第11話 本屋

「また会ったな」



その日の放課後、俺は買いたい本があったので書店に向かっていた。その書店は学校からさほど距離はなく歩いていけるくらいの距離だった。


人の通りも少なく、品揃えなども完璧なので中学の時からここに通っていた。


そんな穴場の場所に有栖がいた。




『光星くんじゃないですか』

「何してんだ?」



本屋に来たので目的は一つしかないだろうけど、一応聞いてみた。




『登校時に偶々この書店を見つけたので寄ってみたんです』

「なるほどそれでか」

「光星くんはどうしていらしたのですか?」

「俺は気になってる本があってな、それを買いに来たんだよ」



最近のJKは皆んな可愛いお店とかに行ったして、パフェとか流行りのものばかりに放課後の時間を費やすのかと思ったが、彼女は書店に来ていた。




「何かおすすめの本とかあるのか?」



普段は一人で面白そうな本や興味惹かれる本を自分で探しているが、有栖の好きな事や趣味などを知るためにも聞いてみた。


後シンプルに彼女が思ういい本を知りたかった。




『おすすめの本といわれるとたくさんありますけど、私がずっと読んでるのはこの本ですね』



彼女は自分のバックから本を取り出す。ブックカバーがついていたので題名が分からなかった。




「何て本なんだ?」

『"愛の在り方"って本です』


その言葉を聞いた時に俺の体に電流が走った。その本は内容は映画化してもおかしくないほど深く、人を感動させて、読んだ人の心を魅了するという表現が似合うような作品だった。


そんな作品だが、著者が編集者との折り合いが悪かったため告知をされなかったり、販売本数の数を有り得ないくらい少なくされたりした、知る人のみぞ知る名作の一つだった。


それを知っている有栖はかなり本を深く好きなのかもしれない。一方の俺は、その本の共感を得られるような人が目の前にいるという事に興奮を抑えきれなかった。




「有栖、どこでこの本を知った」

『え?いや、ちょっとあの…』

「なぁ、この本について語り合おう」



気がつくと俺は有栖の肩をぎゅっと握りしめていた。顔も位置も近く、呼吸をするだけで彼女の匂いが感じられた。




「ごめん、つい…」



今の行為は彼女との距離感を大きく変えてしまったかもしれない。彼女の顔は赤らんでいた。




『いえ、いいのです、友達なので謝らなくてもいいです。ただ、少しびっくりしたというか…』



彼女の中の友達というのはどういうものを意味しているのだろうか。随分とあっさりと許してくれた。




『それに、この本について思う気持ちは同じです』



行動には移さなかったものの、有栖は有栖で共感者がいたことに嬉しく感じていたらしい。彼女とは好きな本の種類が合いそうだった。




『………光星くんは、本の事になると少しテンションが上がるのですね』

「それはあの本だからだ。てゆうかそんな事どうでもいいだろ」

『どうでもよくないです。私は光星くんの事もっと知りたいです』



その言葉に俺はつい照れてしまう。頬を触ってみれば熱かったので、もしかしたら顔は真っ赤かもしれない。

ただいきなりそんな事を言われるとは思っていなかったので心臓に悪い。




『あ、えっと、そういう意味ではなくてですね!も、もっと友達になりたいというか………あれ?』



有栖の顔もすでに真っ赤だった。彼女の照れた表情は反則すぎる。緊張しすぎて俺の口に次の言葉は出てこなかった。




『あの、なんとか言ってくださいよ』

「身長180cm、体重65kg、誕生日は8月23日。好きな食べ物は豚肉料理」

『あの、そういうことだけど、そういうことじゃないです』



先程までの甘々な空気はなく、一気に元の空気に戻った。俺の口から出た言葉は俺の個人のステータスだった。これ以外のことを言うとなんだか余計なことまで話してしまいそうなので、選択した答えだった。




