4:家宝の重み

 離散したゴルドライン家は、各々が各々の才覚を発揮して、食うに困らないどころか平均として上の生活を営んでいるという。


「貴族としてのあれこれがなくなったので、生活そのものはかなり楽になっているんです。こんなお店に入れる具合には」


 当事者の逃走、という決着を見た騒動は、その後始末をギルド外のレストランに舞台を移した。

 平民が利用する中でも中層ほどの、落ち着いた食事処。

 面倒をかけた謝罪として、ユーイとダンを招いたのだ。

 ちなみに、あの場にいた女性陣は、こぞってアイの後を追っていった。

 申し訳なかったと頭を下げるセスマロウに、ユーイは、


「体、大丈夫なのかよう……?」

「ええ。家柄、ずいぶんと丈夫な家系でして」


 そういや、アイちゃんも裸拳を顔面にしこたま喰らっても、わりかしピンピンしていたなあ、と証左になる事案を思い出していた。


「まさか妹が、かの『指飛ばし』と同行しているとは思いませんで」

「悪名ばっかさあ、なあリーダー?」

「何をオッシャッテいるんですか、あなたは。私は関係ありませんよ?」

「はは、ご謙遜を。『太陽眼』の逸話も、よくよく聞き及んでおります」

「へっへっへ。逃げられねぇってよ、ダン」


 歳を聞けば二十一歳。

 ただでさえあちこちで名を売っていた徒党だ。その上、槍働きで家と成したとなれば、戦時の武名は近しくあり、憧れとなるのだろう。

 だからこそ、彼が向ける敬意は大きい。


「知らぬとはいえ無礼を働き、そのうえ妹まで迷惑をおかけしているとは、弁明もありません」

「良いよう。事情を説明したら、納得してくれたんだし」

「あのユウ坊が立派になって……!」

「まるで、俺が未だに貴族の指を切り落とすみたいに言いやがって……」

「え? だって、森で無礼を働いた白カードに、縞背猪をけしかけたって……」

「ははは! まるで家族のように仲がよろしいんですね」


 もしかして目まで筋肉でできているのかよう、と深刻な不安が。

 ともあれ、謝罪があり、受け取ったことで、城内のいざこざは終わりだ。

 残るのは、


「アイのことです」

「部屋なら良いんだよう。俺も納得済みだから……大家さんには睨まれているけども」

「ダメじゃないですか! 一刻も早くどうにかしますので!」


 解決の糸口が見えない現状だ。

 長期の下宿や貸し住宅どころか、一晩の宿すら確保が難しい情勢である。

 出稼ぎの一団が村に戻る夏終わり頃までは、我慢が続くであろう。

 なので、食事の席にあっては、頭を悩ませるばかりになってしまう。


「まあま。もう今日はどうにもならないからね」

「申し訳ありません。お言葉に甘えまして……」


 男三人は、出会った今日という日を祝い、杯を乾かすのだった。


      ※


「剣の才覚は兄弟で抜きん出ていました」


 少女を間近で見守っていた兄が、てらいなく称賛するほどに、である。


「体格と経験で負けることはありませんでしたが、あの子と私の歩む速度は明らかに差があった。追いつかれ追い越されたなら、二度と並び立つことはできないだろうと確信できるほどに」


