第15話 光星の家で食べる昼食

『あ、この前話した本も置いてありますね』



本棚を眺めていたので、その本に気づいたらしい。




「当たり前だろ、何度も読んだ」

『私も何度も読みました。……私がこの本を何度も読んだのは、自分と置かれた立場が似てたからなんです』




丁寧に理由まで説明してくれた。


確かに似ているのかもしれない。この本は有名で人気な俳優が病気で倒れて色んな人に迷惑をかける。そこから始まる物語なので、似たような立場を経験した有栖には感じるところがあったのかもしれない。




「そうすると、有栖は俺の事が好きなのか?」



病気にかかり、たくさんの迷惑をかけたことから塞ぎ込んでいた主人公に救いの手を差し伸べた女性がいた。その女性のおかげで再び立ち直る事が出来たのだ。それをきっかけに主人公はその女性に好意を抱くが告白はしなかった。


それがお互いの夢のためだったから。


有栖は俺の事を救世主と呼んでくれたので、この本の展開からすると有栖は俺に好意を抱いているだろうか。本当に全部この本の通りに進むと俺と有栖は付き合う事は出来ないけど。


なので一応聞いてみたのだ。



『馬鹿なんですか?』

「ですよね。知ってました」



現実はそう簡単には進まないらしい。それを実感させられる。その一方でこの本の通りに進まない事が逆に嬉しく感じる部分もあった。




『まったくもう!』



ふんっ!という効果音が似合いそうな行動を取る。有栖は動作一つ一つが可愛い。




『……ただ、嫌いではないです』



小さく消えそうな声でそう呟く。




「今なんて言った?」

『何も言ってないですし、何でもないです!』

「そうか」



聞こえていたが、わざと聞こえていないフリをした。有栖はベットに置いてあるクッションに顔を沈めて悶えていた。俺自身も顔に熱を持っていた。




「どうしたんだ?」

『何でもないですので、気になさらずに』

「気にするなって言われてもな」



クッションに埋めた顔を起こす様子はまだなかった。


(写真に残したい)


今撮っても気づかないだろうけど、勝手に撮ったら怒られるかな、そんな葛藤をしながらもスマホは手に握っていた。


(よし撮ろう!)


そう決心した時には遅かった。




『ご飯出来たわよ〜』



ようやくクッションに埋めていた顔を起こす。折角のチャンスを失った。




『どうかされました?それとも私の顔に何かついてます?』

「何でもない、飯食べるか」

『そうさせてもらいます』



つい眺めてしまった事を何とか誤魔化しつつも、ダイニングテーブルのあるところに向かう。机の上にはすでに準備が済ませてあった。




『すみません、もう少し早く降りて準備くらい手伝うべきでした』

『今日はお客さんなんだし、気にしなくていいのよ』

『おにぃのお客なのに、すごく礼儀正しいですね』

「何故そこで俺を馬鹿にする」



妹に小馬鹿にされたのは気に食わないが、お腹が空いたので早く食べたい。そう思ったのは俺だけじゃなかったようだ。



『じゃあ食べましょうか』

『いただます』



うどんを口に運ぶ。出来立てだからかまだ熱かったが、出汁が効いていてとても美味しかった。噛めば噛むほど味が滲み出る。鶏肉にもしっかりと味が染みていて口の中に旨みが広がる。




