第21話 ゲームセンターと知人
「有栖はゲーセンとか行った事ないのか?」
「ないですよ」
「まぁ確かに行ったことなさそうだな」
ゲームセンターに行った事がないというのは、有栖の雰囲気や口調から何となく分かっていた。
「なので今すごく楽しみです」
「ゲーセンは楽しいぞ。俺も中学の頃は良く行ってたし」
光星は中学の頃毎日と言っていいほどゲーセンに行っていた。主にUFOキャッチャーをしに行っていたので、有栖が欲しいと言ったものは取れる自信があった。
最初は妹に言われてやり始めた事なので、今まで取った景品とかは全部妹にあげている。今でもたまに取りに行かされたりする事もある。
「そもそもゲームセンターは何するんですか?」
「それすら知らずに行きたがっていたのか」
「悪いですか?」
俺が珍しくやる気を出している中、予想もしてなかった言葉が飛んでくる。
有栖の脳内では、ゲームセンターという名前は聞いた事があるが、何があって何をするのか分からない。こんな感じなのだろう。
そもそもゲーセンについて知っていて、行った事があるなら俺と一緒に行くはずがない。折角行くなら少しでも楽しんでもらいたいので、到着までにゲームセンターについて説明をしてみる事にする。
「UFOキャッチャーとかコインゲームとか分かるか?」
「はい聞いた事あります」
いくら世間知らずの人でもゲーセンに一回くらいは行ったことあるだろが、有栖はやった事はなく聞いた事があるだけだ。
知らないと言われると説明が大変だが、聞いた事はあるらしいので特に難しく考える必要はない。
「簡単に言うとその聞いた事あるやつにお金を払って遊んだりするんだ」
「そうでしょうね」
「じゃあ何が聞きたいんだ」
「え、いやそれだけしかないんですか?」
ゲームセンターなんてものはUFOキャッチャーとコインゲームがあればそれなりに成り立つ。その他にも複数人で楽しめそうなゲームがあるが、そこら辺はあまり触れた事がないので説明はしなかった。
「それだけじゃないぞ、他にも複数人とかで楽しめそうなゲームとかがある」
「楽しみではありますけど、それって楽しんですか?」
「それは行ってからじゃないと分からないな」
エアーホッケーなどの複数人でやるゲームは無難に面白いが、それでも個人の好みがあると思う。有栖がどんかゲームが好きで、どんなゲームが苦手なのかは行ってみないと分からない。
運動が得意な有栖はエアーホッケーもすぐに上達するのだろう。
「そういうものなんですかね」
「ゲームセンターなんてそんなもんだぞ」
ゲームセンターの近くにある街の中にあるとは思えない程人通りの少ない通りに着いた。この通りを抜けるとゲームセンターがある。
ここの通りは見れば分かるのだが、人が少なく日も当たらないので周りに比べると暗い印象だが、店の中に入ると結構賑やかだったりする。
この通りに初めて来る人は辺りをキョロキョロして怖がるものだと思っていたが、有栖はピンピンしていた。
「有栖は怖くてビクビクするのかと思ったが、案外平気なのか?」
「一人だったらこんな所絶対来ませんけど、今は案内係がいるので怖くないですね」
「そりゃ頼まれたからな」
「ここでハグれたら私は二度と家に帰れなくなると思います」
女子高生が一人でこんな所に来ることはないが、複雑な道をしているので初めて来る人は迷子になるのかもしれない。
「もうすぐお待ちかねのゲームセンターに着くぞ」
「ようやくですか、今日は歩き疲れました」
「そこまで歩いてないだろ」
図書館から今向かっているゲームセンターは近くはないが、それといって遠くはない。
むしら、有栖の家から学校までの方が遠いくらいの距離だ。
