第1話

 さすがルービンスタイン家だわ。

 空の青が眩しい昼下がり、ダーシーは目を細めて胸の内で呟いた。


 ルービンスタイン家令嬢が主催するお茶会はグラントブレア王国の有力者の令息令嬢が揃っている。

 しかもよく見れば国内だけではない。庭園の隅には隣国の王子、レジナルドが周囲を伺うように立っている。他にも取引のある国の役人の子息などの顔も見える。


 グラントブレア王国は去年、王太子が病気で亡くなった。

 そのため、国中が喪に服し暫くはこのようなパーティーが行われることはなかった。

 そろそろ解禁となり、国王の縁戚でもある公爵家がはじめにガーデンパーティーを催した。


 ダーシーは優雅に取り巻きを引き連れて会場に入ってくるフィンリー王子を目の端で認める。

 兄の死によりフィンリーには王太子の座が転がり込んできた。

 彼の婚約者であるルービンスタイン家令嬢、フライアは将来の王妃となる。

 この場に渦巻く色々な思惑とその緊張感にダーシーの肌はピクピクと反応する。


 あぁ、堪らないわ。

 うっとりとした表情を隠すように隅のテーブルにつく。

 すぐに給仕のものが薫り高い紅茶と茶菓子を用意して下がった。

 その様子を当然のように受けながらも、ルービンスタイン家の使用人に対する教育に感心する。


 我が家も伯爵家とはいえ、見習わなくてはね。

 ダーシーの家が特にだらしがないわけではないが、それでも公爵家と比べれば使用人の気合が違う。

 それはそのままダーシーたちの姿でもあるので改めなくてはいけないと思いつつも、身の回りの事が御座なりになってしまう家族の姿にそっとため息を吐く。


 用意された茶器も一流品である。

 様子から見て恐らく交易によって異国より運ばれた品だ。

 こういうものにお金をかけられる余裕が公爵家にはある。

 品物を検分する知識はあるが、手に入れようという気はない。他にお金をかけてしまうからだ。


 決して、貧しいわけではないのだけれど。

 ダーシーは周囲を見回す。

 婚約者であるフィンリー王子が来ることが分かっているフライアは、今日のために新しくドレスを揃えている。その取り巻きもフライアを引き立たせる色と装飾のドレスだ。

 決して、公爵令嬢より目立ってはいけない。しかし、地味になってはいけない。

 目には見えない不文律。

 令嬢同士の密かな駆け引き。


 取り巻きたちもすでに婚約者がいる。

 ここで王太子となるフィンリーと縁を持つことで、婚約者の今後に影響すると知っている。

 少しでも覚えてもらえるように、良い印象を抱いていただけるように。


 そのいじらしく可憐な思いがこちらにも伝わってくる。

 ふふふ。

 ダーシーは自然とできた令嬢令息の派閥を眺めて口元を緩める。

 フライア嬢もいずれは王妃様。誰も彼も彼女を褒めそやす。


 さっと雰囲気が変わり、冷えた空気を感じて顔を向けるとフライアとはやや相容れぬことで噂のメイジーがご挨拶をするようである。

 彼女もフライア同様、取り巻きを侍らせている。

 あらあら、注目の的ですわよ。メイジー。


 ふんわりとした印象のフライアに比べ、メイジーは意志の強い目をして鼻をツンと尖らせている。

 侯爵家の令嬢でフィンリー王子に気があるとも噂される。しかし、すでに別の貴族との婚約話が進んでいるとも言われている。

 しかも、その場にフィンリー王子自身が入ってくる。

 一気に高まる緊張感に、ダーシーは手に汗を感じる。


 その手元が翳り、はたと目を向けると隣国の王子レジナルドが立っていた。

 国政も落ち着いておりすでに王太子となる兄もいるという。末弟でもある彼はその身分を活かし、遊学としてグラントブレア王国へ来ているとのことであった。


 こうしたお茶会に顔を出した際、幾度か話をする機会があった。

 落ち着きがあり、物腰も柔らかい。王子らしく品位も感じる。

 ダーシーも良い印象を持っていた。

 隅で一人、お茶をしているダーシーに挨拶に来たのだろう。

 何も今でなくて良いのに。

 フライアとメイジーのやり取りに気になりつつも座ったままではいけないと席を立つ。


「!」

 自分に向けられた声だと分かったが、何を言われたか聞き取り損ねた。

 しかし、皆の注目を浴びている。

 驚いて目を見開くとこちらを指さすフィンリーが靴音高らかに近づいてくるところだった。

 青ざめたフライアとメイジーが見える。

 助けを求めるように、隣に立つレジナルドに視線を移すが彼もまた、事態が飲み込めないようでフィンリーとダーシーを見比べる。


「ダーシー!」

 呼びかけられて振り向くとフィンリーが必死な表情で傍までやってくる。

 ここは一先ず、ご挨拶をすべきかしら?

 そう思い、膝を曲げようとしたが、手首をフィンリーに取られ崩れかけた体勢を何とか保つ。

「聞こえなかったのか?」

 強い口調に目を瞬く。

 ダーシーの反応にフィンリーは頬を赤くする。恥じらいではなく、怒りのためだ。


「フライアとの婚約を破棄し、ダーシーと婚約する!」

「はい?」

 耳を疑う言葉に、思考が停止する。

 その間もフィンリーは熱心に語り掛ける。


「ダーシーは兄の死をひどく悼んでくれた。俺を察して傍にいてくれた。俺はそのダーシーの気持ちに応えたい」

「あ、ケッコウです」


~~~~~~

「令嬢もの」にチャレンジです!

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