第22話 カフェでの話
「有栖さん?どこ行ってるのでしょうか?」
「………カフェです」
有栖に引っ張られて俺と花音さんはどこかに連れられている。有栖はこの場所にくるのは初めてだと思うが、自ら先頭に立った以上は例え場所が分からなくても意地でも連れて行こうとするだろう。
「けど、この先行っても公園だぞ?」
「うっ……」
絶対道が分からず適当に進んでいる。そう確信するのは有栖が先頭に立って間もないことだった。
「有栖、無理しなくていいのよ」
「心配しなくても大丈夫です」
有栖に優しい花音さんも心配になっていた。謎の自信に満ち溢れている有栖は、迷う事なくどんどん進んでいく。
あまり遠くまで行くと俺たちも花音さんも帰るのに時間がかかってしまいそうなので、有栖の冒険はここら辺で終わらせよう。
「そろそろ先頭変わろうか?」
「……心配しなくても大丈夫です」
「実はだな有栖、すでに一店通り過ぎてるんだよ」
「え、うそ……」
急にキョトンとした顔になる。やはり気づいていなかった。このままだといつまで経っても辿り着くことはないだろうから無理にでも先頭を変わるべきだ。
「俺は案内係なんだろ?だったら案内させてほしい」
「……そういうことなら譲ってあげます」
「じゃあ行くぞ」
有栖が通った道にカフェはあったので、少し戻るとすぐに到着した。有栖は驚愕の表情を浮かべた。
「私とした事が、本当に通り過ぎてたとは」
「誰にでも失敗はあるわ。今回は初めての事だし、しょうがないわよ」
「……そうだぞ」
俺に対する対応と有栖に対する対応が明らかに違いすぎるので言葉が出てこない。
「出来なかったり分からなかったらしたら、すぐに俺に聞けばいいからな」
「それじゃあ私は成長しないじゃないですか」
「前も言ったが甘やかすわけじゃない、教えるだけだ」
口ではそう言っているものの、光星的には滅茶苦茶甘やかしたいし、甘やかしているつもりでもあった。
有栖には、甘やかす訳じゃなく教えるだけ、そう言わないと納得してくれないのだ。
「ねえ、光星」
「どうかしました?」
「なんか案内係というよりも、保護者みたいに見える」
「それは自分でも薄々感じていますし、有栖からもそんな風に言われました」
客観的に見ても俺は保護者に見えるらしい。元々俺が身長が高いというのもあり有栖との身長差がかなりあるので、余計親のように見えるのだろう。
「店の前で立ち話もなんですし、そろそろ中に入りません?」
「私達はお店の前でずっと話していたのですか、」
「そうね、入りましょうか」
店内に入ると、渋い雰囲気なのだがオシャレで流れている音楽も心が落ち着く。店内に香るコーヒーの香りがカフェにいるという事を実感させられる。
三人席はないので、四人席の場所に3人で座る。俺が一人で対面に二人という座り方だ。
あんまりこういう場所に来たことがないので、ワクワクしていた。
「有栖はコーヒー飲めるのか?」
「馬鹿にしてますよね、」
「無理はしなくていいのよ?」
「二人して私を馬鹿にしないでください」
その発言を信じたわけではないが、飲めるらしいので早速注文をする。メニュー表もどこか趣を感じる。開いてみるとコーヒーにも色々な種類があった。
苦いコーヒーは飲めるそういう気分ではないし、第一好みではないのでミルクが入ったカフェラテを頼む事にした。
「自分は頼むもの決まりましたけど、花音さん決まりました?」
「私は普通のカプチーノにする」
「有栖は?」
「…ちょっと待ってください。まだ時間がかかりそうです」
有栖以外は注文する品が決まったが、有栖だけはまだメニュー表と睨めっこしていた。有栖の目にはどれも呪文のように見えているのか、目をジっとこらしながら見ていた。
「……まさか有栖が私以外にここまで心を開くなんてね」
「どういう意味ですか?」
「有栖から色々と話聞いてない?」
突然そんな話を振って来たけど、花音さんが俺に伝えたい事は何なく分かるような気がする。自分以外にも心を開ける人が出来た事に対して言っているのだろう。
過去のことは俺には分からないが、有栖が恩人と言っていたので、花音さんは俺が出会った時よりもっと落ち込んでいた有栖をずっと励ましたのだろう。
そのおかげで今こうして有栖と出会う事が出来たのだから、花音さんには感謝してしなくてはならない。
「花音さんありがとうございます」
「えっ?なに、どうしたの?」
「花音さんのお陰で、今こうして有栖と出会う事が出来ました」
「へっ?何か勘違いしてない?」
何やら俺は勘違いをしているらしい。となると彼女が俺に伝えようと来ていたことは一体何なのか。
「私はただ、もう私だけの有栖じゃないんだって思っただけよ?」
「あ、そういう事ですか」
俺の深く考えすぎだったようだ。俺の言っていた事もあながち間違いではないのだろうけど、彼女の中では自分にだけ心を開いた有栖じゃなくなった。その事を俺に伝えようとしたのだろう。
