EP
1:邪に染まる凱歌を挙げて
ペイルアンサを揺るがせた暴竜は、見事に鎮められた。
空が焦がされ。
森は薙がれ。
城壁も揺るがされたけれども。
突然に降った黒色の流星に打ちのめされて。
人は、森を開いて以来に連綿と続けてきた忙しない朝を、取り戻すことができたのだ。
難事を打ち払った凶星は。
役を果たした、黒き鎧は。
帰るべきを求めふらりふらりと、沸きあがるペイルアンサを目指していた。
英雄の、まさに凱旋であった。
※
栄光に満ちた少女の帰還は、
「どうしてお前はそうなんだ!」
「だって兄さん! 家宝を勝手になんか……!」
肉親によるダメ出しで報われることになった。
助け船を求めても、右も左も徹夜明けで石畳に転がって伏せているので期待はゼロだ。
「それはわかった! だがな、それならそれで、すべき判断があるだろう! それを、いつまでもぐちぐちと考えこんで!」
「なによ! 背中押してくれたから嬉しかったのに!」
「当たり前だろう! 俺が押さなきゃ、いつまで悩んでいるつもりだったんだ!」
「それは……!」
「街が焼かれるまでか⁉ お前が鎧ごと炭になるまでか⁉」
ぐぬぬ、と言葉に詰まったので勝負あり。
英雄は、人知ならざらる漆黒の鎧を着込んだまま、ギルド前の往来で、正座説教を賜る栄誉にあずかることと相成ったのであった。
※
ユーイは、大きなあくびを隠しもせず朝の空に溶かしてやる。
疲れ切った体を道端に投げ出し、成し遂げた少女の悲劇を助けられぬ無力さに苛まれながら。
隣のレヴィルは、力尽きたのか座り込んだまま寝息をたてている。
もう一人の同行者であるルナは、怯えた顔でアイの説教を眺めていて、お前さんそれ、自分が部下に説教されてるの思い出してるだろ、魔王サマよう。
そんな死屍累々のさまを、やじ馬たちが取り囲んでいるのが、今朝のギルドホール前だ。
「おっさん! 昨日の騒ぎ、聞いたか⁉」
「おっさん! なんで道端で寝てるんだよ!」
「おっさん! 二日酔い? 自己責任だよう、だぜ?」
なので、事情を知らない白カードの小僧たちが、白カード仲間のおっさんによってたかってくる。胸で揺れている赤カードとか、目に入らないのだろうか。
うるせえ、と手で払って、やじ馬たちを今日の仕事へ追いやっていると、冷えた水が満ちたグラスが差し出された。
「お疲れ様です、ユウィルトさん」
「おう、ガンちゃんさん。どうにか生きて帰ったよう」
やはり疲れた目元であるが笑みを見事に繕ったガンジェ・ベイが、労うためにカウンターから抜け出してきていた。
有難く受け取った冷水は、熱持った体に心地良い。
一息つけたところで、あるべき姿が見えないことに思いいたった。
「ダンはどうしたんだよう?」
「ギルド長は、領主さまのところです。顛末の説明を求められて」
「顛末かあ……ギルドとしてはどう落とすことにしたんだよう」
結論として、竜はギルドが総力で対処した、という着地点を用意したという。
魔王たるカルナカンの力に拠った、アイが打ち勝ったのだ。広義では魔王の力を振るったには違いないが、中身は実績を十分に重ねた探索者である、という逃げ道。
「けどよう。それならルナだって立派な探索者だろ」
「実績って言ったろユーイさん。アイと違ってそっちはまだ、身元の怪しい風来坊だからな」
「おう、レンの大将も起きてたかよう」
「これから帰ってくる赤カードたちの受け入れをしなきゃなんねぇからな。今日は、ウチは休業だ」
「へっへっへ。助かったよう。アイツらがいなきゃ、いまごろ消し炭さあ」
「そんなタマかよ、あんた」
疲れに垂れるまぶたを隠しもせず、腰を伸ばしながらレンフルフが愚痴をこぼす。
「アイは、素性を追えばゴルドラインに行き着く。キセキを施した鎧を賜った、言ってしまえば教会の影響下にあった、貴族の家にな」
「ルナだと、まあ、そのまま魔王に行きつくからなあ」
だから、一連の騒ぎは新鋭の探索者であるアイを中心にギルド幹部を含む赤カードで対処した、という筋書きが必要になる。
太陽眼がそう判断したのなら、指を飛ばすだけが能の射手には言葉などない。
「とはいえ、明確な揚げ足を作らないだけだ。教会に魔王関与が隠せるとも、誤魔化せるとも思っちゃあいない」
「関係悪化はなお深刻に、か」
「ギルド長は、とにかく時間を稼がないと、と仰っていました」
ギルドの戦力化という目論見を、最低限のラインに乗せるまで。
きな臭いなあ、とげんなり肩を落とさざるをえない。
「独立独歩の探索者を兵隊にするなんざ、並大抵じゃないよう」
「目指すのは、地域の生活防衛をする遊撃隊だろうけどな」
「同じだよう、大将。戦う組織ってのは、ギルドみたいに箱を作るだけより難しいぜ?」
「そうですね。今のギルド体制のままでは到底……」
「第一、住居用の木材すら確保できてない。これ以上の頭数は、物理的に望めないよう」
今ですら不足している練度と人員数が、これ以上を望むに難しい状況にある。
特に、夜を徹して神経をすり減らした、煮え切った頭では。
「あ! そうだヨ! 忘れていたヨ!」
ただ一人、人に非ずな体力を以て元気ハツラツな彼女と、
「うるさいうるさい! 兄さんなんかもう知らない!」
人ならざる膂力で生身の兄貴を躊躇いなく両手プッシュする、癇癪を炸裂させた彼女を除いては。
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