第27話 カレーの準備
「支払いするからレジに行こう」
「私が払います」
買う予定の食材を購入するため、食材が入ったカゴをレジに持って行き、順番を待つ。
「そういうわけにはいかない。俺が払うよ」
「駄目です。これくらいはさせて下さい」
「でもな……」
「良いと言ってるんだからいんです」
俺の手からカゴを奪い取り、有栖がレジへ並んでいった。何を言っても俺の話は聞いてくれなそうなので、ここは有栖に支払ってもらうしかない。
「……代わりに今度何か奢らせてくれ」
「楽しみにしてますね」
せめてものお詫びだった。支払ってもらうだけじゃ対等な関係ではないので、借りを返すのは当たり前だ。
レジは空いていたので、順番はすぐに回ってきた。店員さんが淡々と商品をレジに通していき、合計金額が出る。有栖は財布を取りだして中から五千円札をだしていた。
その時に有栖の財布の中には一万円札が数枚見えた。今日の予定は勉強と料理をするだけなのに大金を持ち歩き過ぎだ。
(後から注意しよう)
家から外に出る際にいくら持ち歩こうと個人の勝手だが、有栖は意外とドジな一面もあるので紛失しそうで怖い。
「買ったので帰りますか」
「そうだな。有栖の料理スキルが楽しみだ」
「……期待されると照れますね」
会計を済ませた後、すぐに店を出る。ここのスーパーは昨日も行ったが、有栖の家から近いので歩きでも時間はかからない。
「荷物、貸して」
店を出て有栖の後ろを歩いていた時に、買った商品を全て持たせていた事に気づいた。
力のある男が荷物を持つのは当然だし、まだ店を出て数秒とはいえこんなか細い華奢な女の子に荷物を持たせる訳にはなかない。
「え、あ、ありがとうございます」
有栖の手から荷物を取る時に手と手が当たったが、そんな事にいちいちドキッとするほど俺は
「ごめん、手当たった」
「謝られる事ではないです」
久しぶりのクールな対応に懐かしさを感じながらも、黙々と有栖の家に向かう。
「財布にいくら入れてるの?」
帰ってる途中にふと思い出しているので聞いてみる。いきなり持ち金の詳細を聞くのは失礼だったが、有栖は気にした様子もなく、財布の中を数えていた。
「三万七千円ですね」
「そんなに必要なのか?」
高校生の財布なんて五千円もあれば全然良いだろう。有栖はその七倍の金額を持ち歩いている。俺の手持ちは四千円なので約10倍近く差がある。
自分が持たなすぎるのかもしれないが、勉強と料理にそこまで使う学生はどこを探しても見当たらない。
「念のため?ですかね、」
「有栖がそれでいいなら良いと思うけど」
注意はしたが、本人の意思なので大金を持つなと強制は出来ない。
「有栖のご飯って夜ご飯だけでいんだよな?」
「そうですね」
「食費は折半でいいか?」
「全部払っても良いってお婆ちゃんも言ってましたし、私側が全額でも問題はないですよ」
有栖の食費の入りどころは有栖の祖母から来ているらしい。その様子だと学費や家賃やらも祖父母が出しているのだろう。
自分の子供の事を放っておいて、何とも思わない有栖の両親はつくづく最低な親だと思う。会った事はないのに
有栖の祖母も自分の娘の事を馬鹿娘と言っていたので、性悪なのは事実と見て問題なさそうだ。
前までは有栖のプライバシーだからと一歩手を引いていたが、その両親にいつかガツンと言ってやりたい。口でそういうだけで、俺にそんな勇気はまだないのだけど。
「……食費はどう考えても折半だろ、」
「ですね」
食費関係のことも折半ですぐに決まり、残す問題は有栖の料理スキルだけとなった。楽しみにはしているが期待はしていない。
期待してしまうと期待を裏切られた時の反応に困るので、面白半分で楽しみという気持ちを持っていた。
「私の家にくるのは昨日ぶりですね」
有栖の住むマンションに到着し、エントランスを通り抜けてエレベーターに乗った。
