第31話 実食前

右肩の方を見てみると、有栖は眠っていた。それも俺の肩で。肩の上に乗っている訳ではないが、肩の辺りに頭の重力をかけ、体を傾ける事で全身の体制を整えていた。


起こそうと思ったが、こちらの事なんて一切考えずに、安らかな寝顔をしているので起こすのを躊躇う。


一人暮らしの部屋に男がいるのによく警戒せずに眠れるものだ。それは信頼してくれているから出来る行動で、その信頼を裏切る訳には行かない。


今の状態だと崩れ落ちるのは目に見えているので、安定した体制にして眠らせてあげたい。



「さて、どうしよう」


大きな独り言をこぼした後、今からの行動について考える。有栖を起こす事なく体制を戻す方法は二つしかない。


一つは左に斜めっている体をソファにそのまま倒す方法だ。これが一番簡単なのだが、倒すのに失敗した場合、ソファと顔がぶつかてしまう。


二つ目は俺がもう少し深く座り、彼女の頭と俺の肩の位置をうまく合わせる方法だ。だがこれは付き合っている男女がするもので、料理係の俺がしてはいけない。


消去法で一つ目の方法になった。


まず、頭が落ちないようにしっかりと手で頭を支えた。その次にゆっくりと下すために肩を押さえる。



(頬っぺた柔らかいし、肩細いな)



有栖の顔と肩との接触でよからぬ考えが頭に浮かんだが、今の状態ではどうする事も出来ないし、寝かせてあげたいという気持ちの方が強かった。


順調に体を動かす事ができ、あと少しという距離まできた。



(俺、ここからどうやって動こう……)



ゆっくりと丁寧さばかりを考えていたので、自分自身が動くのを忘れてしまった。有栖の家に来てから、なんだかどこか抜けている。


頭は正常な思考をしているのだが、集中力が足りないのか、物忘れが激しい。今までの人生ではこんな事なかったので、本当はめちゃくちゃ緊張しているというのを目の当たりにする。


面倒くさいが、一度最初の体制に戻してからまた同じことをすれば良いだけだ。


そう思い、最初の体制に戻そうとした時だった。有栖が動いたのだ。寝返りとはいわないが急に動き出したので俺の手からズレた。


有栖自体が動く事を計算していなかったので、ただ上に押していた俺は、その事態に備えていなかった。



「あぶねぇ」



咄嗟の事だったので、有栖の肩甲骨と腰あたりに手が回り込んでしまった。地面とぶつかる事なく、キャッチ出来たのは良かったのだが、もうすでに有栖の体は仰向けになっていたので、俺の考えていた作戦は二つとも失敗に終わった。


怪我もなく、起きる事もなかったのは、不幸中の幸いと言うべきなのかもしれないが、今の状態は非常に最悪だった。


残された手段は膝枕か起こすかの二つに迫られた。疲れている有栖を起こすのは可哀想だが、膝枕をするのはどうなのだろうか。


有栖は寝ているだけだし、俺は膝を貸すだけなので実害はないのだが………。



「ま、いいか」



結局膝枕をする事に決めた。炊き上がるまで後数十分もあるので、寝かせてあげたいという気持ちを優先した結果だった。


膝の上にいる有栖は、何事もなかったかのようにぐっすりと眠っていた。



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