第32話 起床

「んー、」

「起きたのか?」




まだ完全に意識いしきは覚めておらず、半分起きて半分寝ているような状態だった。




「まだ寝ててもいいぞ」




まだ頬に手を置いていたのでチョンとつつくと、長い睫毛まゆげをピクッと動かした。




「そうします……」




薄らと開いたまぶたをまた閉じる。場所は変わらず俺の膝の上だった。仰向あおむけから俺の腹の方へと横向きに変わったが、うつ伏せになるよりはマシだ。




「ご飯が炊けたら起こすからな」

「はい………、え?」

「なんだ、どうした?」




二度寝する雰囲気を出していたのだが、いきなり飛び起きた。ベットの上に正座をして俺の方を振り向いた。



大きな瞳をおおっている瞼をさらに大きく広げる。




「私、どこで寝てました?」

「ここだけど、」




俺の膝の上を指差しながらそう答える。




「私を膝の上に乗せたのですか?」

「……乗ってきたのは有栖だな。」




初めは肩に頭をくっつけて寝ていたが、体制を直してあげようとした時に、有栖が動いた事で手から落ちて、俺の膝の上に乗ったので、乗ってきたのは有栖だ。嘘はついていない。




「じゃあ、え?や、」

「落ち着け」




困惑しながら、自分の寝る前の記憶をさかのぼっているのか、頭に人差し指を刺しながら、ぐるぐると回していた。




「落ち着いてますよ!」

「嘘をつけ」

「あ、それに光星くん。私の頬っぺた触ってましたよね?」




完全に意識がめたようで、自分が起きた直後の記憶まで鮮明に覚えている。




つついただけだ」

「知ってますよ」




本当はモフモフしたりしたのだが、どんな人間でも眠っている最中の事は知らないだろうと思い、嘘をつく。




「はぁ……まさか自分からこんな大胆な事をするとは」

「俺もびっくりした」




有栖には羞恥よりも焦りの方が強く見られた。異性の体に自分からくっついてしまった事も恥ずかしさを感じてはいるものの、迷惑な事をしてしまった、そう考えているのが顔に出ている。




「別に迷惑じゃないから」

「へ?」

「だから、迷惑じゃなかったから」

「何を言ってるのです?」




有栖に二度同じ事を伝えた。




「有栖が俺の隣で寝たのは、眠気に負けたっていうのもあるかも知れないけど、少しは俺の事を信用しているからっていうのもあるだろ?」

「そう、ですね」

「俺はそれが実感できて嬉しかったし、俺なんかで良ければいつでも膝の上貸すし。」




有栖の顔を見る。さっきまでの恥じらいを感じつつも焦ったような表情とは違い、優しく柔らかい表情に変わってこちらを見ていた。



ドキッとした事なんて言うまでもなく、光星の心臓はバクバクだった。掃除の時と同様、ここの部屋にいると自然と暑さを感じる。




「ふふふ」

「なんだよ」

「何でもないです」

「絶対何かあるだろ!」




表情の急激な変化から、有栖の心境に何か変化があったのは確かだが、俺にはそれが分からない。




「では、また膝の上を借りますね?」

「好きにしろよ……」




何にせよ、笑顔を浮かべる有栖が見れたので結果はオッケーだ。




「それで、私の頬っぺたを触った事ですけど……」

「本当に申し訳ないです」




これに関しては誤るしか出来ない。言い訳のしようがないので深々と頭を下げる。




「怒ってるわけじゃないですし、頬っぺたくらいなら触ってもいいです」

「じゃあ、何に怒ってるの?」

「……最初から怒ってないですよ」



怒ってないのに自分からその話題に触れたという事は伝えたいことがあるはずだが…。




「怒ってないですけど、私もモフモフしたいです」

「俺を?」

「はい。駄目、ですか?」




上目遣いは可愛すぎて心臓が持たないのでやめてほしい。そんな頼み方をしなくても、俺なんかで良ければいつでも便利なように使って欲しい。



(俺の思考そろそろやばいな……)



ここ最近の俺は、ドMでもありドSでもあるような思考ばかりしてしまう。




(俺もモフられないといけないのかな)




俺も有栖に同じ事をしているので拒否は出来ない。こんな美少女に顔中を触られるなんて、場合によってはお金を払ってでもやる人もいる。触られた側としては緊張とドキドキで悶え死にしそうだが、受けるしかない。



(てか有栖ってこんなに甘々な性格だったか?)



完全に覚めたといったが、どこかに寝ぼけている一面もあったのかも知れない。いつものクールな有栖が今日は中々見られない。



二人きりの時はクールというほどクールではないけれども、ここまで甘々な性格でもない。




「駄目じゃないが、お手柔らかに頼む」

「顔、出してください」

「今?」

「今しかないですよ。今を過ぎたら恥ずかしくて言い出せないです」




タイミングや雰囲気もあるし、有栖の願いなら断るわけにはいかない。ソファに座りながらも頭を有栖の方に突き出す。




「何やってるんですか?」

「モフりたいんじゃないのか?」

「そうじゃなくて、膝の上に来てくださいよ」




眠っている状態での膝枕はと、起きている状態での膝枕はレベルが違う。




「流石にそれは…」

「自分でやっても良いと言いましたよね?」

「そうだけどさ」

「私も膝枕されましたし、光星くんも同じ気持ちを味わうべきです」



何を言っても諦める気配がない。大人しく受け入れた方が良いのだが、簡単に受け入れられるものじゃない。




「だけどな……」

「もう、えい!」



俺の頭を無理やり自分の膝の上に運んだ。下向きで顔を押さえつけられたため、顔とスカート越しの太腿ふとももが密着する。



細いけど柔らかな肢体したいに埋まるこの状況はヤバい。二つの太腿のちょうど真ん中にいるので鼻も痛い。




「分かった。膝枕でいいよ」


 

最終的に俺が折れて、膝枕を受ける事になってしまった。これを出来るのは限られた人達だけだが、付き合ってもいない男女がしてもいいものなのか。



すでに有栖を膝枕した俺に説得力なんてあるわけもない。




「いらっしゃい」




仰向けで有栖の太腿に頭を乗せる。上を向くと照明の光が目に当たり凄く眩しい。有栖の顔は目の前の山に隠れていてあまり見えない。




「いきますよ」

「どうぞ……」




まだ始まってもないのに凄くドキドキする。有栖の細い指が顔に当たるのを感じる。有栖の冷たい指が光星の鳥肌を立てる。



一本、二本と指が増えていき、全ての指が俺の頬に触れた。




「痛かったら言ってくださいね」

「了解」



優しく頬を引っ張られる。案外緊張もせず、心地よいのだが、小刻みに揺れるその二つのに視線のやり場がない。




「どうですか?」

「思ったよりも緊張しないな」

「私に魅力がないと言ってるんですか?」

「なんでそうなる。なんていうか、心が安らぐ」




今日一日の疲れをどっと感じているからか、緊張を全くしてない訳ではないが、おもわず眠ってしまいそうなくらいには心地が良い。




「ご飯炊けたら起こしますから、寝てもいいのですよ?」

「そういうわけにはいかない」

「まだ時間はあるんですよね?でしたら寝るべきです」



天使のような見た目と声でささやかれると甘えたくなってしまう。これで家事が完璧なら本当に天使だな。



そんな事を考えながらも、俺はえることが出来ずに眠りに落ちてしまった。










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