そうだとすると、次の言葉がまだ聞こえていないのに頭の中に流れ込んでくる。
「私の有栖を返しなさいよぉ〜」
「返すも何も俺のものじゃないですし」
花音さんの動きが急に止まった。その後しばらく俺の事を見つめて来た。
「なんだ。てっきり、付き合ってんのかと思った」
「そんなわけないですよ!それに有栖が俺の事を案内係って言ったじゃないですか」
「あれはそういう、なんか付き合ってるのを隠すためについた嘘かと思った」
人のことを案内係君と呼んでおいて信じていなかった事に驚くと同時に恋人同士に見られていたという事に嬉しさも感じる。
付き合っていると思っていたらしいが、俺が有栖と付き合う事に対して何も言ってこないので認められたと認識しても良いのだろうか。
「花音さんも俺の事を保護者みたいって言ってたじゃないですか」
「それは本当にそう見えたからだし、親子カップル的な?」
「何ですかそれは」
そこでようやく有栖が注文を決めたようだった。
「何を頼むんだ?」
「私はカフェモカにします。」
「おぉ良い判断だな。それなら心配ない」
「ちゃんとホットにしなさいよ」
俺が保護者に見えると言っていたが、俺から見れば花音さんも充分に保護者に見える。
マスターを呼んで注文をさっさと済ませた後、また話に戻る。
「私ね、光星は優しいと思うの」
「すごく唐突ですね。そう言われると嬉しいですけど」
出会った頃からは想像も出来ないような発言が飛んできた。まだ出会って時間は全然経っていないのに彼女の中で何か心変わりがあったのだろうか。
「私ってまず一応歌手なのよ?それなのに初対面なのにまるで地元の先輩や後輩のような関係で話してくれて、すごくびっくりしたわ」
歌手や芸能界などで活動している以上、初対面で友達のように接してくる人なんて滅多にいないらしいので嬉しかったのだろう。彼女の顔に笑みが現れていた。
俺はそんなつもりで接したつもりはないが、花音さんはそう感じたのだろう。
「まぁ、出会って間もないのに奴隷とか言われましたからね。そんな事言われたから歌手とか関係なく接してしまったというのが本音ですね」
「そうね。そんな事言ったわね」
「……二人して楽しそうですね」
花音さんの事を失礼な人と認識していたが、再度認識を改める必要がありそうだった。
彼女が俺に変な接し方だったのは、有栖との関係や俺の性格などそういう面を含めて確かめるためだったのだろう。
彼女はそれを否定していたが、今と最初の接し方を比べると天地の差があるので、否定をしていたもの、確かめるためにわざと変な接し方をしたというのは間違いないだろう。
今思えば確かめたくなるのも当然だ。自分が一笑懸命に励ましていた友達が、見ず知らずの人に暗い路地で話していたのを見かけたら誰だって警戒する。
今はその警戒は解けたようだった。
「有栖もまた歌を頑張るそうなので一緒に応援しましょう!」
「有栖が歌えるようになったの?」
「そうですよ。でも花音さんからしたら、ライバルのみたいな存在になるんですかね」
俺が笑いながら話していると、肩をぎゅっと握りしめて顔を近づけてきた。有栖とは違う、一つ上とは思えない大人の匂いがする。
「歌えるようになったの?有栖が?」
俺の肩をブンブンと力強く振り回して聞いてくる。この事は俺の口から言うより本人の口から聞いた方がいいだろう。
「そうですよ。私、言いませんでしたっけ?」
「言ってないわよ!そんな大事な事もっと早く言いなさいよ」
急に口調が強くなる。その姿は怒っているというより興奮している状態に近かった。
「いつから復帰するの?」
「高校を卒業してから復帰しようと思ってます」
「それは俺も初耳だな。てっきりもう準備してるのかと思った」
「祖父母が高校はきちんと卒業した方が良いというのと、やりたい事が出来ましたので」
何故か俺の方をチラッと見てきた。花音さんはその言動と行動を見て何かを察したようだった。
「やりたい事ね」
クスッと小さく笑いながらニヤニヤした後、また続けた。
「またあの
「その呼び名は恥ずかしいのでやめてください」
「天使の歌声か、確かに心が安らいだな」
「光星、生歌聞いたの?」
そう言う花音さんの目を見ると、興奮がマックスまで高くなっていた。
「いいなぁ!ずるぃー!!」
子供みたいに駄々を
(何これ可愛い)
そう思わせるくらいにギャップが凄かった。出会ってばかりなのだ分からないが、普段こんな感じのテンションなのだろうか。疑問になったので有栖に聞いてみた。
「有栖、花音さんって普段から本当はこんな感じなの?」
「普段は違いますけど、たまにこうなる時があります」
大人びた顔つきで言動も大人っぽい花音さんがこれをやるとひたすらに可愛い。これがギャップ萌えというやつなのか、そう一人感動してその光景を眺めた。
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