第16話 掃除にハプニングは付き物

『着きましたよ』

「今朝ここで会ったから知ってる」



自分の家を出てから考え事や家族の話をしていたらすぐに有栖の家に着いた。


実はその道中に着替えを取りに一度家に戻っていたので、普通に行くよりも少し時間が掛かった。



「見られたくないものとかは隠したか?」



俺は彼女のプライバシーなども考慮し、念のために確認する。



『そのつもりではあります』

「本当に大丈夫なのか、」



エントランスに向かいながら心配をする。これで床に下着等が落ちていても俺のせいではない。どこまで散らかっているのかは想像が出来ないが、少し整理すればすぐに綺麗になると思っていた。


その考えで掃除を手伝った事を後に後悔する羽目になる。




『あの、やっぱり念のためにもう一度確認してきてもいいですか?』

「そうしてくれ」



エントランスで俺が確認をしたから心配になったのかもしれない。変なハプニングを起こして気まずくなるくらいなら、何度でも確認してから掃除した方がこちらとしても気が楽だ。


スマホゲームのログインボーナスを受け取り忘れていたのでスマホをいじっていると有栖が家のドアを開いた。時間的には4、5分くらいだっただろう。




『どうぞお入りください』

「お邪魔します」



昼食時の有栖の気持ちを理解する。俺も異性の家に入るの経験はない。なので初めて異性の家に入るというのはかなり緊張する。中に入ると何の匂いかは分からないが甘い良い匂いがする。


それは時折有栖から感じたものと同じ匂いだった。そんな事もあり、中に入った途端俺の体はガチガチに固まる。彼女はそんな俺を見て悪戯な笑みを浮かべた。




『昼は私に"心配や緊張はしなくていい"と心遣いしてくれましたが、光星くん、もしかして緊張されてます?』

「そ、そんなわけなかろうが!」

『いつもと口調が違いますよ』



いつもの口調を忘れてしまう程に緊張してしまう。スゥーっと大きく深呼吸をする。そこでようやく緊張が和らいできた。


有栖はモジモジと何かを言いたげな表情で俺を見上げていた。




「どうした」

『あの、招いておいてあれなんですけど……着替えてきてもいいですか?』

「……ん?」



着替えるというのは部屋着に着替えるということなのだろうか。冷静さを取り戻した俺は、有栖の今の格好を見てピンと来た。これから掃除をするのに今の有栖の格好(ロングスカート)ではやりにくいから着替えるのだろう。


それなら納得が行く。納得がいかなくても有栖のやりたいようにやらせるつもりではあった。




「俺はどこで待っとけばいいんだ?」

『そこを真っ直ぐ行けばリビングがあるので、ソファに腰掛けてお待ちください』



真っ直ぐリビングに進む。そのリビングの有様に目を疑った。服は滅茶苦茶に散乱し、台所には弁当やカップ麺のゴミが置いてあり、空のペットボトルも床に転がり落ちている。



(ここまでとは……)



予想を上回る散らかり具合に言葉を失う。確かにこれは一日かけないと終わらないレベルだ。ここまで生活能力がないとは思わなかった。


こんな部屋なのにいい匂いがするのは柔軟剤だろうか。服などは散らかりまくっているのにやはり良い匂いが立っている俺の鼻まで届く。


失礼だとは思いながらもゴミ箱の中を覗く。捨て方はまだしもゴミはきちんと処理しているようだった。




「何だこれ」



辺りを散策した後、言われた通りにソファに腰掛ける。クッションの下に何かが埋まっていたので取り出してみると、そこには本来あるはずのない整理されたはずのブラが出てきた。




「白、、か」



真っ白で清楚な有栖に似合いそうな柄と色だった。さらに持ち方が悪かったのか、サイズ表記まで目に入る。



「……で、でかい」



以前から思っていたがやはり高校生にしてはサイズが大きかった。感想を述べている場合ではなかったが、今回に関してはあちらの不注意なので対処の仕様がない。とりあえず元あったクッションの下に戻しておく。


有栖が着替え終わってからそれとなくバレないように伝えるしかない。かなりの難易度のミッションに直面してしまった。




『さて光星くん、掃除しましょうか』

「…花のJKがジャージですか?」

『ジャージは楽ですし、最強です』



着替え終わった有栖がリビングに来た。掃除するための服装に着替えると思っていたので、せいぜい汚れてもいいTシャツに長ズボンか短パンだと思っていたが、まさかのジャージだった。


しかし流石は美少女というべきなのか、ジャージすらも着こなしていた。可愛い服を着るから美少女に見えるのではない、どんな服を着ても可愛いから本当の美少女なのだと悟る。


勿論可愛い服を着たらもっと可愛いのだろう。


有栖が来ているジャージは普通のよりもお洒落なジャージだった。色や柄という面ではJKなりに気を遣っているのかもしれない。




「有栖さん、ここまで酷いとは。よく生活できたな」

『これから見直す予定です』

「それならいいんだけど」



妙に強気なのはきちんと決心したからだろう。とは言っても最初はほとんどの人が失敗するので、出来るようになるまでは光星がそばで見ておくべきだろう。



「とりあえず、この散乱している服は洗濯するぞ?」

『はい。お願いします』

「この量じゃ2回に分けないといけなくなりそうだな」



中には洗ったばかりのものもあるだろうが、量が多いので服から分けていたら今日中に掃除は終わらない。その辺に放置したままだったのでホコリ等が付いている服もあるだろうし、一度全部洗濯した方が効率が良い。


