第10話 クラス内での事
『二日連続遅刻とはいい度胸ですね。宮地くん、』
朝から有栖と二人で先生に怒らている。チャイムが鳴ってから急いで教室に戻るも先生はすでに手を腰に当てて待機していた。
『今回は荷物が教室にあったので8時前には学校に来ていたと特別に判断しましょう。次からは気をつけてくださいね』
「はい、気をつけます」
『黒崎さんもですよ』
『もちろんです。次からは気をつけます』
優しい先生のナイスな判断のおかげで二日連続遅刻は避ける事が出来たが、その後の問題はそこじゃなかった。
まだ入学したばかりなので断定は出来ないが、学校一ではなくとも、学年一の美少女であるだろう黒崎有栖と朝から二人で遅刻をしてくる。これがどういう意味か言うまでもない。
『黒崎さんと宮地くんって付き合ってるの?』
『朝から何してたの?』
『宮地くんもやるねぇ』
朝礼後、そんな声が教室中に飛び交う。ここでしっかりと認識を正したいのは俺と有栖は付き合っていないという事だ。彼女はすでに学校内で美少女と噂になっている事だろう。
それだけでも彼女からしたら迷惑なのに、俺と付き合っているかもという噂が広まったら、彼女への迷惑は半端なものではないだろう。
「俺と黒崎さんは付き合ってなんかないぞ」
『そうですよ、付き合ってないです』
有栖がムッとした表情をしたのは気になったが、すぐに俺と同じように有栖もその事を否定する。
実際付き合っていないというのは事実だけど、もし噂が広がるようだったら、折角縮まった有栖との距離がまた離れてしまう可能性がある。
彼女から友達の称号をもらったので、それだけは絶対に避けたい。
『最初はみんな付き合ってないって言うよ?』
「いやだから、本当に付き合ってないから」
『そうですよ、付き合ってないです』
有栖は機械のように同じ事を繰り返し発言していた。
『じゃあどっちかがどっちかを好きなんじゃない?』
「そんなんじゃないから」
『はぁ、そんなのものではありません』
有栖は呆れていた。一目惚れした身としては否定され続けるのは心にダメージがくるが、この場を乗り切るために仕方がない。
『朝から二人で遅刻するって、それ青春している人達のテンプレ展開だよ?』
『私と光星…宮地さんは朝早く来すぎて偶々屋上で会っただけです。それ以下でもそれ以上でもないです』
俺と有栖が否定し続けるので流石のクラスメイトも諦めたようだった。付き合っているわけでもないのにこの質問攻めを受けるのは、それほどまでに有栖が美人だからだろう。
『ま、宮地みたいな陰キャみたいなやつより良いやつはたくさんいるもんな』
「それはそうだな」
軽く笑って流したものの、一度も話した事のないクラスメイトに変な偏見を持たれているものだ。それも仕方ない事だった。
光星は身長こそそれなりに高いものの、前髪は眉を隠して目に掛からないくらいの長さだ。さらにマスクもつけているので陰気さがより増す。そしてテンションもそこまで高いわけではなく、コミュニケーション能力も低いので、クラスの人ともまだ誰とも仲良くない。
なので、世に言う陰キャラというキャラ付けを俺はクラスで受けていても納得がいく。そんなやつが美少女と一緒に何かをする。その状況を気に食わない人もクラスの中にも多くいるだろう。
『貴方は宮地さんと話した事があるのですか?』
予想もしてなかった人から、怒ったようなそんな声が聞こえて来る。
『え、いやないけど何』
『貴方は話した事もないのに、勝手にそんな偏見を持つんですか?』
『いや見たら分かるっていうか……』
さっきまで呆れた顔をしていた有栖は、今度は心底呆れたような、少し怒ったような表情に変わっていた。
『では、私も貴方と同じことをしますね。貴方は最低な方に見えるので、今後一切話しかけないでください』
『え、いや、え?』
そのクラスメイトは有栖から完全に嫌われていた。こんな対応を受けたので、今後有栖との接触はほとんどないだろう。
俺も初めて会った時、一歩言葉を間違っていればこの対応を受けていた。そう考えると恐ろしく感じる。
『なんで、黒崎さんが……』
『貴方は宮地さんに謝るべきです。そして私は貴方のような人が嫌いです』
トドメの一撃を食らった彼からは最初の勢いがなくなっていた。
『……宮地悪かった』
『だそうですよ、宮地さん』
「いや、そう思われるのは事実だから気にしてない」
彼は俺を睨んで何処かに消えて行った。こちらからしてみれば、勝手に地雷踏んで死にに行ったようにしか見えなかったが、彼は俺のせいだと言いたいんだろう。
「黒崎さんもごめん、俺のせいで損な役をする事になってしまって」
『私はあんな見た目だけで判断するような人嫌いですので、どう思われても構いません』
きっぱりとそういう彼女は屋上で見た可愛い有栖ではなく、クールな有栖に戻っていた。
『あのさ黒崎さん』
『どうかしましたか?』
『私達って……その、入学式の時にも思ったんだけどさ、迷惑だったりする?』
彼女と仲良くなりたいのであろうクラスの女子達が有栖にそう問いかける。有栖はハッとした後に優しい笑みを浮かべる。
『皆さんと仲良くなりたいと思ってますよ』
『そうだよね。よかったぁ〜』
朝の屋上以降、クラスの人に冷たく接する必要がなくなった有栖はクラスの人に温厚に接していたが、そこには壁が一枚あるようなそんな感じがした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
午前の授業が終わり昼食の時間になった。俺は今日の朝のいざこざがあり、例の彼に嫌われているだろうから教室から出る。
