いたしますわ」
その言葉にフライアは涙を浮かべる。
「待って、ダーシー。婚約の件なら、わたくし、構いませんのよ」
ぎょっとしたのはダーシーだけではない。出迎えに揃っていた侍女たちも顔を引きつらせる。
「フィンリー殿下の事、大切に思うのなら、受けてください。お願い」
すがりつかれダーシーは逃げ場を失くす。
「フライア様、どうか落ち着いてくださいませ。その件でしたらお断りいたしました」
「殿下はダーシーの事を本当に好いておられます。考え直してくださいませんか」
予想外の展開にダーシーは戸惑いを隠せない。
まさかフライアがフィンリーの申し出を受けようとしている事実に目が回りそうだった。
「あの、よろしければ」
フライアは恥ずかし気に頬を染め、視線を落とす。
「ダーシーさえよろしければ、わたくしをお傍に置いてくださいませんか」
ダメだこりゃ。
気を失うことが出来ればどんなに楽か。
一度、強く目を閉じ、再び開けるとフライアと目を合わせる。
「なりません、フライア様。公爵家令嬢が伯爵家令嬢に仕えるなどあってはなりません!」
公爵家は貴族の中でもトップ中のトップ。まして王家と血がつながるフライアはその辺の貴族とは比べ物にならない。
一方、ダーシーは伯爵家令嬢。ごろごろいる貴族の中の一人にすぎない。
たまたま、陛下と父が旧知の仲であり、王家と縁があるため、フィンリーやフライアと付き合うことが出来ているのである。
フライアの家とダーシーの家とは格式から何から差がありすぎる。
「では、では…。わたくしの傍にいてくださいませんか?」
つまりそれは妾として認めるということ?
宗教上の理由により、側室は持たないことになっている。ただ、そうはいっても、愛人がいたりするのはそういうことらしい。
そして、フライアはダーシーにフィンリーの愛人になってくれと言っているのだ。
「フライア様。落ち着きましょう」
必死になりすぎているのか手が震えている。
それを優しく握りしめながら語り掛ける。
「お茶をしましょう?何も食べていないのではありませんか?すぐに用意いたしますから、ご一緒に如何です?」
朝早く出ることは厨房に伝えているので用意はできるだろう。
冷静になる時間を確保しなければいけない。そのままにしているとフライアは次から次にとんでもないことを言い出しかねない。
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