3:家庭の事情は、少々ばかり厄介だから

 零落貴族であるアーイント・ゴルドラインの兄を名乗る彼は、激怒していた。

 憤慨は右を経て、左を経て、ついに果てへ辿り着く。

 悶着が行く末の結果は、


「聞いたぞ、アイ! お前、方々に迷惑をかけやがって!」

「ちが……これには事情があって……!」

「よそ様の家に転がり込んで、そのまま家主を追い出すことに、どんな正当性と事情があるんだ!」

「そ、それは……うぅ……!」


 夕暮れの探索者ギルドホールにて、妹に正座説教をぶち込むに至ったのであった。


      ※


 セスマロウ・ゴルドラインは激しやすい気性であった。

 武門家の次男なのだ。剣に槍に弓に馬乗りに、荒事の腕を鍛える青春期を過ごしたことが原因だろう。

 時に人から疎まれ、またある時はたしなめられ、ずいぶんと窮屈な思いをしてきた。

 どうして、あるがままに言葉を、行動を作ることが許されないのか、と。


 けれども、家が財政破綻から改易となり、それが契機となった。

 貴族身分を王へ返上した後は、伝手のあったペイルアンサ領主を頼った。武の威を見込まれ、いまは税務の職員として勤めている。主に、悪質滞納者への対応が業務だ。

 なので、ずいぶんと辛抱を覚えた。

 相手は大きな商家、有力貴族とつながりのある者など、繊細な事情が織り込まれる。暴発しては、問題が雨のように降り注ぐのだ。

 だから、辛抱の必要を理解し、実践している。


 けれども。


「妹が目を届かないところで、自堕落奔放をしていると知って、どうして怒らずにいられようか!」

「兄さん! 事故なの! 話を聞いて⁉」


 そんな鍛えぬいた忍耐をも容易くぶち抜く所業に、怒髪は天を衝いていた。

 

      ※


 人足がまばらになったとは言え、ギルドホールは無人とはいかない。

 帰りの遅れた探索者たちはカウンターに並んでいるし、何より事務作業の残る職員たちは勢ぞろいだ。

 それらの面前で、


「全身鎧のまま正座させられているよう……」

「アーイントさん、半泣きですね……」

「ガンちゃん、助けてやれない? 連れてきた手前、ちょっとかわいそうなんだけど」


 兄の口から流れ出るのが『完全な正論』だけなので、難しいという顔が返っている。

 ユーイが『こんな絵面見たことない……』と心根を寒々しくしていると、傍らから戸惑いの声が。


「アイ、何かしたのヨ? 拾い食いかヨ? ナシスもおっかないヨ……」

「違うよう。お前さんと一緒にしてや……レヴィルの嬢ちゃんはやるからなあ」

「私は知的興味を満たしているだけですぅよ? それで、この可哀面白い事態は、どういうことなんでぇす?」

「嬢ちゃんはほんと、好奇心が旺盛だよう」


 昔の同僚たちもそうだが、他人が説教されているのを楽しがる神経はどうなっているのだか。

 呆れ、渦中の二人を遠巻きにしながら、事態の推移を説明する。


「最初に、お兄さんの知り合いが目撃したんだと」

「目撃なのヨ?」

「おう。お宅の放逐された妹さんが、男の部屋に入り浸っている、ってよう」

「ええ? それぇは……」

「しかも妹さんだけじゃない。もう一人囲っていて、つい先日にまた増えたって」


 結論に誤解はあるが、過程は完全に正しい。

 裏取りをしたところ間違いなし、となった所で、偶然に城内で遭遇したのだった。

 胸倉を掴まれ、けれども誤解を解かんと弁解を試みたところ、問答する暇も与えられなかった。


「笑っちまったよ。白カードをぶら下げた不逞の輩になんぞ、聞く耳などない! って一刀両断なんだよ?」

「けど、ああしてアイちゃぁんを正座させているってことは、事情はわかっているってことですよぉね?」

「ガンちゃんさんが助けてくれたんだよう」

「これでもギルド職員で、実家は末席とはいえ貴族ですからね」

「風来坊とは違うね! 俺の組織に、それだけの信用があるってことだ!」

「てめぇはゲラゲラ笑っていただけじゃねぇか……!」


 軋轢と状況の共有が果たされた。

 では次に、どう解決したなら夕飯にありつけるものか、という協議に移行する。

 と、向かうべき店と献立のリストアップが白熱したところで、事態が動き出した。


「うるさいうるさい! なによ、急に現れてガミガミガミガミ……!」

「なんだと!」

「私は私で、自分に責任を持ってちゃんとやっているの! 兄さんこそ、なんでペイルアンサに居るのよ!」

「領主さまを頼って、世話になっているんだ!」

「なにそれ! 他の家族は追い出して、自分ばっかり食い扶持にありついているっての⁉」

「バカを言うな! 母はかつての領内で教師を、兄は代官に招かれ相談役だ!」

「……え?」


 ユーイは、熱された空気が冷えて淀むのを見過ごさなかった。

 付き合いの長いダンも同じで、ちら、と目を合わせて疑問をやり交わす。

 激した目元が驚きに塗られる妹に、セスマロウはけれど気が付かないのか、言葉を重ねる。


「他の兄弟も、家に勤めていた人たちも、皆がそれなりに生活を築いている!」


 言葉のたびに、アイの頬から力が落ちていく。

 不穏を見つけ止めに入ろうとしたユーイだが、静止より叱責が早い。


「それなのに、お前ときたら人様、それも『十一の爪先』なんて方に迷惑を……!」

「そんな……誰もそんなこと一言も……」


 兄譲りなのか、家系によるものか。

 もとより感情の発露と言葉が強めである少女であり、激発も頷けはする。

 特に、正論で蓋をされたままであったから、逃げ場を求めて。


「あ、こら! どこに行く! アイ!」


 立ち上がると、立ちふさがる兄を押しのけて駆け出してしまった。

 大門の向こう、すでに星がまたたくペイルアンサの街に向かって。

 残された面々は、余さず不安げな顔だ。

 なぜなら、


「アイちゃん、あの鎧のまま全力で押しやったよう……」


 伝来の板金鎧は、装う者には羽毛の如く、というキセキを封じた逸品である。

 なので動作は軽やかで素早く。

 質量はそのまま、運動の力に加わる。

 つまるところ、


「吹っ飛ばされて掲示板割れちまったよ……」

「お兄さぁん、大丈夫ですぅか……?」


 成人男性が一人、完全に意識を失い崩れ落ちてしまったのだから。

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