第13話 前日

時刻は経ち土曜日になった。明日はいよいよ有栖との勉強会があり、その後は料理を教えることになっている。そう思うと口角が上がってしょうがない。昨日の学校では、昼食を一緒に食べたこと以外は特に何もなかった。


昼食の時も大した話はせず、世間話程度の事しか話ていない。



(勉強会と料理を教えるときは、もう少しマシな会話が出来るよな)



少し心配にはなったが、その場の流れでいけるだろう。そんな心配をしながら俺は家を出た。母から昼食に必要な材料が足りないからと買い出しに行かされたのだ。


スーパーは家から近くにあるので自分で行って欲しかったが作ってもらっている立場だし、母は他にも何かする事があるらしいので俺に逆らう事は出来なかった。


足早と歩いてスーパーに向かう。今日の昼食は"とりたまあんかけうどん"らしい。そして俺が買うのはうどんと味醂と鶏もも肉。他の材料は家にあるらしいのでそれに拘らずとも他の料理に変更して欲しいが、どうしても"とりたまあんかけうどん"を食べたいらしい。


そんなに食べたいというからどんなものかと画像を見せてもらったが、確かに食欲をそそられ、つい食べたくなるような見た目だった。




「そろそろだな」



残り僅かという距離のところまで来たところで見慣れた姿を見かける。その人はマンションから出てきているようだった。たくさんのゴミを押し込んだ大きな袋を二つ引っ張りながら近くのゴミ捨て場に運んでいた。




『重い……掃除というものはどうしてこんなに大変なのでしょうか』

「有栖何してるの?」

『あ、ゴミ捨てをですねって光星くん!?』

「おはよう、もうこんにちはかな?」

『お、おはようございます』



時刻は11時前だったので挨拶はもう"こんにちは"の時間帯だろう。しかし、有栖とはよく色々な場所会う。自分でも嬉しいのだが怖いくらいに会うので言葉に表現できないような気持ちになる。




「それ何」

『え、ゴミですけど』

「カップ麺とか弁当のゴミとかがめっちゃ目に映っているんだが?」

『それはそうでしょう。私が食べているんですから』



有栖は何故か胸を張って堂々と不健康な食生活だという事を暴露した。どうやら有栖の主な食事はカップ麺やスーパーとかコンビニなどの弁当だそうだ。そんな不健康な食生活をしていたらいつか病気になる。


彼女はそれに気づいて明日俺に料理を教えてもらうのかもしれない。だが気になる問題はまだあった。




「そのゴミの捨て方は何」

『食べ終わったものをそのままポイッと』

「きちんと洗って乾かした?」

『洗ってますよ!……何個かは、その、、、あれですけども』



見てみれば半分以上は綺麗に片付いているものの、残りのゴミは酷い有様だった。




「有栖、本当に女か?」

『女ですよ!!ただ、今までこういう経験がなかったので』

「そうかもしれないが」



有栖は小さい頃からずっと歌に取り組んでいたので、こういう家事などには一切手をつけていなかったのかもしれない。




「言い方が悪いが、その様子だと部屋も汚いんじゃないのか?」

『…えぇそうですよ』



有栖はむしろ開き直っていた。




「明日は料理教える前に掃除になりそうだな」

『そうですよね。もう本当のことを言います。本当は今日用事ありません』

「え?」



突然の告白に俺は驚く。何を言ったのか理解出来ていなかったが、有栖は続けた。




『まず、誰かに料理を教えてもらおうと思ったんですけど、料理教室とかは行ったら恥をかきそうですので、友達の光星くんに料理が出来るか聞いてみました』

「それとさっきの発言がどう関係があるんだ?」

『順を追って説明するので少し聞いていてください』



さっきの発言と俺に料理を教えてもらう事がどう関係するのか全く分からなかったが、有栖の言う通りに話を聞く。




『料理を教えてもらうには場所が必要になってくるんですよ。そうしたら教えてほしいと頼んだのは私なので、光星くんの家で教えてもらうというのは迷惑なので必然的に私の家しか選択肢がないわけですね』

「まぁそうだな」



ここだけの話、正直俺の家で教えてほしいと言えば俺の家で教える事は出来た。俺の両親はそういう事には理解してくれるだろうし、そもそもが優しいので拒否される理由が見つからない。




『なので、人を家に招くには綺麗な状態にしておいた方がいいわけです。けど今日勉強教えてもらったら掃除する時間がありません。なので勉強を明日にして、今日は掃除に一日を費やそうと思ったんです』