「うまいな」

『美味しいです』



有栖の口にもあっていたようだ。



「俺が作ったわけじゃないけど、口にあったなら良かったよ」

『有栖さん、こんなこと言ってますけどおにぃも料理うまいですよ』

『そうなんですか?』



何か引っかかったのか、妹は顔をしかめる。



『有栖さん、私年下ですし敬語いらないですよ』

『えーえっと、分かりまし…分か、、た』

「真理、無理に強要するな」

『そう言うなら敬語でもいいですけど』



同性の年上の人に敬語を使われるのは釈然としないのだろう。



『有栖ちゃん、さっきの話の続きを聞いてもいいかしら?』



話題を変えるように突然母が切り出した。




『さっきの事とはなんでしょうか?』

『明日、何かするんでしょう?』



ブワッと沸騰したかのように有栖の顔に熱が昇っていった。




『あらぁ〜可愛い反応するわね』

『…深い意味はないです。言葉通りの意味です』

『勉強は分かるけど、有栖ちゃんの家で料理するんでしょう?』



完全に声色が楽しんでいた。有栖はそんな事に気づく事なく一生懸命に答えを探していた。




『それはそうですけど、料理を教えてもらうだけですし…』

『光星が暴走したらどうするの?』



実の息子の前で普通そんな話をするのだろうか。妹はまたも苦笑していた。




『光星くんはそんな事しないはずです』

『まだ出会って一週間なのに凄い信用してるのね』

『それはそうです』



即答してくれた事は嬉しかったが、何か複雑な気持ちになる。




『おにぃ、あれは恋愛感情ではないね』

「本当か?」



小声で耳打ちされながら妹に言われる。俺の気にしている事をズバリと当ててくる。




「ショックだ」

『いや、それよりもっと…』



気になる最後をいい終わる事なく、母から話かけられる。



『光星、有栖ちゃんには優しくしなさいよ』

「最初からそのつもりだ」



一目惚れした相手だし優しくするのは当たり前だ。

最近では、一目惚れではなく有栖の性格にもちゃんと惹かれている。


顔も声も性格も可愛いので、全部を要素を好きになってしまったのだが、こんな事を口に出して言えるはずもない。




『光星君の事は信用してますから大丈夫です』

『警戒はしておかなきゃダメよ』

「母さんはさっきから、自分の息子を何だと思ってるんだよ」



出会って一週間の人には信用されているのに、もう十数年一緒に暮らしている人にここまで信用されていないのは驚くべき事だろう。


本当は信用していないんじゃなくて、母という立場だから念のために忠告しているのだろうが、当の本人は行動に移すつもりはなかった。




『ごちそう様でした』

「美味かったな」

『そうですね、とっても美味しかったです』



食べ終わった有栖の顔を母はじっと眺める。




『あの、どうかされました?』

『またいつでも食べに来ていいわよ』

『私はお言葉に甘えてもいいんでしょうか?』



有栖は何故か俺に聞いてきた。また来ても迷惑じゃないかを俺に確認しているのだろう。



「また来たかったら来ればいいんじゃないか?」

『ではまた都合があった時にお邪魔させていただきます』

『有栖さん、また来てくださいね』



妹は今回は特に話す事が出来なかったから、今度はもっと話してみたいのかもしれない。


女同士で話してみたいこともあるのだろし、俺自身もまた来て欲しかったので、二人から誘ってくれるのはありがたい。




『お昼をもらっておいて悪いのですけど、そろそろお暇させてもらいますね』

『最後まで礼儀正しいわね。またいらっしゃいね』

『そうさせてもらいます。じゃあ行きますよ光星くん』

「そうだな」



イスから立ち上がり、食器を台所まで持っていく。その後玄関まで二人で行った。後ろから何やら視線を感じるのは気のせいだろうか。勿論気のせいのはずがなかった。




『…おにぃどっか行くの?』

『光星が女の子と二人でお出かけするのかしら、』



どちらもニヤニヤしながら俺を揶揄からかうかのように質問をしてくる。



「あながちお出かけで間違いではないが、今回は有栖の家の掃除を手伝うだけだ」

『……………』



無言の圧力を感じる。有栖もそれを感じたようで困ったような表情をしていた。




『おにぃ本当に言ってるの?』

「別に明日も同じような事するし、変じゃないだろ」

『真理、言いたい事は分かるけど』



この二人は何を言いたいのだろう。



「じゃあ行ってくる」

『二人とも気をつけなさいね』



家から出てもあの二人の考えが分からないので、ネットで調べてみる事にした。揶揄う表情から明らかに様子が変わったのは掃除に行くと伝えた時だ。


"女友達の家 掃除"で検索してみる。目立ったものは見つからなかった。"女友達の家 昼飯の後"これで検索しても特に見つからなかった。


何があの二人を驚かせたのか全く思い浮かばない。俺が考えてる中、有栖は気にした様子もなかった。




『今日は昼食のお誘いありがとうございます。この後は掃除のお手伝いもしてもらって、迷惑をおかけしますね』

「俺も明日勉強教えてもらうしチャラだ」



有栖からしてみれば昼食もご馳走になり、掃除もしてもらって料理も教えてもらう。これらの事は迷惑をかけていると思っているのかもしれないが、俺にとっては全部ご褒美だ。


先程はチャラとは言ったが実は俺の方が徳をしている。これを口に出すとまた変な誤解を生んでしまいそうなので、心の中にしまっておく。



『この後も私の家に来てもらって、明日も私の家に来てもらう。光星くんは二日連続私の家に来てますね』

「それだ」

『…………?』



柔らかな笑みから困惑に変わる表情を目の当たりにしながらも、またネットで検索をする。"女友達の家 二日連続"その検索をした後に、あの二人が何を考えていたかを理解した。


ホイッっとスマホの画面を有栖の顔の前に突き出す。スマホをどかした時には、彼女の顔は茹たったように赤くそまる。今日は有栖の顔はよく染まる日だ。




『皆んなが皆んなそうしてる訳じゃないですし、それはあくまで調査結果ですし』

「さっきも確認した通り俺たちにそんな考えはないしな」



異性の家に二日連続で行くというのは、そういう行為をする人達が多いらしい。




『そんな不純な事をする意味が分からないです』

「有栖にも好きな人が出来たらいつか分かるんじゃないか?」

『多分私は好きな人が出来てもそんな気持ちにはならないです』



言い切ったが、有栖がそういう事を好き好んでするようにも見えないので、この話はここで終わった。


色々な考えを頭に浮かべながらもそのまま有栖の家に向かった。

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