『苦手な事とかないんですか?』



有栖はまだ俺の事について知りたいらしい。もしかすると、俺は有栖の初めての友達なのかもしれない。


これまでは歌に一生懸命で学校にもあんまり行っていないそうなので、友達の事について有栖が熱心に聞こうとする理由も分かる。




「苦手な事は運動だ。嫌いな事は勉強だ」

『どちらも学生の本業ですのに…』



いきなり哀れな目で俺を見てきた。なんだか俺も悲しい気持ちになった。




『もうすぐテストなのに大丈夫なのですか?』

「なんとかなるだろ」



元々光星は地頭がいいので熱心に取り組めば、かなりの成績を取ることが出来るのだが、勉強が嫌いなのでそんな気にはならない。


そこで妹に相談した事を思い出す。一緒に勉強するなら今が絶好のチャンスだろう。もう少し仲良くなってからでもいいが、流れが見当たらないかもしれない。


なので今が絶好のチャンスだろう。




「有栖が勉強教えてくれたらな」

『私ですか?…私でよければ教えますけど』



何か気になることがあるのか有栖は顔にどうしようという表現を浮かべていた。




「別に無理しなくていいぞ?」

『いえ、そういうことではなくてですね、教えられる自信がないです』



この言葉が意味する事は後から知る事になるが、嫌ではないという事が分かり嬉しくなる。




「じゃあ今週の土曜日に図書館でやらないか?」

『分かりました。覚悟しておいてください』



質問する俺はどうやら覚悟をしないといけないらしいが、とりあえず約束する事が出来た。




『あ、お目当ての本探さないんですか?』

「そういえば、そのために来たんだった」



有栖との約束の事で満足して、そのまま家に帰ろうとしていたが、本来の目的は本を買う事だった。


買いたい本を探しながら考える。入学式から僅か三日でここまで仲良くなれたのは嬉しかったが、彼女は他にも隠していることがありそうだった。


その真実を知るのはまだまだ先の事になりそうだが、少しずつ心を開いてくれればそれで良い。


俺もいつか有栖にあの時のことを話す時が来るのだろうか。俺は有栖ほど苦しい過去ではないが、その事を話すとなるとやはり勇気がいる。




「ふぅ、」



そうため息をついたと同時に目的の本を見つける。

有栖の方は俺が探している間に会計を済ませたようで、俺も早く会計に向かう。




『光星くん、イチャイチャするのもいいけど静かにね』



中学の頃から通っているので、ここの店主とは結構仲がいい。そんな店主から注意を受けるほど声が大きかったらしい。




「すみません、迷惑かけました」

『そういう時期だから、気にしなくていい』


優しい店主は俺たちの事を許してくれたようだった。時計を見ると時刻はすでに18時30分だった。家に帰り着くのは19時辺りになりそうだ。




「そろそろ帰るか」

『そうですね』



有栖も女子高生なのであんまり遅くなると、危険だろう。そう思い聞いてみる。



「有栖、家まで送ろうか?」

『優しいですね。でもここから近いので、心配されなくても大丈夫ですよ』



か弱い女子高生をこの時間に一人で帰らせるのはどうかと思うが、彼女が大丈夫というのだから大丈夫なのだろう。少し心配が残るが彼女の言う通りにする。




「気をつけて帰れよ。怖い人がいたら走って逃げるんだぞ」

『光星くんは、私の保護者ですか?分かりました。気をつけます』



そう手を振って有栖と別れる。俺は真っ直ぐ家に帰った。考え事をしながら歩いていると、あっという間に家に着いたので家の鍵を開けようとした時だった。




『あ、おにぃじゃん』



そんな声が後ろから聞こえて来る。




「真理、今帰りか?」

『そうだよ。疲れたー』



俺は部活動をやった事はないので分からないが、おそらく疲れるのだろう。いつもは元気な妹がぐったりしているのが何よりの証拠だ。




「今日母さん達仕事で遅いから、俺が飯作るが何かがいい?」

『生姜焼き』



妹は女子中学生なのに随分と男らしい料理を選択したものだ。部活で疲れたからガッツリと食べたい気分なのかもしれないが。




「分かった、準備するから風呂でも入っとけ」

『はーい』



そうして料理の準備を始めた。


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