「歩いて図書館まで行ったので」
「奇遇だな。俺も時間が有り余ってたから歩いて行ったぞ」
「……私はバスの乗り方が分からなかったから歩いたんですけど、」
高校生にもなってバスに乗れないのは社会を知らなすぎると思う。最近は小学生でもバスに一人で乗ったりするので、有栖には今度バスの乗り方を教えなければいけない。
「有栖、今度バスの乗り方を教えないとだな」
「本当ですか?ありがとうございます」
「これくらいならいつでも教える」
「………私、最近思う事があるのですが」
バスの乗り方を教えて貰えると喜んでいたが、急に思い立ったような表情を浮かべた。
「何を思うんだ?」
「光星くんは、ほとんど初対面の私を助けてくれた優しい人だと思ってたんですけど、えっと何ていうんでしょうか、」
思考がまとまっていないのか、言葉に詰まったのか分からないが中々次の言葉が出てこない。
「ゆっくりでいいから」
「今のもそうです。私はなんだかお世話されてるみたいです」
お世話されているというので今までの出来事を思い出してみる。
相談に掃除に少しだけれど勉強の指導、今は案内係をしていてこの後は料理指導、まだ予定はないがバスの乗り方、おまけに有栖には特に甘々に接しているので世話をされていると思ったのかもしれない。
振り返ってみれば、俺自身も最近は世話を焼いているような気がする。出会った頃は一目惚れだったのに、今では保護欲になりつつある一面もある。
もちろん一目惚れした時から好きという気持ちは変わらないが、
(見守ってあげたい)
そんな意識に近づいているのだ。
「お世話じゃない、どちらかと言うと子供の面倒を見ている気分だ」
「それは馬鹿にしてますよね。私も怒っていいのでしょうか」
子供というには随分と大人びた体つきをしているが、小柄で高校生にしては幼さが残った顔立ちに、基本的な生活能力の無さと世間知らずな所は、子供と捉えることは出来る。
もっとも内面はちっとも子供っぽくないが、普段クールな分、照れたりすると真っ赤になって慌ただしくなるので、比喩表現として子供みたいという表し方が似合っていた。
「これがゲームセンターですか?」
「それは和菓子屋だ。見れば分かるだろ」
「じゃあこっちですか?」
「それはスポーツジムだ。有栖、ふざけてるのか?」
スポーツジムはまだ運動器具があるので見間違える分には理解ができるのだが、和菓子屋に関してはどう見間違えるのか意味が分からない。
「いいか?ここだからな」
「おぉ、これがゲームセンターですか」
一人で感動している有栖を店内まで連れて行く。店の前には張り紙が貼ってあった。
「ご迷惑をおかけしますが、本日は臨時休業させていただきます」
今日は店が休業しているらしい。店側にも事情があるのでこればかりは仕方のないことだが、ゲームセンターを楽しみにしていた有栖はショックを受けたようだった。
「な、な、なんで、」
「また行けばいい」
「そうですよね。また行けばいいんですもんね」
「次は、ちゃんと営業しているか確認してから行こうな」
俺がそう言うと簡単に立ち直った。まだ時刻は4時半だったので、今から歩いて帰っても5時には帰り着く。買い出しと料理にかかる時間を合わせても一時間はかからないので、6時には食べ始める事になりそうだ。
夜ご飯にしては早い時間だが、他にすることもないので帰るしか選択肢はないだろう。
「帰るか」
「それしか選択肢がなさそうですね」
家に帰るために来た道を戻ろうとしていた時だった。
「黒崎…有栖?」
そんな声が歩き始めた足を呼び止めた。声的には明らかに女性の声だった。後ろからそう呼ぶ人をジーッと見つめた後、有栖はその人が誰だか気づいたようだった。
「あれ?
