第7話 彼女の過去①(前編)

彼女からの通知を見てみる。




『すみません。ご迷惑をかけました。明日の朝ですね、分かりました。貴方は遅刻しないようにですよ』




そう通知が来ていた。彼女は、少し俺に心を開いてくれたのかもしれない。



最後の文で少しイジられたが、彼女から言われると自然と頬が緩んでしまう。




「そこまで謝らなくてもいいよ。それと、別に遅刻したくてしたわけじゃないぞー」




そう何度も確認した後に送った。メッセージでは、誤解などを招く事が多いので、俺は念入りにチェックした。




『それは分かってますよ』




そう返事が来た。この文にはどう返信すればいいか分からなかったが、既読したまま放置するわけにもいかないので、とりあえずメッセージを送った。




「そうだよな。見ててくれたんだもんな」



少し素っ気ない返事だったかもしれないが、これ以外に送る文が思いつかなかった。

 



『はい見てました。では、私は用事があるのでまた明日』



僅か五文で会話が終わった。今更になって自分のコミュニケーション能力のなさを恨んだ。  



その後何か送ることもなく、その日はご飯を食べて、妹と少し会話をした後に明日遅刻しないように早く寝た。我ながらお子様みたいな生活と考え方だと思ってしまった。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




次の日の朝、目が覚めると時刻は5時だった。もう一度寝るには短いし、起きておくには長いようなそんな時間に目が覚めてしまった。なので少し眠いのを我慢した。



とりあえず、二階にある自室から出てリビングに行った。リビングに行くと父がいた。




「父さん、おはよう」

『お、光星早いなぁ、おはよう』



父は、自宅から仕事場まで少し距離があるので起きるのはいつも5時くらいだそうだ。こうして朝会うのは久しぶりだが、一切の眠気のなさそうな健康的な顔をしていた。




「何か朝ごはん用意してある?」

『母さんは僕のをさっき準備してくれたけど、その後また寝室に向かったからなぁ。……仕方ない僕が作ろうか?』

「本当に?」




父の料理は、母とは違った美味しさがあるため、たまに作ってくれる時に結構嬉しかったりする。父と母は共働きをしているため、俺と妹も実は割と料理が出来たりする。




『光星、何かリクエストはあるか?』

「作ってもらってる立場だし、父さんが楽なやつでいいよ」

『そう言ってくれると助かるよ』




そう言い、冷蔵庫から卵とソーセージを取り出す。どうやら目玉焼きとソーセージという、無難かつ美味しい朝ごはんに決まりそうだ。




『ジュージュー』




と、朝から食欲のそそられる匂いと音が聞こえて来る。



『よしっ』



という声と共に皿に盛り付けられた、目玉焼きとソーセージと野菜、茶碗に入った白米をテーブルの上に置いてくれた。




『半熟だけどよかったか?』

「俺は半熟の方が好きだから嬉しい」

『だったら良かった。一応醤油も置いとくぞ』



出来すぎる妹には、確実に父の血が多く流れているだろう。父は仕事で忙しいのに、母さんの手伝いをよくしていた。出来すぎる父と妹。



それは、どちらも光星の立場を狭めるものだった。




「やっぱり、父さんの飯は美味しいな」

『嬉しい事を言ってくれるねぇ』




素直に美味しかった。目玉焼きの半熟具合もソーセージの味付けも絶妙で、朝から白米が進んだ。




「父さんは、器用だし完璧だよな」

『光星だって、光星なりの良さがあると思うよ』 




父に直接そう言われると嬉しかったが、素直に受け取れない自分もいた。



父は性格が完璧なだけでなく、外面も悪くなかった。現在40代だが、30代前半といってもバレないくらいの顔立ちだった。



そんな父に言われる言葉はやはり素直に受け取れなかったが、父として尊敬してるしそうなりたいとも思った。小さい頃から父は憧れだった。




『新しい学校生活はどうだ?』

「まだ入学してすぐだけど、楽しくなりそうだよ」




父としては、息子の学校事情を知りたいのかもしれないが、父には一目惚れした事は絶対に言わない方がいいだろう。 父からは小さい頃から




『顔だけでなく、中身もみなさい』




と言われているので、一目惚れしたことについて教えると、多少のお叱りを受けそうだ。



そして、しばらくは黙々とご飯を口に運んでいた。




『折角光星が早く起きてきたけど、僕はそろそろ行くよ。』

「おう、気をつけて」




父はそういい、玄関に向かった。



『ぎぃー、バタン』



扉の音が聞こえたので、もう家から出たのだろう。

俺もちょうど朝ごはんを食べ終わった。




「ごちそうさまでした」



きちんとそう言って、皿を片付ける。



現在の時刻は5時45分だった。家で特にする事もないので、学校に行く準備をした。すでに部活動生は朝練が始まっているので、今の時間でも門は開いているだろう。




「一度は、屋上で一人で寝っ転がってみたいし。行くか」



準備を済ませて、6時に家を出た。荷物の中に彼女のマフラーが入っているかをきちんと確認した。きちんとあった。これの他に忘れ物もない。ゆっくりと歩いていき、6時25分に学校に着いた。