次は弁当やカップ麺のゴミ、ペットボトルやその他のゴミだ。これに関してはきちんと分別して捨てなければならない。


それは有栖も知ってはいたようで、手にはゴミ袋を数枚持っていた。



「このゴミは俺が分別するから、そこに落ちてる雑誌とかを集めて、捨てるものと残すものに分けてくれ」

『了解です』



雑誌を集める趣味は光星にはないので分からないが、中には残しておきたいものもあるはずだ。それを判断できるのは購入した本人だけなので、雑誌類は有栖に任せた。


表紙を一瞬見てみたが、歌手や新曲などについて書かれている雑誌が多かった。




「洗濯するが、洗剤や柔軟剤は勝手に使っていいか?」

『勿論です。脱衣所に入って洗面台のすぐ横に置いてあると思いますので』



脱衣所から持ってきておいた洗濯カゴに服を入れ込む。有栖は男性である俺に服を触られる事に何も感じていないようだったが、俺は少し恥ずかしかった。


やる事が多いので急いで洗濯をしなければならない。時刻は正午を過ぎているので若干焦りながらも脱衣所に向かおうとした。




「うわっ」



ズルッと床に置いてあった雑誌を踏んでしまい転がりそうになる。有栖が分けていた雑誌を気づかずに踏んでしまったようだ。


身体が後ろに傾く。それをなんとか持ち堪えたのは良かったものの、体制を持ち直そうとしたから今度は前に重心が行く。今度は持ち堪える事が出来ずにフラフラしながら倒れた。




「いってぇ」

『…あ、あの』



前屈みで両手を床につけたのはいいものの、俺の下に有栖がいた。転倒した時に巻き込んでしまったらしい。顔がいつもより至近距離にある。長い睫毛に綺麗な瞳、プルプルと柔らかそうな唇が俺の目に映る。




「大変申し訳ございません」



すぐさま土下座をして謝る。あの時体制を持ち直そうとせずに倒れていれば良かったと後悔する。有栖は下を向いたまま顔を合わせてくれない。


綺麗なロングヘアーの髪が顔を隠す。その隙間から少しだけ見えた顔は、これまだ見た中で一番赤くなっていた。耳まで赤く染まっていたので、それはまるで林檎のようだった。


俺自身も触らなくとも顔が熱くなっているのを感じる。部屋に効いた暖房が暑く感じる程体温が上がっていた。



『元は散らした私が悪いですし』

「俺が急いで掃除に取り掛かかろうとして、視界が狭くなっていたのが悪い」

『今回ばかりは私が悪いですよ』



泣きそうな声で言われると、どちらかが悪いとか関係なく心が痛む。有栖の安全確認してはいたが、自分の安全確認が出来ていなかった。結果がこれなので悪いのは俺だろう。




「人には得意不得意があるし、俺がちゃんと周りを見てなかったのが悪いんだ」

『……そこまで言うのならそうなのかもしれないですけど』



彼女はまだ気に病んでいた様子だった。男性と女性では感じ方が違うのかも知れない。彼女がそこまで気を病む理由は何だろう。




「嫌だったよな、俺なんかがあんな近づいたら」



彼女が気を病む理由はこれしかない。好きでもない男とあんなに接近したら、誰だって嫌悪感を抱く。




『そ、それはないです』

「じゃあどうしたんだ?」



有栖は立ち上がりソファに腰掛ける。近くにあったクッションを膝の上に取り寄せて顔を沈める。


クッションを取り上げた時に白のブラが隠れる事なく露出されたが、今その事について触れると有栖がショートしてしまうかもしれないので、見て見ぬフリをする。


クッションに顔を沈めた後、無音が続いたがようやく口を開いてくれた。




『……ただ、その、、ドキドキしたというか、』



気に病んでいたのではなくて、ドキドキしていたらしい。その事が光星の思考をストップさせる。どうやら有栖は照れるとクッションに顔を沈める癖があるらしい



(駄目だ。可愛すぎる)



まともな思考が出来なくなり、その事ばかりが頭に浮かんでくる。どうする事も出来ずにただ時だけが流れる。




「……あ、あ、有栖」

『……何ですか?』



何も話すべきかも分からずに取り敢えず名前を呼ぶ。



「…かわ、じゃなくて……そろそろ、作業に戻らないか?」



最初に本音が出そうになったのは、それまでその事ばかりを考えていたからだろう。


全神経を使って、やっと答えが出てきた。気まずい空気を直すには元々やっていた作業に戻るのが手っ取り早いだろう。




『そ、そうですよね』

「時間もないしな」



少しずついつものペースを取り戻してきたが、まだしばらくは動けそうになかった。有栖もまだ動きそうな気配がなかった。




「暑いな、暖房の温度下げていいか?」

『むしろ切ってほしいです』



まだ春なので切ると寒くなりそうなので、温度を下げる。服を触ってみると汗でびしょびしょだった。一度服を取りに戻った事は間違っていなかったようだ。


有栖は帰ってきてから着替えたばかりだが、もう一度着替えるようだった。


俺も有栖も新しい服に着替えたので、結局30分くらいかけて、ようやく掃除を再開する事が出来た。




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