「一瞬貴方に忘れられたのかと思ったわ」
どんどんと近づいて、有栖とかなりの近距離で会話を始めた。女子二人で話しているが、俺にはその人が誰なのか分からなかったので、有栖が話しているの側でそっと見守る事にした。
「有栖はここで何をしているの?」
「ゲームセンターというものに行ってみようと思ってここまで来たんです」
「あら、そういうことね。休業だなんて残念だったわね」
花音と呼ばれていたその女性は、肩上まで髪のあるボブに大人びた綺麗な顔つきで、背は有栖より高いがそこまで高いわけではなく平均的な高さだった。
そんな女性から何故だか急に睨まれたので、俺は思わず冷や汗をかいた。
「この人は誰?ナンパ?」
「花音さん違いますよ、私の案内係です」
「あの有栖が男の人をねぇ〜」
有栖が優しくその女性に話すも、俺を疑っているようだった。
「貴方、有栖に変な事してみなさい。命の保証はしませんからね」
初対面の時の女性は皆んなこういうものなのだらうか。いやそんな事はないだろう。
有栖は冷たい反応だけだったからまだ良かったが、今俺の目の前にいるこの女性は初対面の俺に殺気をぶつけてきていた。
(殺される…)
命の危険を察知し、そっと有栖から離れる。
「貴方、有栖の案内係ならちゃんと近くで見守りなさいよ!」
「はい、すみません!」
また元いた位置に戻る。理不尽とまではいかないが、なんて乱暴な物言いをする女性なのだろうか。
そんな事よりもこの女性が誰なのか気になったので有栖に問い尋ねる。
「有栖、この人は誰なんだ?」
「図書館で話した、私の知人……いや本当は恩人ですね」
何故恩人の事を知人と言ったのかは疑問になったが、答えはすぐに出てきた。
「有栖、いくら恥ずかしくても恩人の事を知人と言ったらダメだぞ」
「そ、そこまで理解をされているとは、、分かってます」
「こそこそと何やってるのかしら?」
鬼のような形相でこちらを見てくる。有栖の恩人でありながら俺に殺意を持って話している。その事でハッと頭に一つの考えが生まれる。
「なぁ有栖、あの人ってもしかして」
「気づきましたか」
「つまりはそういう事だろ?」
有栖と目を合わせてから、息ぴったりに口を開いた。
「歌手の
「有栖の歌の先生だろ、」
「あれ?」
俺の思っていた答えと違っていたが、有栖の言っていた歌手という言葉を聞いてこの人が誰だか分かった。
「え?あの歌手の鳥越花音さん?」
「そうですよ。落ち込んでいた私を祖父母以外に唯一励ましてくれた、とっても優しい人なんですよ」
「有栖……いい子…」
有栖に目の前で優しい人と言われた花音さんは、泣き出しそうになるくらい喜んでいた。まさかテレビにもよく若手歌手として出てきている人とこんな所で出会えるとは思わなかった。
「この人が、か?」
「有栖、この男殺していいかな?」
「殺すのは駄目ですけど、今の発言は良くないですよ光星くん。花音さんに失礼です」
「大変申し訳ないです」
確か歳は一つ上だったし失礼な発言をしたのは認めるが、初対面の俺に殺気を撒き散らしているので、多少の無礼は許して欲しいものだ。
「花音さんはどうしてこんなところに?」
「ほら、私達の業界って空気が重かったりするんだよ。だから人通りの少ない場所でたまに休んでるんだ」
「そうだったんですね。その気持ち分かるとは言いませんけど理解できます」
人が様々な事情な中で頑張っている事に対して、何もせずに勝手に共感するのは失礼だと思ったからなのか、理解はしていても共感はしていなかった。
闇が深そうな話が聞こえてきそうだったので耳を閉じた。一般人の俺はまだその辺りの闇の事情に触れたくない。
「有栖、もう帰るの?」
「帰る予定ではありますね」
「そっか……」
入学前からどちらも忙しくて会えていなかったのだろう。有栖だけなく、どちらもしょんぼと悲しそうな顔をしていたので一つの対案をしてみる。
「もしよければ、近くのカフェにでも行きません?帰る予定でしたけど、時間はまだありますので」
「光星くん……いい案ですね」
「…お、有栖の奴隷にしてはいい考えね」
なんだろう、この人には思いやりの心というものが存在しないのだろうか。出会って数分も経っていないのに人の事を奴隷呼ばわりする人なんて初めて会った。
「あ、有栖やっぱ帰ろうか」
「あー、ごめん。えっと確か案内係君。軽い冗談だよ」
「誰が案内係君ですか、」
「二人とも仲良くなるの早いですね」
「仲良くない!」
二人同時に否定したが、有栖は笑っていた。どんな事を考えているのかは分からないけど、有栖が笑ってくれているのならそれで良い。
そんな視線で有栖を眺めた。
「ねぇ、案内係君。なんて言うの?」
「何がです?」
「いや、名前」
「宮地光星ですけど……」
さっきまでの勢いがなくなり、優しい雰囲気に変わっていた。こっちの方が居心地が良く、包容力まで目に見えて来た。
「そっか光星ね、覚えとくよ。私の事は花音でいいよ。有栖の事、大事にしてるって分かったし」
「……花音さん、その事を確認するために俺にわざと変な接し方をしていたんですか?」
有栖のためを思ってキツイ当たりをしていたのなら、優しい人という認識に変わったのだが
「いや違うけど」
その言葉を聞いて、有栖好きの失礼な人という認識を頭の中で行った。
「さぁ二人とも行きましょう」
有栖がそう言い俺と花音さんの腕を引っ張りながら前に進みだした。
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