第9話 本来の有栖

『色々と聞いてもらってありがとうございます。宮地さんが相談にのってくれたお陰で、自分のやりたい事に挑戦できそうです』

「俺なんかで力になれたなら良かったよ」



俺と話した事で、彼女が自分のやりたい事に挑戦できるというのは素直に嬉しい。誰であっても、人の力になれたという事は嬉しい事であろう。



『ところで、何か屋上に用事があったのですか?』

「さっきも言っただろ、早く起きすぎたから学校に早く来たんだよ」

『えぇ、でもそれは学校に早く来た理由であって屋上に来た理由じゃありませんよね』



彼女からしたらそう思うのかもしれない。俺は自分でも何で屋上に来たか一瞬忘れていたが、すぐに思い出した。




「あぁそういえば、一人で屋上に寝転んでみたいと思って立ち寄ったんだった」

『あぁそれで屋上に来られたんですね』



彼女は納得の表情を浮かべた後に、何かいいたげな表情に切り替わる。




「どうしたんだ?」

『いえ、私のせいで本来の目的を邪魔してしまったのかなと思いまして』

「別に機会はまだまだあるし、目的って程の事じゃないからそこまで気にする必要はないぞ」



相談にのってもらった挙句に、本来の目的を邪魔してしまった事を気にしているのかもしれない。

しかし、高校生活は始まったばかりだし屋上に来るチャンスはまだまだ沢山あるだろう。




『そ、そのですよ?いやならいいのですけど……』


頰を赤らませながら、上目遣いで口を開く。このしぐさは反則だった。



「な、なんだ?」


俺はつい照れてしまって、口籠ったように答える。




『私も屋上に寝そべりたいしですし、宮地さんも寝そべりたい。………もしよければ一緒に寝そべります?』



出会った当初の彼女の口から出てくるとは到底思えないその発言に、俺は自分の素直な欲求をぶつけてしまう。




「いいんだったら、そうさせてもらうけど…」

『……先に失礼します』



そう言い、先に寝そべり始めたのは彼女の方だった。一方の俺は、寝そべり始めるタイミングが分からずしばらく立ち尽くしていた。




『宮地さんはいいんですか?………やっぱり一緒は嫌ですよね』



こんな可愛らしい事を言われたら、我慢しているものも抑えられなくなる。




「じゃあ、俺もお言葉に甘えて」


俺は、彼女のすぐ近くに寝転ぶ。彼女からはシャンプーなのか柔軟剤なのかは分からないが、とても甘い匂いがした。




『どうですか?寝そべってみて』

「屋上の床は、ひんやりしていて気持ちがいい」

『ですよね。私もそれ分かります』



隣を見ると、満足したような彼女がいた。横から見ても美しい顔立ちをしてる。さらに仰向けになっても、細身ながらも立派に実ったそれは、光星の目にもしっかり映り込む。


映り込んだそれは、大きいけれど無駄に大きすぎないベストな膨らみだった。なので俺はつい反応してしまった。その反応を隠すためにも彼女に背を向ける。


光星も健全な男子高校生なので仕方のない事だった。




『宮地さん、どうかしました?』



俺の行動に気づいた彼女が俺にそう問いかける。




「いや仰向けもいいが、向きを変えてみたくなってな」



とっさに出てきた言葉だった。言い訳にしては下手すぎるが、彼女は俺の反応に気づいていないのか追及してこなかった。



しばらく音のない時間が流れたが、俺から口を開く。




「何で俺だったんだ?」

『それはどういう事ですか?』



いきなりこんな聞かれ方をしたら、戸惑うのも当然だった。




「相談する相手だよ。俺じゃなくても他にもいたんじゃないのか?」

『それは……その場の雰囲気とか流れとか、話しかけてくれたタイミングとかもありますけど』

「けど?」

『私が悲しい過去の事を考えているときに、貴方がいつも優しい瞳を向けてくれたから……です』



モジモジと答えられると、こちらもなんだか恥ずかしくなってくる。




「それだけ、か?」

『それだけ、じゃないです。それだからいいんです。さっき話した通り、私は色んな人に迷惑をかけました。その時に私を心配してくれる瞳を持った人はいなかった。みんな利益の事やイベントの運営の事ばかり』



彼女の話を理解したつもりだったが、聞き方がよくなかったかもしれない。一度冷めた熱をまた上げてしまった。




「そんな中、よく一人で立ち直れたな」

『いえ、唯一……祖父母だけは味方をしてくれました』



彼女はまた含みのあるような言い方をする。神はどれだけ彼女に不幸な運命を合わせるだろう。良い祖父母に恵まれた事は唯一の救いだろう。




『それと、高校に入学してからまた歌えるようになったからです』

「そういえば歌えなくなったって言ってたな。歌えるようになったのはあの時からなのか?」

『えぇそうです。あの時からです………』



あの時歌声を聞かれて少し強いあたりをされたのは、突然歌えた事に動揺してそれを隠すためだったのかもしれない。


そうだとしたら、その後の彼女の対応についても予想がつく。歌える事をクラスで発表してしまうと、また昔の出来事と同じ事が起こってしまうかもしれないから。それに怯えていて"冷たい"態度を取るしかなかったのだろう。クラスの人と距離を置くために…。


本当の彼女は明るくて、純粋で優しい女の子だったのだろう。


妹の予想はほとんど当たっていた。彼女の過去を聞いたわけでもないのに、8割近くは当たっている。違う点といえば、"緊張"ではなく"怯えていた"という点だ。我ながら恐ろしい妹を持ったものだ。




『宮地さんが何を想像してるかは分かりませんけど、大体合っていると思いますよ』

 


俺がしばらく考え込んでいたので、彼女が言ってくれた。



「だとしたら、それはとても辛い事だっただろう」

『えぇ、でももう大丈夫です』


自信に溢れたようなそんな表情だった。




『貴方がきっかけになってくれたからですよ』



彼女は大きく息を吸う。そして続けた。




『もしかしたら、あの時私が歌えるようになったのは貴方をずっと待っていたからかもしれませんよ』




いたずらをした時の子供のような笑顔をしていた。そんな展開はあまりにドラマチックすぎるが、実際彼女がそうだと言うならそうなのかもしれない。



「そうだとしたら、俺は黒崎さんの救世主か?」

『そうですね。私の救世主です』


正面でそう言われると気恥ずかしさを覚えるが、彼女を救う事ができたと言う事が何だな口元を緩めた。




「最後に聞きたい事がある。今の接し方が黒崎さんの素?」

『はい、そうなりますね』

「もう過去に怯えていないんだろ?そしたらクラスの人達にも冷たい接し方はしないのか?」



この質問はただ純粋に俺の独占欲だった。



『もう冷たく接する必要はありませんけど、全員に明るく接するつもりもありません』



その言い方では、やはり素の彼女が明るいのか冷たいのか分からないが、俺だけに見せてくれる表情もあって欲しい。


付き合っているわけでもないのに、それは大きすぎる独占欲なのかもしれないが、それほどまでに彼女の事を好きになってしまったらしい。




『宮地さん、私と友達になってくれませんか?

「俺は友達だと思ってたんだけどな」

『わ、私だって思ってました。けど改めてという意味です』


なんだか、からかいがいのありそうな性格に変わった彼女は、より一段と可愛さが増した。



「俺でよければ、よろしく黒崎さん」

『よろしくお願いします』


こうして正式にお友達になった。もしかすると、彼女は俺の事を恋愛対象として見ていないのかもしれない。そう思うと悲しくなってくる。



『もう友達ですので、名前で呼んでくれてもいいですのに…』

「有栖…」

『光星さ、く、くん』


お互いに名前を呼ぶだけで緊張するなんて、高校生として初心すぎるが、女の人との関わりなんてほとんどない光星にとっては、難易度の高い事だった。


それは彼女にとっても同じ事のようだった。




「ははは」

『笑うなんて失礼な人ですね!も、もう知りません』



これまで人に敢えて"冷たく"接してきた有栖は、その癖が抜けないようで、冷たさと素の明るさを兼ねそろえた彼女はツンデレのような照れ方をする。



「その敬語混じりの喋り方は辞めないのか?」

『小さい頃からずっとこの喋り方なので、これは私の個性の一つだと思ってください』



小さい頃からこの話し方という事は、有栖はすごいお金持ちのお嬢様なのかもしれない。



「じゃあ改めてよろしく有栖」

『こちらこそよろしくお願いします。光星くん』



再度そう言い、お互いに笑い合う。今日の出来事でかなり仲良くなる事が出来た。



『キーンコーンカーンコーン』


ちょうど良い所だったのにチャイムが鳴る。二人揃って遅刻になる。こうして光星は二日連続の遅刻が決まってしまった。

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