第28話 カレー作り①

「まずきちんと手を洗うんだぞ」

「それくらい分かってます」



冷たい水が蛇口じゃぐちから流れ出る。ハンドソープを手につけて手を綺麗きれいに洗う。手と手をこすり合わせると泡立あわだってきた。


手についた泡をながし落とした後、必要な物を台の上に用意よういする。最初さいしょは野菜を切るだけなので食材しょくざいとまな板、包丁を用意よういすれば問題はない。


他の器具きぐ材料ざいりょうまで台の上にせるとスペースを取るので邪魔じゃまになるだけだ。俺はまだこの家のどこに何があるかを知らないが、まな板と包丁は有栖が台の上に出してくれたようだった。


手に一切いっさいよごれがついていない状態じょうたいで買ってきた野菜を台所だいどころに置く。




「このニンジンを切ってみてくれ」

「どのくらいに切ればいいんですか?」

「だいたい一口サイズになれば良いぞ」



ニンジンを一口サイズに切るだけなので、形にはこだるつもりはないが、有栖がどこから切り出すべきかを一生懸命いっしょうけんめいに迷っているので見ている側としては非常に面白い。


そして包丁を握った。握り方に違和感いわかんがあるのは気のせいじゃないだろう。今にもすようなにきり方をしていた。




「その持ち方はなんだ?」

「切るつもりですけど」



真剣しんけん眼差まなざしなので俺から口に出せることは何もない。



「じゃあ切ってみてくれ」

「任せてください」



威勢いせいだけは良かったものの、包丁の刃先はさきがニンジンに触れた時にはもう手遅ておくれだった。握り方から予想できる通りニンジンに突き刺さっていた。そのまま突き刺さったままのを上に向けた。



「……どうしてこうなったのでしょう」

「握り方が逆だな」



一度包丁をまな板の上に置くように指示しじした後、後ろから被さるようにして、有栖に握り方を教える。




「いいか?こうやって握るんだぞ?」

「は、はい。………分かりました」

「本当に分かったのか?」



説明を終わっても、まだボーっと立ち尽くしていたので、本当に理解りかいしたのか疑う。


(って、近っ!)


そこで、自分からいきなりバックハグ的な事をしたことに気づく。彼女のシャンプーの甘い匂いが俺の頭の中を揺さぶる。


(このせいで立ち尽くしていたのか…)


それに気づいた俺自身も動揺どうようしつつあるので、今度は横の方からもう一度説明せつめいをする。



「もう一回言うぞ?こう握るんだ」

「……こうでしたっけ?」

「違うぞ、こうだ」



説明する力のカケラもないので、正しい握り方を教えるのに時間がかかった。せめて包丁の握り方くらいは覚えていて欲しかった。


有栖がスーパーで言った通り、料理が出来るようになる未来みらいは来ないのかもしれない。来たとしてもまだまだ先になりそうだ。




「それでニンジンを切ってみてくれ」



数分すうふんった後にようやく本題ほんだいに戻る。正しく握れはしたが、見ていてどこか不安ふあんになる。



「……どうしてこうなったのでしょう」



本日二度目にどめのその言葉を聞き、まな板の上を確認する。一口サイズと言ったはずだが、大小バラバラで形は不恰好ぶかっこつ。どうやって切ったのか、立方体りっぽうたい三角錐さんかくすいのような形がたくさんころがっていた。




「ジャガイモは俺が切るからよく見といて」

「よく見ておきます」



一息ひといきけ、いつも自分の家でやっているようにテキパキと切る。有栖の半分もかからない時間で全て切り終えた。



「凄いです」



目をかがやかせながら俺の切ったジャガイモを眺めていた。



「違いが分かったか?」

「全く分かりませんでした」



有栖の脳内のうないでは俺と同じ切り方をしているらしい。俺が違いを教えても良いのだが、自分で見つけてほしいので今は教えない。




「分かるようになるまで、たくさん練習れんしゅうしような」

「私は子供じゃないですからね」



子供をなだめるような言い方だったので、有栖は子供こどもあつかいされたと思ったのか俺にそう言った。言い方が悪かったため仕方がないが、俺の本心ほんしんだという事を理解してほしい。



「子供扱いしたわけじゃないぞ」



頭をポンポンと撫でる。あまりに可愛かったのでつい手が出てしまった。


無許可むきょかで女性のかみを触れるのが失礼しつれいなのは共通認識きょうつうにんしきなので、この後何か言われるのは間違いない。どうせ言われるなら堪能たんのうしてやる。その結論けつろんに至り、頭をつづけた。



「それを子供扱いしていると言うんです」

「そんなつもりはない」



女性のいのちとも言われる髪を無許可むきょかで触ったのでおしかりを予想したが、子供扱いされたと思っている有栖はれた事へのお叱りはしなかった。



「手洗ってくださいよ。きたないですからね」

「…汚くはないけど、洗うべきだよな」

「なんで少し残念ざんねんそうなんですか」



いくら綺麗きれいな髪だとはいえ、食事を作る際に髪をさわった手で料理されては食材に対して失礼だし、衛生的にも良くない。


俺は泣く泣く手を洗う。もう髪を触る機会きかいなんてそうそう来ないだろうから、もう少し堪能しておくべきだったと手を洗いながら後悔こうかいする。


付き合っているわけでもない女性に対してこの思考しこうを向けている俺は、結構けっこう変態へんたいなのかもしれない。光星も男子高校生だんしこうこうせいなので、好きな異性いせいとそういう事をしたいと思うのは当然だ。


光星は、そういう事よりも髪を触りたいという欲求よっきゅうの方が大きいので可愛いものだ。自分の特殊性癖とくしゅせいへきの目覚めを心配しながらもそう開き直った。


時間がかかりそうなので、肉も一口サイズに俺が切った。明日から俺が料理係になるのは見ての通り決定なので、有栖には簡単な手伝いをしてもらう。


ちょっとずつ難易度なんいどを上げていき、最終的さいしゅうてきには一人で全てを作れるようになる。長い月日つきひがかかるだろうが、有栖にはこれくらいのペースが合っているだろう。




「次はいためるんだが、有栖には早そうだな」

くやしいですけど自覚してます」



野菜を切るだけで一苦労したのに、火を使った調理ちょうりなんて危険きけんでしかない。日焼ひやけを知らない真っ白な肌は火傷やけどでもしたら大変な事になりそうだ。目立つし消えないあとになってもこまるので有栖には離れて見てもらおう。


フライパンに油をひき、火を通した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る