「なんなら毎日来る事になるんだな」
「そうですね。では合鍵渡した方が良いですか?」
エレベーターを出た時にそう提案されたので、思わず吹き出しそうになる。合鍵を渡すというのは俺に有栖の家の出入りの自由を与えると言っているのと同じだ。これはかなりの悩む問題だ。
俺が受け取ろうか受け取らないか悩むのは、どちらにも良い点の悪い点があるからだ。
合鍵を受け取った場合の良い点は、有栖が不在の時に外で待たなくて良いという所だ。そうすると食事の準備とかも早く終わらせられる。
反対に、自由に入れるからこそ昨日と同じように、有栖が落ちている下着等に気づかず外出して、俺が見てしまう可能性がある。
それはラッキーでありながら、俺たちの関係性を危険に晒すものでもある。タイミングが悪ければ、俺が落ちていた下着を直そうと拾ったり、見かけた時に有栖が帰ってくる事だってありえる。そういう危険性を兼ね備えているのだ。
鍵を受け取らない場合、有栖が帰って来るまで外で待たないといけないが、危険な事は何一つない。それが良い点でも悪い点でもある。そう考えれば受け取らない方が良いのかもしれない。
「まだいいや」
「そうですか」
「しばらく様子を見て、必要そうだったら借りようかな」
「……いや、もう持っててください」
家の中に入ると、玄関のすぐそばに合鍵を置いていたようで、一度は断ったものの渡された。来週一週間くらいは様子を見ようと思ったが、有栖から手渡しされたので拒否する訳にもいかず、受け取る事にした。
「じゃあカレー作り始めるか」
家に入り、リビングに荷物を置いた後、持ってきていたエプロンを身につけて準備を始めた。有栖もエプロンは持っているようだが、手に持ったままだった。
「様になってますね」
「長年やってるからな。有栖はエプロンつけないのか?」
「………後ろ結べないです」
エプロンを持っているのに、つけ方が分からないというのは料理経験のなさを知らせてくる。
「結んでやるから後ろ向いて」
「………恥ずかしいです」
有栖は、高校生にもなってエプロンすら結べない自分に恥ずかしさを覚えていた。
高校生でもエプロンくらい結べない人はそれなりにいるだろうから恥ずかしがる事ではないと思うが、それをどう感じるかは本人にしか分からないので、光星はそれを眺めるだけだった。
「その前に髪を結んだほうがいいな」
「分かりました。」
有栖は長くて綺麗なロングヘアーなので、料理の時は邪魔になりそうだ。普段の生活では人目を惹くし、有栖の美貌をより引き立てるが、今は結んだ方が身動きがとりやすいだろう。
ゴムを口に押さえて、手で髪を
ポニーテールに結び終わった後、俺の方を振り向いた。
「髪結びましたよ?」
「わかってるよ。じゃあ手を少し上げてくれるか?」
エプロンを首にぶら下げた後、手を上げた。紐を前の方から後ろに通す。細いウエストはエプロンの紐が長すぎると錯覚させる。
『ぷにっ』
「きゃっ、」
甘い声が上から聞こえて来る。触れないよう気をつけてはいたのだが、緊張し過ぎて距離感をうまく掴めなかった。俺の手が彼女の横腹に優しくぶつかった。無駄な肉付きがないのにフニフニと柔らかな感触は流石女の子と言いたくなる。
「す、すまん。気をつけてはいたんだが」
「事故ですし、私こそ変な声だしてすみません」
昨日と同じような居た堪れない空気感になる。
「その、一応エプロン結んだぞ」
「ありがとうございました。じゃくて、えっと…ございます」
あたふたしながらもきちんと礼を言ってくれた。
この調子で料理をするのは怪我するかもしれないので、気持ちを落ち着かせないといけない。
手にはまだ彼女の柔らかな横腹の感触が残っていた。
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