第25話 世話係への第一歩

「カレーは甘口じゃなくても大丈夫か?」

「最近、光星くんは私を馬鹿にしてきますね」

「いや、もし中辛とか辛口を買って食べれないと言われたら困るし」

「………中辛と甘口混ぜれますか?」



中辛は少し辛いが甘口は何か物足りない、その結果二つを合わせる方法を選んだらしい。どちらかに拘って満足できないより、どちらも使って満足するというのは良い方法だと思った。


俺はどちらかと言うとスパイスの効いた方が好きなのだが、中辛も甘口もどちらも好きだしこの二つを混ぜるというのは初めてなので楽しみにしている。


料理を教える立場の俺が初めて挑戦する事を教えても良いのかとも思ったが、カレー粉を二つ入れるだけなので作り方はほとんど変わらないため問題はない。




「じゃあそうするか」

「迷惑をかけます」

「混ぜるだけだから、簡単だぞ」



今では簡単に作れるが、昔は光星も時間がかかって作っていた。そもそも野菜や肉を切るのが下手くそだったので、良い形に切れるようになるのが大変だった。


料理は経験すればする程、上手になるし作業時間も短くなる。




「有栖って包丁使える?」

「包丁ですか?使えませんけど」

「使った事はあるか?」

「ないですよ」



有栖に料理の才能があれば、包丁を使った作業にはあまり目を向けなくて良いだろうが、俺と同じく下手くそだった場合は、有栖が包丁を持っている間は目を離すわけにはいかない。


どちらに転がるのか不安になりながらもクイズのような楽しさも持っていた。


もういっそのこと有栖の家に毎晩夜ご飯だけ作りに行ってあげたいと思ったが、出会った日数が短いのに毎日家に行きたいなんて言えるはずもない。


言えたとしても許可をもらえる事もないし、許可を貰えても友達同士で毎日家に行くというのは不純なような気がするのでこの思いつきは胸にしまい込んだ。




「カレー粉にも色々あるんですね」



カレー粉売り場に着いたのだが、有栖はカレー粉を売っている所に来た事が無いらしく、目をキラキラさせながら商品を眺めていた。




「沢山あるけどバー○ンドカレーなんかは固形状のカレー粉を入れて煮込むだけだから簡単だぞ」

「ではそれが良いです」

「そうするか」



カレーを本格的にスパイスから作るのは出来ない事はないが、あまり経験がないし今回は有栖が作れる様になるためのカレーなのでこれで良いだろう。


あっという間にカレー粉も決まったので次は具材だが、有栖は作った事ないだろうから材料の相談もする必要はない。


店内をグルっと一周回り、必要な材料は全て揃えた。俺は他に欲しい物や買う物はないので、有栖に話しかけようと思ったら、有栖の姿はなかった。



(迷子か、?)


一番最初に出てくる考えがこれなのは有栖が子供っぽいからだ。


周りを見渡しても見つかる気配がなく、ナンパの可能性があるので、早歩きで店内を散策する。



「すみません、カゴをカートに乗せてもらえませんか?」



後ろから声がしたので振り向いてみると、大量のカップ麺とモロヘイヤ、ブロッコリーと野菜ジュースをカゴに詰め込んで、有栖が俺に近づいて来た。



「カートには乗せれないから俺が持つよ」

「いやそれは悪いです」

「女の人に重いもの持たせる程、男がすたってないから」


そう言い、有栖が持っていたカゴを奪い取る。



「ありがとうございます」



礼を言われる事をしたわけではないが、直接礼を言われると嬉しいものだ。そう思いながらカゴの中を見てみる。



「………これ何、」

「今後の蓄えというか、備えと言うか………」

「はぁ……」



何のために料理を教えてもらうのだろうか、そんなに大量に買いこんでしまっては今までの生活と変わらない。


結局食生活を見直す気があるのか無いのか分からない。それにゲーセンからここに来るまでの会話を含めて、今までの会話には何の意味があったのだろう。


若干呆れながらも、口を開く。



「駄目だ。直して来て」

「な、何故です?」

「料理できるようになりたいんじゃないのか?」

「なりたいですよ。ですので出来る様になるまでは必要です」



彼女の言うことも一理あるが、出来るようになるまでカップ麺に頼っていて大量に買い込んでいては、出来るようになっても料理をしなくなってしまう。



「そんなに買ったら料理しないだろ」

「……しますよ。料理が出来るなら」


倒置法で会話をする彼女が諦めるまで警告と注意を止める気はない。



「カップ麺ばかり食べてると病気になりやすいんだ」

「それは知ってます。けど野菜もちゃんと食べてます」

「そんな食べ方じゃ、食材を生かしきれてない」



有栖も折れる気はないようで、粘り続けていた。俺が次の言葉を発しようとした時、すでに有栖の口から先に言葉が出ていた。




「そこまで言うのでしたら、私が出来るようになるまで光星くんが作ってくださいよ。毎日一緒に食べるって事になりますけど……」



俺が密かに胸にしまい込んだ考えを、有栖から口に出してくるとは思わなかった。俺を揶揄うために言ったのかそれとも本心なのか分からないが、有栖は自分から言っておいて顔を赤める。


