第19話 図書館で勉強
「人全然いないな」
「そうですね。たくさんの人で埋まってると思ってましたけど、席結構空いてますね」
図書館の中に入り周りを見渡すと人はあまり来ていなかった。土日だからもっと人がたくさん来ているものだと思っていたが、そうでもなかったみたいだ。
今の時刻がちょうどお昼の時間だから人が増えるのは今からなのかもしれない。
「分からないところはすぐに聞いてくださいね」
「頼りになるな」
「家事は全般出来ないですけど、勉強は出来ますから」
適当な席に座り勉強道具を出していると、有栖は胸を張って今日は私の出番ですとでも言いたげな顔をしている。
「家でも勉強してるのか?」
「私昔から勉強とかした事ないですけど、教科書読めば理解できるので昨晩一通り読んできました」
「全国の学生がこの時期に最も欲しくなる頭だな」
有栖は昨夜読んできたと言っていたが、次のテスト範囲の内容を一日で覚えて理解したのなら天才だ。
そういう俺も教科書を読めばある程度は理解できるので、分からない問題はせいぜい難しめの応用問題だけだろう。
「勉強なんて良い成績を取ったところで誰からも何も言われないですし意味ないです」
「……そんな事、、ないとは思うが」
最近は明るい表情も増えてきたが、また前のような寂しそうな表情が一瞬見えた。前にも感じたが、有栖には家庭環境でも複雑な問題があるのだろう。
これに関しては他人の俺が口を出していい問題ではない。
「苦手な範囲とかないのか?」
話題を変えるために切り出したが、単純に興味もあった。いくら理解できるとはいえ、苦手な教科の一つくらいあって欲しい。
「そうですね。国語の古典とかは出来るんですけど、現代文と呼ばれるものが苦手ではありますね」
「意外だな」
意外とは口にしたものの、教科書をよめば理解できるそうなので、理系科目は公式を覚えさえ問題ないのだろう。なので苦手な教科とすれば公式などがない英語と国語、その他の教科に絞られる。
「読む分には良いんですけど、問われると答えられないんですよね。その答え方は教科書には記載されてないから理解できないですし」
「なるほどな。けど結構問題の本文中に書いてあったりするぞ?」
「え、本文にですか?本当ですか?」
小中と授業はほとんど受けず、教科書しか読まずにテストを受けていたから分からなかったのだろう。テスト訂正なんかもしていないだろうから気づかないのも当然だ。
「現代文とかは、教科書の文章読むだけじゃ分からないところもあるかもな」
教科書に載っている文章を読んでも教科書には問題提起なんてものは載っていないので、やっている事はただの読書と変わらない。
現代文は文章と問題があって初めて解く事が出来るので、これまで教科書しか読んでいない有栖が苦手というのも頷けた。
「例えば、この問題があるだろう?」
持ってきていた国語のワークブックを開いて有栖に見せる。有栖は肩が当たりそうなくらいの距離まで近寄ってきて、ワークブックを覗き込んだ。
シャンプーなのか分からないが、いつもとは違う甘さの匂いがほんのりと鼻を掠める。
「えっと、本文中の棒線部が指すものを答えよって書いてあります」
「実はここの部分はこの棒線部の前後に書いてあるんだ」
問題を読み上げた後、本文に書いてある棒線部を指でなぞりながら説明をする。
「そうなのですか?」
「ほら、ここの問題の答えと俺が指差してるところの答えを見てみろ」
ワークブックのページ数を見ながら、ペラペラと解答を開く。
「本当だ!合ってます!」
「棒線部の前後を見ると前の方と後ろの方では全然書かれてる事が違うだろ?」
「そうですね。明らかに前の方に書いてあるやつが答えって分かります」
良い説明が出来たとは思っていないが、彼女が理解してくれたのならひとまず安心できた。
「こういう解き方もあるんだ」
「教えてくれてありがとうございます」
喜んでくれたので良かったが、勉強面で完璧に近い人にさらに磨きをかけてしまった。俺が一人で嬉しいような悔しいような気持ちを抱いていると、有栖は隣でまたムスッとしていた。
(リスみたい……)
頬を膨らましていたので、素直にそう思ってしまった。
「また俺は何かしました?」
勉強を教えただけなのだが、有栖にはそれが引っかかったのだろう。思っている事を口に出そうか出さないかを迷っているのが見て分かった。
結局口に出す事を選んだらしい。
「今日は私が教える日なのに、私が教えられてどうするんですか!」
「それは俺に怒ってんのか、自分に怒っているのかが分からない」
「んっ、そもそも怒ってないです!」
今日は語尾がなんだか強いのでいつもと印象が違って見える。
(拗ねてて可愛いなぁ……)
もう光星の目には子供が拗ねているようにしか見えていなかった。光星は五歳児を
「まだ始まったばかりだし、教える機会はたくさんあるぞ」
「教える気満々で今日ここに来たのに、始まってすぐに私が教えられるとは……なんだか屈辱です。」
「俺は有栖に聞こうと思ってる事があるんだけど……」
拗ねていた顔は一気に明るくなる。有栖は正直かなりチョロいのかもしれない。もちろん有栖に嘘をついてはいないが、機嫌を取り戻すのが早い。すでにやる気満々の表情でこちらを見ていた。
「そこまで言うなら教えてあげないこともないです」
「…ツンデレなのか?」
「もう帰りますか?」
「すみません調子乗りました」
冗談っぽく言ったものの、俺から見てても完全にツンデレと言えるくらいに言動と表情が一致していなかったが、有栖はただ照れ隠しでああいう言い方をしたのだろう。
「さぁ、分からない問題を早く出してください」
その言葉とともに、有栖による鬼指導が始まった。
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