第3話 相談と有栖

「完全に嫌われた」

『どうしたん、おにぃ』



俺は家でソファに座りながらそう呟くと、妹の真理まりが声をかけてきた。妹は今年で中学2年生になる。中学2年といえば多感な時期なのに俺たち兄弟は結構仲がよかったりする。




「なぁ、質問があるんだけどいいか?」

『おにぃから質問なんて珍しいね。いいよ何でも聞きな!』

「もし、お前が初対面の人に太腿とかパンツとか見られたらどう思う」 




妹は、手に持っていたコップを机に置いてソファに腰掛けた。そして少し驚いたような顔をした。




『普通に引くね。まぁ時とか場合にもよるけど』

「その、時とか場合を詳しく教えてくれ」

『んー、えっとねぇ〜』




妹は結構真面目に考えてくれているらしく、しばらく沈黙だった。そのまま沈黙が続くのもなんだからしくなかったので、テレビの電源をつけた。




『そういう経験がないから断定はできないけど、転んじゃったりした時に見えちゃうのは仕方がないんじゃない?』

「そうか、じゃあその後に色を言ったりしたらどうなる」

『それはもう死刑だね。』




これが普通の女の考えだとしたら、もしかしたら俺は生きているだけ奇跡なのかもしれない。




『けど、大丈夫?とか言われたら結構キュンと来るかも』

「それは、色を述べた後でも適用されるのか?」

『されるわけがないでしょ!』




結局適用されないらしい。俺は「大丈夫?」ともそもそも言ってないので、適用されたところで意味はないのだけれど。




『それってもしかしておにぃの話だったりする?』

「だとしたらどうする?」

『変態の称号を授ける』




そう言って妹は、机の上にあるコップを手に取って、一口流し込んだ。俺もなんだか喉が渇いたので、妹のコップを眺めた。




『おにぃにも何か入れてあげようか?』

「コーヒーで頼む」




妹は、電気ケトルに水を入れインスタント用のコーヒーの粉をコップに入れた。




『おにぃも実は結構男だったんだね。』

「何か勘違いしてるぞ」

『実は、私のことも狙ったりしてる?』




妹は、履いていたショートパンツを手で覆い隠すようにしていた。顔は明らかにニコニコしているので恐らく楽しんでやっているのだろう。




「まだ十年早ええよ。そもそもお前相手に狙うわけないだろうが」

『え〜、私結構モテるのにぃ』




たしかに妹は、その辺の女に比べて顔立ちのレベルは高い。しかも中々に元気で明るい性格で、優しく気も使えるのでモテるのかもしれない。



だが、十年近く一緒にいるのに、そんな感情を持つわけがない。最近、家ではショートパンツや薄手の露出度の高い服を着ているので、たまに目のやり場に困ることはあるが、それ以上に二人で話したりする事の方が俺にとっては楽しいことだった。




『熱いから、気をつけてねぇ』



出来上がったインスタントコーヒーの入ったコップを机に置いてくれた。まだ湯気が出ていたのでしばらくは飲めそうにない。




「最初の話に戻るんだが、そうなったら謝るべきなのか?」

『初対面なら、謝るべきなのかなぁ〜』

「どんな感じで謝るべきなんだ?」

『それは、おにぃが決めないとダメだよ』



妹からアイディアを頂こうと思っていた自分がなんだか恥ずかしくなった。




「パンツ見てごめんなさい」

『その謝り方だったら、許す気なくなるよ。私だったらね、』

「いいパンツでした」

『おにぃ、ふざけるんだったら私部屋戻るね』




褒める作戦はどうやら意味を持たないらしい。




『おにぃがそんなに考えるなんて。今日は珍しいことがたくさんだね』

「まぁ、ちょっと色々とな」




一目惚れした。と言うのは控えた方がいいだろう。言ったところで馬鹿にしてくるような性格ではないが、色々と聞かれたりはしそうなので、誤魔化して答えた。




『おにぃが言いたくないなら、別に言わなくてもいいけどさ』

「そういう気が使えるところはモテるぞ」

『モテてない人に言われても説得力ない』




顔に満面な笑みを浮かべてそう言う妹は、中学2年になっても俺の中では幼い子供の頃のままだった。




「手伝ってくれてサンキュ、あとは自分で考えるよ」

『ちゃんと仲直りしなさいよ』




仲直りというか喧嘩をしたのかもわからないが、謝っておかないと、有栖はずっと根に持ちそうなので、早い段階で謝るのがいいだろう。



まず、パンツを見たから謝るというこの状況が普通はありえないのだが。まだ出会って一日目で、こんなに悩まされている。このままでは先が思いやられそうだ。



結局、夜の遅くまで考えて俺は一つの答えを見つけることができた。




(彼女は何をしているのだろう)




そんな事を考えたが、時刻は一時を回っていたので俺はそのまま爆睡してしまった。



  ーーーーーーーー翌朝ーーーーーーーー




ありすは小さい頃から同じ夢を見る。その夢は、みんなが幸せで笑っていて、私もとっても幸せで笑顔の色あふれる夢だ。



そして私は歌を歌っていて、みんなが拍手してくれて、私の目にはキラキラと歌にこめている想いが宿っていてる。




『貴方は、いい声。綺麗で優しい、そんな声。でも私は貴方の歌が嫌い』




その夢はいつもこのフレーズを最後に目が覚める。黒崎有栖が歌を辞めた理由でもある言葉だ。



そうしてこの夢を目覚ましがわりに飛び起きることが、たまにある。



自分の着ている服を触ってみると汗でびしょびしょだった。下着もびっしょりと濡れていて、布団のシーツにも汗がついていた。



シーツを取り込んで洗濯機に入れ、そのまま着ているものも全部脱いで洗濯機に入れる。そのまま学校に行くのは不衛生なのでシャワーを浴びる。



シャワーはつけ始めは、まだ水が冷たいので温まった体を冷やすにはちょうどよかった。次第に水も温まっていった。




『綺麗な歌声………か』




初めて会った彼に言われたそんな言葉。歌を辞めた今でもそう言われることが嬉しかった。彼は、言葉の選択やタイミングは悪いものの、根は優しい人。彼女の中で彼はそういう認識だった。



シャンプーを手にだして髪を洗う。前までは短かった髪も今では長く伸ばしていた。



彼に言われた"冷たい"という言葉。この言葉にも彼女はトラウマがあった。私がこの言葉に少し震えてしまった時、彼は知らないふりをしてくれた。




『…………………。』




シャンプーで洗った髪を流し、そのあとトリートメントをして、体を洗って浴室から出た。




『…………ピンク』




シャワーを浴びて、体温が少し上がったからか、そんな事を考えながら服を着る。

今日は昨日よりも、可愛いものを選択し着替える。



多分私はまたみんなに"冷たく"当たってしまう。

結局私の心は何も変わることのないまま、学校へ向かった。



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