俺が視線を下に向けるとそこにはパプリカがカゴの中に入っていた。顔を上にあげ有栖の顔を見た後にもう一度パプリカを見た。これじゃどっちがパプリカか分からない。


彼女が顔を赤らめた理由は、自分から招待した事と毎日家に来てと遠回しに言った事に気づいたからだろう。




「それは……無理だな」



一度は同じ考えを抱いたとは言え、毎日女の人の家に行くというのは緊張するし、何より付き合ってもいない男女が毎日家に行くというのはさっきも思った通りおかしな話だ。


それに今の俺には何かあった時に責任が取れない。




「で、ですよね。当たり前ですよね」



ショックな顔をしているのが気になったが、こればかりは仕方がない。




「けどそれは買ったら駄目だ」

「私は何を食べればいいのですか?」



その問いに対する答えはかなり迷う。やはり俺が作りに行くのが一番手っ取り早いのだが、せめて有栖の親からの許可があれば家に作りに行く理由にはなるだが。




「有栖の親から一言許可を貰えれば、作りに行くんだがな」

「そういう事でしたか。それなら大丈夫ですよ。あの人たちはそんな事気にしないので」

「それでも、直接許可を貰わないと……」



有栖の複雑な家庭環境が少しずつあらわになってきているが、今回も敢えて触れないでおく。今はまだそこまで触れてはいけないと思った。




「それなら私が許可を出すよ」



誰かが俺と有栖の会話に飛び入り参加してきた。その人の顔を見ると、以前遅刻した時に出会ったお婆さんだった。



「あの後大丈夫でしたか?」

「大丈夫よ大丈夫」

「……え?お婆ちゃん?」

「有栖、元気してるかい?」



有栖と俺が出会ったお婆さんは面識があるようだった。その証拠に有栖の表情が、やけに緩んでいる。



「有栖、この人と知り合いなの?」

「えぇ、知り合いも何も祖母ですよ」

「まさか有栖が、みやち君と友達とはね」



面識があり、有栖が表情を緩めるお婆さんなんて、考えれば祖母という答えがすぐに出た。


有栖は俺が遅刻した日の朝、落ちていた荷物を拾ったのは見えたようだが相手の顔までは詳しく見えていなかったようだ。




「それで許可を出すというのは?」

「みやち君が有栖の家で料理をするって話の事だろう?」

「はい、そうです」



二回連続でみやち君と呼ばれているので、俺の事をみやち君と覚えているのかもしれない。俺が聞いた事に答えてくれたら、訂正をしなくてはいけない。




「それに何か問題があるのかい?」

「大事な孫に見ず知らずの男が毎日自宅に来るんですよ?」

「みやち君は信用しているからね」



俺は色々と聞きたい事と言いたい事があったので、俺が聞きたい事は全部聞いておこうと思った。




「……自分は宮地みやじです。」

「そうだったかい、失礼したね。みやち君」



折角ならきちんと名前を覚えてもらいたかったが、みやち君というのが気に入ったようだったのでそれで構わない。




「あの、いくら信用しているからと言って許可出すの早すぎではないですか?」



俺が知りたいのはこれだった。信用していようと孫の家に毎日付き合ってもいない男が出入りするのに簡単に許可を出しすぎだ。


俺は出会って数秒で信用される程の器じゃない。それは自分が一番理解しているので、簡単に許可を出した理由が知りたかった。



「私達も有栖の食生活が気になっていたんだよ。一人暮らしを始める前は私がずっと作ってたからね」

「なるほど」



有栖が高校生になるまで、母親ではなく祖母がご飯を用意していたらしい。両親よりも祖父母の方が有栖のために行動しているというのがすぐに分かった。



「あのバカ娘とその夫と来たらこんな可愛い子を放ったらかしにして」

「それ以上は有栖とそのご家族にもプライバシーもありますし……」

「そうね。口が滑りすぎたわ」


有栖のお婆さんは有栖の頭を撫でながら一度深呼吸をした後、また話し始めた。




「だから、有栖が料理を出来ないのは分かっていたんだよ」

「お婆ちゃん……!」



微笑ましいやり取りをしているのを眺める。


(良い祖母に恵まれたな)


両親の事はまだ詳しく分からないが、祖母がとても優しくて良い人なので今の有栖があるのだろう。それは勿論花音さんも含んでの事だ。


俺の祖父母は俺が小さい頃に亡くなっているのであまり記憶がないが、こうして有栖と有栖の祖母とのやり取りを見ていると新鮮な気持ちになる。




「だから、むしろこっちから有栖のご飯についてはお願いしたいね」

「そうですか…」



まだ聞きたい事はあったが、"まだ何かあるのね"と言いたげな顔をしていたので、これ以上何か言うのは辞めた。



「分かりました。有栖のご飯に関しては自分に任せてください」

「お金関係は気にしなくていいからね」

「お婆ちゃんありがとう」



それだけ言い残して去っていった。



「何でここのスーパーにいたんだろうな、」

「お爺ちゃんを迎えに行ったんだと思います」

「へぇ〜、この近くで働いてるんだな」

「何言ってるんですか?私の祖父は学校長ですよ?」



今日は突然打ち明けられる真実が多い。有栖の祖父が学校長という事にはすぐに合点がいった。有栖の家の施設と家具を見ればお金持ちという事はすぐに分かる。


それに使われていない実験室の使用許可を貰えたのも学校長が祖父だからというのであれば納得がいく。



「俺、親に今の事を連絡してくるよ」

「頼んでおいてあれですけど、迷惑だというのは分かってるので無理はしなくてもいいです」

「それは大丈夫だと思う。期限は有栖が料理を出来る様になるまで、だったよな?」

「はいそうです」



母に電話をかける。まだ会計も済ませずカートの中に商品を入れたまま野菜売り場のすぐ近くに立っている。



「有栖が料理出来るようにならなければ、ずっと作り続けるのか」

「作り続けてくれるんですか?」

「そういう約束だからな」



そう言った途端に、スマホから出ていた呼び出し音が鳴り止み母の声に変わった。



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