第14話 昼食前

「材料はこんなもんかな」



母に言われた通りの材料を一通りカゴに入れる。有栖が来るので、その他にジュースやお菓子などもカゴに入れる。


あまり長い時間買い物をしていると今度は有栖が外で待たないと行けなくなるかも知れないので、早めに買い物を終わらせる。


俺が外で待つのはいいが、女の人を待たせるというのは良くないだろう。準備もゆっくりでいいと伝えてあるので、俺が有栖を外で待つことにする。


お会計を済ませて店を出た。お会計を済ませた後、彼女の住むマンションまで向かう。その日はまだ春ながらも、日照りが良かったため暑かった。




「そろそろかな」



俺がそう呟いたところで、マンションから有栖が出てきた。出てきた彼女はまるで天使のようだった。

有栖はロングスカートを履き、クルーネックシャツの上にジャケットを着るという格好だったが、とてもよく似合っていた。


いつもの制服もとても似合っていたが、私服という普段は見れない服装の破壊力に目のやり場を失う。




「……お待たせしました」

「その、似合ってると思う」

『光星くんも似合ってますよ』



彼女は少し頬を赤くしながらモジモジとしていた。その仕草があまりに可愛いので目を逸らす。直視しているとその後緊張して話せなくなりそうだった。


そのくらいに似合っていたし、可愛いかった。




「……………」

『……………』



謎の沈黙が始まったので、そろそろ俺の家まで移動を開始する。




「じゃあ行くか」

『そうですね。お願いします』



有栖の家から俺の家はさほど距離が遠くないため、4、5分歩けば到着する。そう考えるとかなり近いのかも知れない。




『本当にお邪魔していいんですよね?』



彼女は今になって心配になってきたのか、俺にそう問いかけた。大丈夫かな、という不安が顔に現れていた。




「さっき電話したし、そんなに心配しなくてもいいぞ」

『心配なんてしてないです』



あの表情で心配してないなんて事はないだろうが、有栖なりの誤魔化し方なのかも知れない。




『光星くんは、人の心が読めるんですか?』

「まるで、俺に読まれた事があるという言い方だな」

『そうですね。なので単純に疑問です』



彼女の顔を見てみると、本当に疑問を抱いていたらしく、子供のような純粋な瞳を俺に向けていた。




「有栖の心情は顔に出やすいから、顔を見とけば大体分かる」

『むっ、うぅ…』



どうやら有栖の考えていた答えと俺の答えが違っていたようで、不意をつかれたようだった。




『光星くんってたまに意地悪ですね。学校での様子が嘘みたいです』

「有栖がそれを言うのか」

「うっ、」



学校と今とで一番性格が違うのは有栖だろうが、多少は俺も違うらしい。自分では分からないが、有栖がそう言っているのでそうなのだろう。


話がちょうど終わった時に、俺の家に着いた。




「有栖着いたよ」

『ここが、光星くんのお家…』

「有栖、緊張しなくても全然平気だぞ」

『……心配も緊張もしてませんから』



やはり図星なのか、有栖はいじけたような言い方をしていた。



(子供みたいで可愛いなぁ)



