第2話

 無理やり手首を取り返し、戸惑うフィンリーから2.3歩離れる。

 出来れば、もっと距離を取りたいとダーシーは思ったが、ここは踏みとどまる必要があった。


「わたくしは確かに幾度か殿下とお話しさせていただきました。もちろん、亡きエルフィー殿下のお話も致しました。決して、やましい気持ちから近づいたわけではございません」

 言葉の先はフィンリーではなく、フライアへ向けてである。

 令嬢には令嬢の矜持がある。

 未婚のものがむやみやたらに異性と行動を共にするのは憚られる。ダーシーもそれは承知している。

「わたくしの兄、アイザックはエルフィー殿下のお傍にお仕えしておりました。いつも兄から殿下のお話を聞いておりました。そのお話を共有させていただいたに過ぎません」


「何を言うか。ダーシーはいつも熱心に話をしてくれたではないか」

 心外だとフィンリーは頬を膨らませる。

「熱を帯びたその瞳で私を見つめてくれたではないか。それが偽りだというのか?」


 令嬢たちから声が漏れる。

 いつも目立たない様に影のように隅にいたというのに、フィンリーによって表に連れ出されてしまった。

 フライアともメイジーともそれなりに当たり障りなくどちらにもつかずに交流をしていたというのに水の泡となる。


 指摘の通り、フィンリーに近付きすぎたとはダーシーは思っていた。

 そろそろ限界だとこのところで距離を置いていたというのに、フィンリーの熱は冷めなかったらしい。


「困ります、フィンリー殿下。わたくしはただ、エルフィー殿下を偲んでいただけでしたのに」

 ふわり、とダーシーはフィンリーに近付く。

 しだれかかる様に身体を寄せるが、その間際で向きを微妙に変える。

 フィンリーの脇には彼を護衛する兵士がいる。彼らはこのような場でも帯剣が許されていた。

 ダーシーの手はその剣に付属している小さな剣へ伸びる。


 とん。

 空いている手でフィンリーの胸を押すと慌てるように兵士が体を支える。

 己の剣が抜き取られたと気付くのに、わずかに遅れる。


「ダーシー!」

 思わぬ事態にフィンリーが声を上げる。

 ダーシーは瞳に涙を湛え、首を振る。

「なりません、殿下。わたくしは殿下には相応しくありません」


 ダーシーは髪飾りを外す。

 カシャンと軽い音を立てて地面に落ちる。

 更々と腰のあたりまである黒髪が風に流れた。

 その髪を一度に掴むと肩のあたりで剣をあてる。


「ダーシー!」

「ダーシー嬢!」

 あちこちから声が上がる。

 青ざめたフライアとメイジーが止めようと駆け寄ってくる。


 にこり。

「フィンリー殿下。あなた様には素敵な方がいらっしゃいます。どうかそれを忘れないでくださいまし」

 ぶつり。


 ダーシーの手から黒髪が滑り落ちる。

 フィンリーは口を開けたまま、それを眺める。


 ダーシーは笑顔のまま、そばの机に剣を置く。

 ドレスにかかる自分の髪を払い、優雅にお辞儀をした。


「ご無礼をいたしました。わたくしの勝手な行動により、フィンリー殿下に、皆さまに大変なご迷惑をおかけいたしました。その責任を取り、暫く王都より離れさせていただきます」

 衝撃的なダーシーの言動に、誰もが言葉を失っていた。

 それを眺めて、ダーシーは笑みを深くする。

「それでは皆様、ごきげんよう」


 踵を返し会場を後にする。

 静まりかえった会場はその衣擦れの音だけが残った。

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