俺がそのまま向かったのは、入学式の校内探索で見つけた人の居なそうな実験準備室だった。場所的にも人が寄ってきにくい所なので割と気に入った場所だった。
さらにこの高校のエアコンは事務室でしか操作できないらしく、事務室でボタン一つで一斉に電源をつけられるようなので、この実験室もエアコンの電源が入るようだった。
『ガラガラガラッ』
ドアを開けるとその音が鳴り響く。中に入るとまたも黒崎有栖がそこに居た。今回はドアの開閉音に気づいたようでこちらを振り向いていた。
『なんで、光星くんがここに?』
そのセリフはもう3回目だった。
「入学式の時にこの部屋を見つけてな、使おうかと思って来た」
『……そうなんですか』
3回目になると、有栖も慣れてきたのかあんまり驚いてはいなかった。
『この部屋の使用許可をもらっているのですか?』
「そんなもの貰ってないけど、要るの?」
『いりますよ。私は学校長から貰っているので使えますけど…』
そんなものが必要だとは知らなかったが、今更引き返すのも面倒くさい。あの担任なら少し話を盛って説明すれば許可をくれそうだが…。
「俺はそんなものなくても使う」
『私が学校長に許可を貰っておきましょうか?』
「え?いいのか?いやでもそこまでしてもらうのは少し悪い気がする」
一人の女の子に全てを頼むというのはなんだか感じが悪い。そして一つ気になるのが、何故そんなやり取りが出来るほど有栖は学校長と仲が深いのだろう。
有栖には謎の事が多い。
『……光星くんは、私の事をストーカーしているのでしょうか』
「そんなわけないだろ!」
有栖はまた悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「俺からしてみれば、行くところ行くところに有栖がいるから少し怖いぞ」
『こ、怖くないですよ』
そう言いながらも有栖は胸を撫で下ろしながら、ホッとしたような顔をした。
「どうかしたか?」
『いえ、名前で呼んでくれたなと』
「普通に呼ぶよ。ただ教室で呼ぶと変な噂が立ちそうだし、それは有栖も分かってくれただろ?」
共感を求めたが、有栖も俺に合わせてくれていたしそこは理解してくれるだろう。
『それは理解してます』
「だから、クラスの前では俺と友達という事を隠して欲しい」
『……分かりました』
案外すんなりと了承をしてくれたが、有栖は何か思うところがあったようだ。
『…二人の時はちゃんと友達として接してくださいよ』
「それは当たり前だ」
『ならいいです』
なんとかそれで納得してくれたようだった。俺はクラスの前でも友達として接していたいのだが、周りがそれを認めてくれない。原因は俺にあるので、俺がもう少し彼女の友達として相応しくあるべきなのだ。
「クラスの人にはもう冷たく接しないんじゃないのか?」
『そのつもりだったんですけど、あの方が少し良くない発言をしたので、もうしばらくは今までの冷たい対応になりそうです』
「…良くない発言か、」
自分ではその事を理解していても、直接言われると実は意外とダメージが来ていた。もう少し自分に自信が有れば堂々としていられるのだけど、簡単にはそうも行かない。
何か自分を変えるきっかけが有れば俺も自分に自信を持つ事ができるのだが、そんな機会はほとんどない。さらにそれは誰かに頼ることになるのだ。
結局俺はいつも一人では何も出来ないのだ。あの時と同じように……。
『貴方は見た目は明るくは見えないですけど、誰にも負けない優しさを持ってますよ』
「どうした急に」
『だから私は出会ったばかりの貴方に助けられたんです』
有栖は急に俺にそう言う。慰めてくれているのかもしれない。
「別に気にしてない」
『貴方は優しいから一人で抱え込んでしまう。それが貴方の長所でもあり短所でもあります』
今日の朝に相談に乗ってから、有栖は俺に対する距離が急激に近くなっていた。その証拠に出会ったばかりの俺のことを分析している。
「分かったから、その慰めみたいな事をやめてくれ」
『分かったんでしたらやめます』
しばらくは冷たい対応をすると言っていたが、今の接し方をすれば誰とでも仲良くなれる気がする。壁を作って周りと接する有栖には謎が深まるばかりだ。
「名前で呼ぶんじゃないのか?」
『そうでした、あんまりそういう経験がないもので』
有栖は意味深な事をたくさん話す。それが触れていい話なのか駄目なのかが分からない。
『そんなに深く考えなくてもいいですよ。ただ小学校とか中学校では歌に没頭してたので学校に行く事が少なかったんです』
「よくそれで出席日数とか足りたな」
『中学校はそういう活動を応援してくれる、高校でいう通信制みたいな所に通っていたのでテストの成績さえ足りていれば特に問題ありませんでした』
どうやら本当に一流の歌手を目指していたようだ。流石にそこまで本気に取り組んでいるとは思わなかったが、イベントに呼ばれたりしていたそうなのでそれも理解出来たことだ。
どうこうしているうちに大分時間が経ってしまった。残り時間は後20分。歯磨きや次の授業の準備をしていたらゆっくりと食べている時間はなさそうだった。
「飯食べるか、ゆっくりしている時間はなさそうだな」
『そうですね』
「明日も来ていいか?」
『明日も来てください』
弁当を開封しながら優しい笑顔を向けてくれた。その笑顔は朝の教室の時とは違った意味が込められていそうな笑顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます