第6話 謝罪のその後

俺も教室を出ようと思って辺りを見渡した。すると、彼女の席に忘れ物が置いてあった。彼女はまたマフラーを忘れていた。




「このマフラーも二回目か、」




一人そう呟く。ここに置きっぱなしだと、施錠の人が来るまでに誰かに取られる可能性があるので、俺が持って帰ることにした。明日渡して、事情を話せばきっと理解してくれるだろう。



そう思い、マフラーをカバンの中に入れて教室を出た。その後は朝走ってきた道を、寄り道する事なく真っ直ぐ家に帰った。玄関を見てみれば、学校が終わった妹の靴もあった。



普段は部活動で弓道をしているが、新学期が始まったばかりで今日は休みだったらしい。俺も靴を脱ぎリビングに立ち寄った。妹は俺に気づいたらしく、近寄ってきた。




『おにぃどうだったの?仲直りできたの?』




家に帰り、リビングに立ち寄った瞬間、その事を聞かれた。




「まぁそうだな。出来たよ」

『おにぃ、何ニヤけてるの?』




俺はどうやら顔に出たらしい。無理もない事だろう。一目惚れした女の子の普段とは違う表情が見れたのだから。




「にやけてない」

『おにぃも青春してんだねぇ』




一応青春してるという事になるだろう。まだ出会って二日目なのに、進展は正直かなり早いと思う。しかし、問題はここからだった。



ここからは、一ヶ月先の中間試験くらいしか学校行事がない。それが終わるとクラス対抗戦などの行事なども出てくるが、その一ヶ月という間に距離を縮められなければ、行事ごとを共に楽しむという事は難しくなるだろう。



なので中間試験までに少しでも距離を縮めるしかなかない。その中で俺が思いついた方法は一つだけだった。それは、隣の席という特権を利用して勉強を教えてもらう事だ。



この方法は成功すれば、距離をかなり縮める事が出来る。しかし失敗すれば距離はさらに空いてしまうだろう。




「なぁ真理。テスト勉強で仲良くなるにはどうすればいいんだ?」




異性と仲良くなるには、異性に聞くのが一番手っ取り早いだろう。




『テスト勉強で仲良くなる方法?』

「あぁ、何か方法はないか?」

『そうだなぁ〜。わざとバカなフリして天然キャラぶってみるとか?』

「それは、何かキモくないか?」




女子と話す時にわざと馬鹿なフリをして、笑わせて仲良くなろうとする人が少なからずいる。この方法は、見ていて少し呆れるのでやりたくない。 




『そんなことはないと思うけどぉ…』

「何か他の方法はないのか?」

『あるっちゃあるけど。昨日も言ったけど、そういうのはやっぱり自分で考えるから意味があるんだと思うよ』




妹は手を腕に組みながら、俺にそう言う。俺はまた年下の妹に頼ろうとしていた。




「やっぱり自分で考えるしかないか」

『そうだよ。……ところでさ、言いたくないなら言わなくていいんだけど、何て言って謝ったの?』

「そういえば、まだ話してなかったな」




昨日たくさん話してもらったのに、まだ謝罪内容を教えていなかった。色々とアドバイスももらったし、一応謝罪内容を教えるのは常識だろう。



全てを話し終わった途端、妹は耳が痺れるくらいに大きな声を出した。




『バッカじゃないの?』




それは冗談とかではなく、心配するような怒っているようなそんな表情だった。




『おにぃ結局、良い太腿とか言ったの?』

「あぁ、一応見てしまったし、感想を述べるのは礼儀だと思ったからな」

『うちの兄、頭おかしぃわ』




客観的に聞いてそう判断されるのは、仕方のない事だろう。




「けど、あっちは笑ってたぞ?」

『おにぃ、さっき女の前でバカなフリして好感度上げようとする人キモいとか言ってたよね?』

「確かに言ったな」

『あんまりその人達と大差ないよ、おにぃも』




妹は、俺に指を刺しながらそう言った。そう言われるのは少し心外だったが、一概に否定もできなかった。




「……けど、俺はワザとやったわけじゃないし」

『はぁ……別にみんながみんなワザとやってるわけじゃないんだよ?』

「………………」




俺は下を向いたまま答える事が出来なかった。




「その件についての発言は取り消させてくれ」

『便利なお口だね。まぁ、分かったんだったら良いんだけど』




深くソファに腰掛けた妹は、完全に呆れていた。




『優しい人で良かったね』

「いいや、普段は冷たいぞ」 

『おにぃは、まだその人と入学式で初めてあったんだよね?』

「そうだが?」



事実を確認するようにそう聞いてくる。




『だったら、まだその人の性格とか勝手に決めちゃダメでしょ。慣れない環境に緊張してるだけなのかもしれないんだから』



言われてみればその通りだった。まだ出会って二日で普段は"冷たい"人と勝手に確信づけるのは確かに良くないだろう。流石にあの性格で、明るいキャラっていうのはないだろうけど。




「俺はお前が俺より人生経験豊富そうで、兄という立場が恥ずかしい」

『おにぃがもう少し頑張らないとだよ』



ずっと心に刺さる言葉を突きつけられた。俺は俺で、この事について少し気にしていた。妹の容量が良すぎるのは、兄には毒だ。




「昔は、泣き虫だったのになぁ」

『ちょっ、その時のことに触れるのはダメだよ!』




慌てて俺の口を押さえる。妹にとってこの事は、黒歴史らしい。自分の黒歴史に触れられたからか、妹は恥ずかしそうにしていた。




「変わったな。真理も」

『おにぃも昔からからしたら変わったよ?根は変わってないだろうけど』

「何だよそれ」

『パパに女性には優しくする!とか困ってる人がいたら助かる!とか言われてそういうのを意識するようになったよね』



今朝の出来事もそうだが、父に小さい頃から言われてきたので、昔からすると性格はかなり大人しくなった。




「真理も相談あれば遠慮なくしろよ」

『おにぃに相談するほど、私は弱くないからぁ!』




べっ!と言ったら表情をした後、妹は走って部屋まで逃げていった。大人びた考え方を持っているけど、やっぱりまだまだ年相応の女の子だった。




『ぶっぶー』




携帯のバイブ音がなる。そうして画面を見ると、クラスのグループチャットが出来たようだった。俺はクラスメイトのアドレスは秋良しか持っていないので、恐らく秋良が招待してくれたのだろう。



今はちょうど、みんなが挨拶をしている状態だった。




『よろしく』




俺はそう送信した。そして画面を閉じようとした時だった。




『黒崎有栖がグループに参加しました』




そう通知が来た。彼女も俺と同じように




『よろしくお願いします。』




とだけ送信していた。あんな対応だからクラスの人と連絡先を交換していないと思っていたが、そんな事はなかったようだ。



一目惚れした子の連絡先、正直喉から手が出るほど欲しいものだった。しかし、今の光星には彼女の連絡先を交換する一つの方法があった。それは帰る時に見つけた、彼女が忘れたマフラーの事を伝える事だった。



「マフラー忘れてたよ」



そう送る事ができる。それは捉え方によっては、『ありがとう』にもなるが、



『わざわざ連絡先を追加しなくても、明日直接伝えればいいでしょ』



という捉え方も出来る。


後者の捉え方をされた場合、やましい気持ちがあると思われてしまう可能性がある。そうしたら、せっかく少し縮まった距離がまた広がってしまう事もあり得る。



流石に考えすぎかもしれないが、光星にとってこれはとても大きな選択を用いられる場面だった。散々迷った挙句、俺は彼女の連絡先を追加してしまった。



その時の俺の手は、汗でびっしょりと濡れていた。人一人の連絡先を追加するだけで、ここまで緊張するとは思わなかったけど、しばらくの間は手汗が止まらなかった。




「今日、マフラー忘れてたから俺が持って帰った。盗難の事を考えて持って帰っただけだから、明日の朝きちんと返す。」




そう送信した。俺はそう送信した後、返信が来るまでの時間を待つために風呂に入った。どうやら妹が湯を張ってくれていたらしい。本当にできた妹だ。俺は素直にそう感心した。



時刻は6時前なので風呂に入るには少し早いが、俺の気を紛らわすにはちょうど良かった。20分くらいした頃に、湯船から上がった。




『ぶっぶー』




そうバイブ音が鳴ったのは、俺が髪を乾かしていた時だった。彼女から返信がきた。その事が当たり前の事なのかもしれないが、俺には嬉しく感じた。

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