第26話 料理係

「あら光星?どうしたの?」 


第一声から気の抜けた母の声が聞こえてくる。



「一生のお願いがあります」


単刀直入にそう切り出した。他の事を話す必要もないし、今回のお願い事では誤魔化しながら話すというのは不可能に近い。


ヘラヘラしながら話しても真剣さは伝わらないし、俺からのお願いの重要さと真意をより引き立てるためにも、第一声はこれにすると決めていた。



「光星からのお願いなんて珍しいわね」



母の言う通り、俺が母にお願いする機会なんてほとんどない。今回の要求は簡単に了承を得られる問題だはないし、何よりお金がかかる。


その事は光星も理解しているので、それを理解した上でのお願いだった。



「実は有栖の家でご飯を作りたいんだ」

「今日はその予定なんじゃないの?」

「えっと、その…今日もだけど、これから毎日作りたいって…」

「あぁ、そういうことねぇ」



俺が伝えたい事は伝わったようだった。母が黙り込むので、携帯からはしばらくかすかなノイズ音が聞こえてくる。俺が口を開くのを躊躇ためらう程に静かな時間が流れた。




「光星が決めたならそれでいいわよ」

「え、いいの?」

「他にも聞きたい事はあるけど、有栖ちゃんがそれを納得してるんだったら私から言う事はないわ」



駄目と言われると思っていたので、こうもあっさりと了承をくれると逆に怪しく思ってしまう。




「……本当にいいんだよな?」



自分の聞き間違いを疑いつつ、再度確認する。自分の息子が毎日ご飯を作りに行く事に対して、相手が理解してるならそれで良いなんて俺にとって都合が良すぎる。


そんな事があっていいのだろうか。



「本当は駄目って言いたいのよ?女の子の家に年頃の息子を一人投げ込むなんて心配で仕方がないもの」

「……親からしたらそうかもしれないし、俺も自分で分かってる。けど、だからこそ何でそんな簡単に許可を出したんだ?」



俺が気になっている事情を全て理解した上で、すぐに許可を出した理由が単純に知りたかった。



「親だから、かしら?」

「どういう事だ?」


息子からしては親だからという理由で判断されるのは、自分にとって良い事でも納得がいかない。



「親だから、自分の子供の……光星のやりたい事は出来る限り応援してあげたいのよ」



俺にはその心境がよく分からなかった。俺もいつか親という立場になれば理解できるのだろうか……。


これ以上は何を言っても"親だから"という返信不可なチート級の言葉を使われるのは目に見えているし、疑問を解決しようとしただけで、すでに許可は得ているので、これ以上は意味ないだろう。




「お金に関しては心配しなくていいわよ」

「そこは二人で話し合うよ」

「ならよろしい。昨日も言ったけど、ちゃんと優しく接するのよ」

「当たり前だよ」



その言葉を最後に電話を切った。有栖は電話中は少し離れていたのでまだ結果を知らない。




「どうでしたか?」

「良いってよ。これで有栖はカップ麺生活とさようならだな」

「これからは光星くんのご飯ですか、」



どこかホッと、落ち着いたような声色でそう言った。



「不満でもあるのか?」

「違いますよ。ただ…安心した?、といいますか」

「ん?何が?」



俺の料理で安心してくれるなら一番なのだが、まだ食材すら購入していない。カートの中に入っている食材に目をやりながら、有栖の次の言葉を待つ。




「何も出来ないのに一人暮らしを始めて不安だったんです。今でも不安ですけど、ちょこっとだけ安心出来たって事です」

「食生活が充実、いや安定するからか?」

「……なんで分かんないんですか、もうそういう事でいいですよ」



安心したと思ったら急に拗ね始め、そのままベーっと舌を出しそうな勢いで前方に走っていった。店内で走り回るのは良くないと思いながらも、人とぶつからないよう気をつけて有栖を追いかけた。




「やっと追いついたぞ」

「追いつかれました」

「そんなに走り回ったら、迷惑だろうが」

「じゃあ光星くんも同罪ですね」



俺自身も走り回ったのは事実なので、反論しようにも反論出来ない。




「今日はたくさん歩いたし、疲れました」

「そうだな」

「それにお腹も空きました」



普段よりも多く動いたし、勉強も行い、カフェにも行ったりしたので、基本家から動かない俺にとっては凄く疲れた一日だった。


今日はこの後まだ約束があるので、今日だけでは疲れが取れず、明日まで影響が出そうだった。




「光星くん、私はこう見えてけっこう食べますよ」

「それは作りがいがあるな」

「そう言ってくれると助かりますね。私は三代欲求には正直に生きる人間なので」

「は?」



とんだ爆弾発言をしたのだが、有栖はそれに気づいた様子はない。これは絶好の揶揄いチャンスと思い有栖に話しかける。




「有栖って三代欲求に素直なのか、」

「当たり前ですよ、人より何倍も正直に生きてる自信があります」



この話題について、有栖がやけに自信満々に堂々と話すので、いつもよりも揶揄いがいがある。これは面白い事になりそうだ。


(俺ってこんな性格だったけ…)


一瞬そんな考えが頭によぎったが、有栖の反応が楽しみ過ぎて、すぐに頭から抜けていった。



「三代欲求って何だったけ」



そう言い、わざと忘れたフリをする。前に妹と話した時に、わざと馬鹿なフリをする奴はあまり好きじゃないと言ったが、見事に今の自分に当てはまっていた。




「そんなのも分からないんですか?教えてあげますよ」

「ありがとう」

「食欲と睡眠欲と性………」



自分の発言した事のヤバさに気づいたようだった。みるみる顔が赤くなっていく。目の前で可愛らしい反応をされるとついつい揶揄いたくなってしまう。俺の性格はどんどんSに染まっていく。




「後一つは何なんだ?教えてくれるんだろ?」

「わ、わざとですね」

「何の事でしょうかね?」



とぼけながらも俺はニヤニヤが止まらない。見事に策略にハマるので、面白さと可愛さで俺の脳内はハッピーだった。



「それで?後一つは何なのかな?」

「せ、精神力?」

「それは欲求じゃないし、今の有栖に一番必要な力だな」

「……もうやめてください。これ以上は何も言えないです」



顔を両手で覆い隠しながら、俺に訴えてくる。ちょっとやり過ぎたかもしれないと反省する。




「有栖の言いたい事は分かってるよ」

「やっぱり最近の光星くんは私を馬鹿にしたり意地悪するので……、、」

「そりゃ嫌だよな、ごめん。次から気をつけるよ」

「………嫌ではないですよ?ただ駄目です」



急激に距離が近くなったとは言え、まだ出会って一週間の仲だ。それなのにめちゃくちゃ有栖に失礼なことをしているのかもしれない。



「駄目か、」

「駄目ですからね」

「じゃあ有栖も俺の事を揶揄おうとはしないんだよな?」

「ノーコメントでお願いします」



この一週間はとても楽しく充実していた。明日からは期限はあるものの毎日有栖のご飯作りだ。



「でも、有栖が今日料理出来るようになれば俺って明日から出番ないんだよな」



今思い返せば、俺の役目は有栖が料理を出来るようになるまでの期間なので、有栖が今日料理を出来るようになれば俺は来る必要はない。


なんだか複雑な気持ちになる。



「そうですけど、そんな日は来ないですよ」

「何故言い切れる」

「それは私とカレーを作ってみれば分かると思います」


そこまで言う有栖の実力がどんなものなのか、カレー作りが楽しみになる。

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