「やっぱり誰も誰もいないよな」




教室にはもちろん誰もいなかった。俺は、荷物を置いて屋上に向かう。俺の教室は三階にあり、屋上には五階まで行かないといけない。



入学式の一人で校内を回っている時もそうだったが屋上の鍵は空いていた。扉を開けると想像していなかった人がそこにいた。



最早寝そべっていた。綺麗な鼻歌を歌いながら屋上に寝そべっているのは黒崎有栖だった。



屋上の扉を開いても彼女は俺に気付いていないようだった。俺は彼女を見つめていたが、意外と山のあるその膨らみを見つめてしまうも、なんだか居心地が悪くなってすぐに目を逸らす。



聞こえて来る鼻歌は、どこか寂しさを感じた。寝転んでいる彼女に話しかけようか迷うが、ここは話しかけるべきだろう。そう思い彼女に近づく。




「やっぱり綺麗な歌声だよね、黒崎さん」

『え?宮地さん?え?』




彼女は困惑している様子だった。その表情はなんだか新鮮だった。




「おはよう」

『………おはようございます』




挨拶をしてみるも、まだ困惑しているようだった。困惑しているのは俺も同じだけど、彼女は俺以上に今ある状況を読み込めていなかった。




『……え、宮地さんがなんでここに?』




出会った頃にも聞いたことのある、その台詞をもう一度聞くこととなる。




「昨日遅刻したから今日は早く行けって、この時間に投げ出された」

『あぁ……そうなんですね。パワフルな親御さんですね』




ニコッと笑う彼女は、やはりどこか寂しさを感じた。




「あ、嘘。本当は早く起きすぎてする事ないから、早く来ただけ」

『はぁ……そんな嘘ついて誰が得するんですか?』




朝から、彼女の冷たい言葉が胸に刺さる。言われてみればその通りだったが、自分でもなんでついたのかよく分からない嘘だった。




「それはまぁ、誰か一人くらいは」

『私が、得をしました』

「え?」




予想外の答えが彼女から聞こえて来る。




「なんで黒崎さんが得をしたの」

『嘘です。以前貴方に"冷たい"と言われたので、貴方の言葉にフォローを入れてみました』




寝そべりながら笑顔をする彼女は、いつもとは違う見え方をしていた。それがまた可愛かった。




「あ、マフラー教室のカバンに入れっぱなしだ。とってくるよ」

『……ありがとうございます』




駆け足で屋上から出た。



(あの笑顔は反則だろ)



心臓の音を隠しながら、廊下を歩く。来る時は長く感じた廊下は、今はやけに短く感じる。



教室についた時には平常心に戻っていたが、あの時はつい撫でてしまいたくなった。そのくらいに光星の心を揺さぶったのだ。



ひとまずマフラーを手にする。そしてまた屋上に持っていく。扉を開くと彼女は立ち上がっていた。




『さっきは、ダラシない所を見せてしまい申し訳ないです』




寝っ転がったまま俺と会話した事を言っているのであろう。




「別にあれくらいダラけて接してくれる方が、こっちも気が楽だからいいんだけどな」




彼女は不思議そうな顔をした。




『ダラシない方が気が楽なんですか?』

「そうだけど……別に無理にそうしろと言ってるわけじゃないぞ」

『それは分かってます』



彼女は、『そうなんだ…』と一人呟く。




「俺は、黒崎さんがやりたいようにすればいいと思う。色々とあるんだろうけどさ」

『私のやりたいように……』




その途端、彼女が怯えるような表情をした。多分、過去のトラウマを思い出したのだろう。




「黒崎さん、大丈夫。落ち着いて」

『私は、私のやりたいようには出来ない』  




彼女の目には涙が浮かんでいた。




『助けて、宮地さん……』




その姿は、捨てられた猫のようにぶるぶると体を震わせて、誰かの助けを待っているようにも見えた。

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