 だから、と彼は続ける。


「改易が決まった時、鎧の去就は私が提案をして、家族全員の賛成を以て、アイに預けたのです」

「それが、追い出された、と思っているのか」

「本人も、鎧を預けられた意味はわかっているようだったよう?」

「けれども、家の事情で進む道を狭めたのには変わらない。恨まれる覚悟はあったんですが……」


 実際、久方振りに顔を合わせたところ、喧嘩別れに終わってしまった。

 後悔がある、とセスマロウがグラスの赤に目を落として、呟いている。

 ユーイは、しばらく寝食を近くしてきた少女の相棒は、しかし、見解が違う。


「お兄さん。アイちゃん、よく言っているんだけどよう」

「はい?」

「探索者をしているのは、大きなお金が欲しいからなんだと」

「まあ、俺らも屋敷買ったり、ギルド開いたりできたから、実入りはデカいね」

「ふむ……その大金で、なにか欲しい物でもあるんでしょうか?」

「おうさあ」


 はてさて、妹の本心に触れたとき、この兄はどんな顔をするものか。

 愉快に思いながら、あの子の言葉を形に。


「いずれ、家族や家族同然だった人たちとまた一緒に暮らしたい、んだとさあ」


      ※


 宿へ向かう狭く入りくんだ路地を歩く少女は、まずもって悔しかった。

 自分は、こんなにも必死に頑張っているのに。

 家族がもう一度集まれるよう、兎にも角にも現金を用意するために体を張っているのに。

 どうして、唐突に現れた兄に叱られなければならないのか。


 次に悲しかった。

 離散した後の家族が、順調に次のステップへ踏み出していることに。

 下の兄がペイルアンサに居るなんて報されていなかったし、他のみんなもそうだ。

 鎧の件があるのはわかるが、これでは自分だけ除け者ではないか。


 最後に、徒労感に襲われた。

 これまで、家族のために、家のためにと歯を食いしばっていたのに。

 貯金を蓄え、家名を再び掲げるための勉強をしていたのに。

 誰も別段に、末子の助けを必要となんかしていなかったなんて。


 だから。

 鉄靴が地面を蹴る音は、荒く高く、夜に響く。

 うつむき加減になってしまって、溜まった涙が落ちてしまう。


「みんな、私の気も知らないで……!」


 悔、非、疲。

 上向きになれない感情がカクテルになって、アーイントの意識は酩酊に沈む。

 思考が理によらず、感情の膨らみに呑まれていく。

 城壁内と違って街路などない、軒の明かりだけが頼りの暗がりが、なおいけない。

 見えるものすら曖昧だから、頭の中が狭隘に入り込んで先鋭化していくのだ。


 鬱屈が溜まって吐き出せないから、足音だって知らずと高くなってしまう。

 良くない感情が加速してしまうから、払うべき注意を怠ってしまう。


 だから、宿のドアをくぐったことにも意識が向かなかったし、


「あ」


 その足元が、古い木造で毎回に荷重を意識していたことも、忘れていた。

 己が、着る者には羽毛の如くである逸品の鎧を着込んだままであることも。

 踏み出した鉄の靴が、階段の梁を軋ませ砕く、その瞬間まで。


      ※


「こりゃあ、派手にやったよう」


 荷重過多で下宿の床を踏み抜いた一事は、救援を求めて駆けつけたレヴィルによって知ることとなった。

 幸いに加害者の兄とは、直前に別れたタイミングである。

 ユーイが急ぎ駆け付ければ、


「ルナがいてくれて助かったよう」

「えっへんだヨ! 床から鎧を引っこ抜くぐらい簡単だヨ!」


 中身が詰まったままの全身鎧という超重量物は、無事にサルベージが終えられていた。

 魔王の、尋常ならざる膂力で以て、だ。

 吊り上げられた少女は、そのままの格好で、一階の石床にへたり込んでいた。

 気の毒になるほど力なく、涙を溜めたまま。


「ご、ごめんなさい……」

「おう。貴族の御子女さまにしちゃあ、ちゃんと謝れるよう」

「なによ……笑いたければ笑えばいいわよ……」


 挑発じみた激を飛ばせば、本来が激発しやすい性格だ。すぐに目元へ力がこもるだろう、という目算での冗談だったのだが。

 思いのほか重症だなと、壮年はしゃがみ込む。


 視線の高さを合わせてみれば、けれどぷい、と逃げていく。

 バツが悪いのか、気恥ずかしさか、それとも八つ当たりか。とにかく、意思の疎通を拒む姿勢だ。


「いま、レヴィルが大家さんと交渉してくれているよう」

「そう。けど、私は出ていくわ。オジサン、今までありがと」

「ええ⁉ アイ、いなくなるヨ?」

「また床を抜いちゃう前にね。もともと、勝手に間借りしていたんだし」

「けどよう、アテもないだろうよう?」


 目を逸らしたまま返るのは沈黙。

 肯定と、追及の拒絶を一緒にした、だんまりである。

 困った、と頬を掻くと、ふと気が付く。

 脛当てが、ぐにゃりと曲がりへこんでいることに。


      ※


「アイちゃん、それどうした」

「……なんでもないわよ」

「んなわけあるか。ルナ、押さえつけるんだよう」

「ちょ、だめ! や……!」


 笑いながら体を押さえつける魔王の御業で、ユーイは容易く損傷部位を取り外した。

 鉄靴も脱がされ、表れたのは、腫れ上がった足首。


「落ちた拍子に、変な角度で下の石床に付いたんだな」

「アイ、これ、すごい痛そうヨ……」

「痛くなんか……ぃっ!」


 意地っ張りは、おっさんの指一本で声ならぬ悲鳴に転じた。

 ダメだこりゃ、と肩をすくめる。


「怪我はレヴィルの嬢ちゃんに治してもらえばいいだろ。問題は」


 手にした、曲がった脛当てに目を落とした。

 かの逸品が有する『軽微な自己修復』のキセキが及ばぬ損傷、ということ。

 このまま装着してはおそらく、稼働のたびに纏う者の脛が削られてしまう。


「叩き直さんといかんなあ……職人は地元かよう?」

「ええ……大丈夫よ。脛当てだけ付けなきゃいいでしょ!」


 確かに、一部を外し部分鎧として利用する例は、ユーイも見聞きしている。

 が、今回に関しては論外だ。


「軽く感じるキセキってのは、一揃えで効果あるんじゃないのかよう」

「逆に、どこか欠けても大丈夫だったらヨ? 付けてない脛のところに、鎧の荷重がかかるんじゃないかなヨ?」

「ぐぬぬ……!」

「そうだヨ! 私が魔法で直してあげるヨ!」

「ほんと⁉」

「やめとけよう……昨日の、連結イタチのザマを見たろうさあ。治るついでに、喋りだしても驚かないぜ、俺はよう」


 制御が苦手なルナに任せては、何が起きるかわかったものではない。

 専門の、それも設計から携わった人間を頼るのが最適切なのだ。

 けれども、わだかまりがあるらしく、下を向いてしまう。


「でも、なんにも出来てないのに、おめおめと故郷には……」

「大切な、家宝の鎧なんだろ?」

「う……けど、さ……」


 言葉につまって、否定に首を振るばかり。

 よほど、偶然に出会った兄と、彼から聞かされた家族の現状にショックを受けていたようだ。

 さもありなん、全霊で目的としていた『家の復興』を、否定されたようなものなのだから。


 当初の見立ての通り、少女の望郷はかなりの重症であるようだった。

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