第4話 手伝い

『おにぃ起きて』




瞼を開くと制服姿の妹がいた。妹は俺に跨っていた。普段は起こしになんてこないが、昨日は少し話し込んだから、構って欲しくなったのだろうか。いやそんな事をする女子中学生がいるわけがない。




『あ、おにぃおはよ』

「おう、おはよう」




とりあえず挨拶をした。挨拶をしたのにもかかわらず、妹はまだ俺の上に乗り続けていた。




「そろそろ重いから降りてもらっていい?」

『重くないし!』




年頃の妹は、兄に跨ることに躊躇がないのに、体重のことについて触れるのは駄目らしい。




「そう言われたくないなら最初から乗らないでくれ」

『はぁ〜!ずっと起こしてるのにおにぃが起きないから乗るしかなかったんじゃん!』

「どういう思考回路してんだ」




俺は思わず冷静なツッコミを入れた。呼んで起きないなら、他にも色々と方法はあるのだ。




「呼んでも起きなかったのなら、叩き起こすとか方法はあるだろ」

『そんな方法があったのか!おにぃ天才だね』




ヘラヘラしながらそう言う。朝からこのテンションに付き合っていては、ものすごく疲れそうだった。




「なんで、真理が俺の部屋にいる?」

『ママに起こして来てって言われてさ……あ、そうそうおにぃ時間ないから遅刻するよ』

「は?今何時だ?」

『七時半だよ。』




妹は、携帯の画面を見せて来た。そこには確かに七時半と表示されていた。俺の高校は8時に着席完了が校則で決まっているので、これを過ぎると遅刻になってしまう。




「何でこんな時間まで寝てたんだ」




そう考えたが答えは直ぐに出て来た。昨日遅くまで起きていたからだ。昨日の生活に反省したが、今更反省したところで意味はない。ましてや、入学式の次の日から遅刻というのは流石にやばそうなので、急いでベットから飛び降りて支度に取り掛かる。



朝ごはんは食べないで学校でパンなどを食べるとして、学校まで登校するのに走って15分かかる。本当は自転車を買うつもりだったが

『健康のために歩く』

と俺が言って購入しなかったのだ。



あの日の自分を恨みながら制服に着替える。そこから歯磨きをして、寝癖直しを軽く行った。今の時刻は7時37分。走っていけばギリギリ間に合うペースだった。




「じゃあ行ってくる」



母から弁当を受け取り家を出た。妹はすでに学校に向かったらしい。



まだ春なので、暑苦しいとまでは行かないが、冬服は結構分厚いので、走っている時に汗をかいた。そこからは無言で走った。



しばらくしてから、学校が見えて来た。信号の運が良かったので、スピードを落とすことなく走ることができた。



校門が見えた。



『よし間に合う!』



そう思った時だった。



すれ違ったお婆さんが荷物を落としていた。恐らく俺が急に飛び出て来たのでそれにびっくりして荷物を落としたのかもしれない。



そうなると俺の責任になるが、遅刻しそうだったので校門に行ってしまうおうか迷った。一方でお婆さんは視力が悪いのか、あたりをキョロキョロしながら手探りで荷物を拾っていた。



『困っている人がいたら、しっかりと助けるんだよ』



父に小さい頃から言われた言葉を思い出した。ここで見過ごしたら最低だな。そう思って俺はお婆さんの荷物を拾った。




「お婆さん、荷物拾いましたよ」

『おぉ〜、ごめんねぇ〜。ありがとねぇ〜』




荷物を渡したら、お婆さんは感謝の言葉を述べてくれた。




『君、名前は何ていうんだい?』

「宮地光星です。」

『そうかいそうかい。覚えておくよ』



今の会話に何か意味があったのかは分からないが、お婆さんは満足して去っていった。




『キーンコーンカーンコーン』




学校の8時のチャイムが鳴ったのは、お婆さんを手伝って学校に行こうとしたちょうどその時だった。




「やべぇ、初日から遅刻だ」




急いで学校に入るも、もちろん許されるわけもなく担任に朝から叱られた。




『初日から遅刻する人なんて、初めて見ました』




担任からはまだ説教が続くも、顔が童顔で小柄な体型なので、あまり説教をされているという気分ではなかった。




『何で遅刻したんですか?』

「ね、寝坊しました」



お婆さんを助けていて遅れた。というのはお婆さんの所為にしてしまう発言なので控えておいた。



そもそも早くから起きていれば今回のような事にはならなかったし、起きるのが遅れたのは自分の所為なので、寝坊したという事であっているだろう。




『おい光星、初日から遅刻すんのは尊敬するぜ』

「遅刻したくてしたわけじゃない」




同じ中学から同じ高校に進学した、今現在唯一の友達の高森秋良たかもりあきらとそう軽口を叩いた後に俺は自分の席に戻った。




『本当は遅刻していなかったのですよね。』




朝のHRが終わり、もうすぐ一限目の授業が始まるという時に彼女に話しかけられた。




「いやぁ〜、本当に寝坊したんだよね」

『あなたが寝坊したのは本当かもしれませんけど、貴方が道端のお婆さんを助けているのを、私見ましたから』




どうやら教室の窓から外を覗いた時に見えたらしい。見られたからといって何かが変わるわけでもないので本当のことを伝える。




「まぁそうだな。確かに手伝ったよ」

『じゃあ何で、その事を先生に説明しなかったのですか?』




彼女は少し怒っているようにも見えた。




「その事を説明したら、俺が遅刻してきたのは、そのお婆さんの所為ってことになるだろ?」

『……………確かにそうです』

「俺の所為で荷物を落としたかもしれないのに、責任まで押し付ける。というのは少しひどいくないか?」




彼女は一通りは納得したのだろう。だけれど、まだ言いたい事があるのか下を向いて唇を尖らせていた。




『確かにその通りかもしれませんけど、ここで発言した事がお婆さんに直接的な影響を与えるとは思いません』

「そうだな。ここでお婆さんの所為にしても、周りの人からしたら事実かは分からないし、黒崎さんのいう通り直接的な影響を与えるとは限らないな」




ここまで彼女が暑く反論してくるとは思わなかったが、彼女には彼女なりの考えがあるらしい。




「それでも俺には、誰かの所為にすることは出来ない」

『……そうですか、私と貴方では考え方が違いますね』




彼女はまた、いつも通りの冷たい有栖に戻った。




『私にもそんな考え方が出来たらな』




彼女が放ったその言葉は、一限目の開始のチャイムによってかき消された。

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