「なるほどな、けど料理は来週でも良かったんじゃないか?」

『最初はそう思ったんですけど、来週の土日の次の日からはテストがあるので迷惑をかけるかと思って』



今度の中間テストの範囲は中学までの範囲が半分、新しく習った範囲が半分となっている。勉強は嫌いだけど中学校までの範囲は一通り理解しているし、高校の範囲は勉強を少し怠っていてもある程度の点数は取れそうなので、光星的には特に心配はしていなかった。


有栖は俺が勉強を教えてほしいと頼んだから、テスト一週間前に料理を教えてほしいと頼むのを遠慮して、明日教えてほしいと頼んだのかもしれない。


俺は有栖ともっと近づくために誘っただけなのが、それが彼女を悩ませて、行動に移させたらしい。そうだとしたら原因は全て俺のせいだろう。




「俺で良ければ掃除手伝おうか?」

『いいんですか?』

「俺のせいでもあるし、見過ごせないからな」



原因は俺なので手伝おうとは思ったし、こんな状況の有栖を見過ごすのは少し危ないような気がした。




『いや、ダメです。甘やかさないでください』

「甘やかすつもりはない。やり方を教えるだけだ」

『………言葉選びが上手いのですね』



実際のところ有栖はこれまで経験がないそうだし、やり方を教えるというのはあながち間違っていないのかもしれない。




「ところで有栖、昼飯は何にするつもりだ?」

『ストックしてあるカップ麺を食べるつもりです』

「そうだと思ったよ」



掃除も料理も出来ないのに一人暮らしをするのには、彼女なりの理由があるのだろうが今は触れないで話を進める。




「今から買い出しに行くんだが、材料多めに買って、有栖も一緒に食べるか?」

『それは光星くんのご家族もご一緒ですか?』

「そうだな、何ならそのご家族の人が作るんだけど、やっぱりいきなり人の家で食べるのは嫌だよな」



有栖は少し考えていた。本来なら特に考える事の程でもないのだが、有栖の人生経験上で何か引っかかる事があったのだろう。


しばらく待っていると下を向いていた有栖の顔が上を向いた。




『ご迷惑でなければご一緒してもいいですか?』

「勿論だ」



一度は迷っていた有栖も今ではパァッと明るい表情に変わっていた。




「掃除は昼飯を食べ終わった後でいいか?」

『本当にありがとうございます』

「いや礼を言われる事じゃないよ、とりあえず今から買い出しに行ってくるから、その間に準備したり、部屋の貴重品とか見られたくないものとかを隠しておいてくれ」

『女性の準備を考えて行動出来る人は良いですよ』



父に小さい頃から言われていた

『女性には準備があるからしっかり待つのが大事だよ』

という言葉が今役に立った。父は相手の事をきちんと考えて行動と言動に移しているから、やはり尊敬できる。




「じゃあ、ゆっくりでいいから全部終わったら下で待っていてくれ」

『分かりました。気をつけて行ってくださいね』

「ありがとう。行ってくるよ」



そう言い有栖はマンションの中に入っていった。彼女の暮らすマンシャンは、一人暮らしをするには少し勿体無いくらいの大きさのマンションだった。ここら辺は駅にも近いし、スーパーも近くにあるので土地もいいので良い値がしそうだ。


やはり有栖はお金持ちのお嬢様なのかもしれない。特に光星が気にする事ではないけれど。



その後すぐに母に連絡をした。

「昼食に友人を誘ってもいいか?」

メッセージを送ったけど、すぐに答えが聞きたくなったので電話をかける。


『プープープー』


と携帯の着信音がなる。




『光星どうしたの?』

「忙しいところ申し訳ないのですが、昼食に友人を招待してもよろしいでしょうか?」

『もちろんいいわよ』

「いいんだ」



母はなんだか喜んでいた。とりあえず有栖と昼食を共にする事が出来る。昼食は一緒に食べているが、学校と家とでは異なる雰囲気もあるだろう。少し期待しながらも母との電話に戻る。



『光星の友達だものいいわよ。光星も友達を作るのが早いわね』

「色々あってな」

『気をつけて帰ってきなさいよ』

「分かった」


電話を終えたところでちょうどスーパーに着いた。そしてスーパーの中へ来た時よりもゆっくりとしたスピードで入店した。

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