つい本心が口から出てきそうになった。どうやら俺は子供みたいで可愛いと思ったらしい。自分でもなんなのかよく分からない気持ちになる。




「じゃあ、気を取り直して入るか」

『お願いします』



有栖は今から試合が始まるかのような心構えをしていた。




「ただいまー」

『お、お邪魔します』

『おにぃ達お帰りー』

『あらぁ、お帰り。光星お使い頼んじゃってごめんねぇ』



チラッと有栖の方を見てみると、キョロキョロして辺りを見渡していた。母はなんだかニヤニヤしている。




「別にいいけど」

『お嬢さん、お名前は何て言うの?』

『黒崎有栖です。お母様の方は?』

『あら有栖ちゃん、もうお母様と呼んでくれるのね!』

『えっと、その……』



有栖は明らかに困惑していた。妹もそれに気づいたようで苦笑していた。母のファンタスティックワールドが展開し始める。




『ママがごめんなさい。私は真理って言います。よろしくお願いします』

『私は宮地文子ふみこよ。よろしくね、有栖ちゃん』

『よろしくお願いします』



深々と頭を下げる有栖。普通友人の親に挨拶するだけでここまで頭を下げて挨拶をする人なんて滅多にいないだろう。


一方で母の方は、今にも抱きついてしまいそうなくらいに、目がキラキラしていた。俺が気づいて制止に入ろうとした時にはもう遅かった。




『有栖ちゃん可愛いわねぇ、まさか光星がこんなお人形さんみたいな子を連れてくるとは思わなかったわ』

『え、あのお母様?』

『本当にもうお母様と呼んでくれるのね』

「母さん……」



母は有栖の肩をぎゅっと握っていた。有栖は完全に母のペースに飲まれていた。俺にはどうする事も出来ないので妹に助け舟を求めた。




「真理、母さんを何とかしてくれ」

『もう少し見てようよ』



妹は、母と有栖のやり取りをもう少し見てみたいらしい。




『有栖ちゃん、光星とはどんな関係なの?』

『一応、友達をさせてもらってます』

『本当にただの友達なの?』

『も、もちろんです!明日だって一緒に勉強した後に、私の家で料理を教えてもらいますし……あ、』



有栖が気づいた時にはもう遅かった。母の興奮度はマックスになっていた。



『光星もやるのねぇ。有栖ちゃん、光星は優しいし料理も出来るから結構優良物件よ』

『優しいのは存じてますよ』

『ただなんて言うのかしら、自分に自信がないみたいなのよ。顔立ちもそこまで悪いわけじゃないのに』



母は何でもかんでも有栖に話す。有栖は母に気に入られたようだった。




『大切なのは顔より心です。私は顔で人付き合いを選びません』

「有栖さん、それ客観的的に聞いてると俺は顔が悪いって言ってるようなものですよ」

『そんな事を言ったつもりはないですから、ただ優先順位の話です』



有栖が急に真面目に話したのは、それほどまでに彼女が中身を重視しているという事だろう。


中身で彼女に認められた。その事は光星の中でかなり嬉しい事だった。



『まぁお二人さんは、部屋で話してらっしゃい。私と真理はご飯を作ることにするわ』

『私も手伝います』

『今は客人なんだから、そんな事しなくていいのよ』



有栖は渋々納得したようだった。俺は買ってきた食材を母に渡した。中からジュースとお菓子を取り出して、有栖と部屋に向かう。


ここの家は普通の一軒家よりも大きいので、俺の部屋も広めだった。大して物欲もない光星の部屋にはベットと勉強机と本棚くらいしかないので、部屋が広い分余計寂しく感じる。


俺は勉強机の椅子に座り、有栖はベットの上に座ったようだった。



「有栖、さっき手伝うって言ってたけど、手伝い出来るの?」

『出来ないですけど、気持ちはありました』



手伝いが出来ないのに、自ら手伝いをやろうとしていた事に驚いた。そして有栖がクスッと小さく笑みをこぼした後に語り始めた。




『良いお母様ですね。妹さんはなんだか賢そうでした』

「母さんは、うるさいだけだぞ。真理は確かには賢いけど」

『お母様も緊張していた私を元気づけるために、わざとテンションを上げてくれたんでしょう』



確かに普段はあそこまでテンションは高くないが、元々テンションは高い方だし、突発的な行動をよくする。今回は俺の来客が女の人で、しかも美少女という事にいつもよりテンションが上がったのだろう。




「やっぱり緊張してたのか」

『…当たり前です。友達の家に行くって事自体が初めてですし、さらに男の人の家なんて緊張します』

「誘ったの迷惑だったか?」

『いえ、最初は緊張してましたけど、今は楽しいです』



母のおかげで楽しいと思ってくれたのなら、母には礼を言わないといけない。




「俺としては今の方が緊張している」

『何でですか?』

「自室に美少女と2人きりだぞ。誰でも緊張するだろ」



美少女と言われた事が恥ずかしかったのか、頬が少しずつ赤くなってくる。そして俺の方に向けていた視線を下の方に向けて言葉を発した。




『よく考えれば、男の人の部屋に2人きりなんですね』



有栖ははにかみながらそう言った後、俺の部屋を見渡す。そして笑った。



『光星くんの部屋は本しかないですね。やっぱり緊張しないです』

「もう少し警戒してくれよ」

『下にご家族がいるのに、光星くんは変な事しないですよね。いなくてもしないでしょうけど』



見透かしたように言う。実際事実だし、そんな事をするつもりもないけど、男として見られていないような気がする。





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