第三章:行く先は取りこぼした『かつて』に、暖かく舗装されているから

1:邪まなる暴威の取り扱い

 深く暗いゼンバの森に、今日も喧騒と悲鳴が響き渡る。


「誰よ! また連穴イタチの巣をつついたの!」

「なんだよう! アイちゃんじゃないのかよう!」

「私だヨ! たくさん詰まっていて、可愛かったんだヨ!」

「また、って言っていますけど、前はアイちゃぁんですからぁね⁉」


 探索者ギルドの証を揺らす四人は、枝をくぐり、根を踏み越え、息を切らして駆けていた。

 時折食いついてくる獰猛な牙を剣で打ち払い。

 振り向きざまに、身をくねらす機敏な細身に矢を突き立て。

 ひらりひらりと跳ねるローブの裾をつまみながら。


「ああ、もう! 何匹いるのよ!」

「手数が足りないでぇす! 息さえ整えばキセキが使えますけぇど!」

「へ! 立ち止まったら、たちまちケツの肉がなくなっちまうよう!」


 つまるところ、群れ成すイタチたちを御すには二通り。

 こちらの脅威を見せつけ、追い散らすか。

 追跡が無意味と悟らせるまで、逃げ切るか。

 どちらにしろできなくはないが、溶ける時間と体力を考えるとうんざりしてしまうくらいには厄介だ。


「あ! じゃあ、ルナの魔法でどうにかならない⁉」

「名案でぇす! この前の爆発くらいできるなら、簡単ですぅよ⁉」

「おう! 待て、待つん……!」

「やっちゃって、ルナ!」

「わかったヨ! 任せるのヨ!」


 ベテランの制止は、けれど徒党の代表によって黙殺。

 指示を受けた新入りは、長い四肢をしなやかに反転に用いれば、ち、と唇を尖らせていく。

 狂気めいた怒りに折り重なる怒涛に、舌をちろ、と舐め見せながら。

 黒く、しかし負けぬほど緋に輝く舌渦が踊り、


「伏せるんだよう!」


 ユーイの戒める叫びを追うように。

 口内に引き戻された舌が、叩くように歌うように高く鳴らされると、


「え?」

「伏せろって、アイちゃん!」


 魔王の眼前に、理ならぬ火線が迸る。

 昏く深い森。

 その薄暗がりに、日の出のような光量が爆発する。

 何物も息を潜める静寂に、瓦礫の崩れるような音が膨らむ。

 それらを伴って、身の丈ほどの火柱が、広がるように群体を一閃していった。


      ※


「うまくいったヨ! 褒めてヨ!」


 残されたのは三つ。

 窮地を脱し、力なく伏せる一行。

 両手を広げてはしゃぐ魔王の姿。

 そして、イタチの大群と思しき、地面の焦げ跡だけ。


「なんでぇす、この威力……?」

「大丈夫かよう、二人とも。目は?」

「へ、平気だけど……」


 暴力的な光と音が収まり、探索者の先達たちは呆然となる。

 新人の手柄が、ちょっと勢い良すぎたのだ。

 彼女は手を打ち身を回しながらこちらに駆け寄ると、称賛を求めて笑顔を近づける。


「ユーイ! どうかなヨ⁉」

「どうかなってよう……」


 アイたちを庇うように横たわったレンジャーは、口を半開きに辺りへ目を。

 あちらこちらの焼け跡を見咎めた後で、切実な望みを伝える。


「もう少し手加減してくれよう……」

「ええ⁉ めいっぱい弱めたヨ⁉ 無茶を言うんだヨ!」

「これで、めいっぱい……?」

「イタチさん、欠片も残っていませぇんよ……?」

「な、なにヨ! アイもレヴィルもそんな目をしてヨ……!」


 弾ける笑顔は一転、理不尽に晒された哀れな被害者のものとなって、その身の潔白をわめきたてるのだった。


      ※


 魔王カルナカンが探索者となったのは昨晩であった。

 彼女が、ユーイを頼ってペイルアンサに訪れた翌日である。

 朝には登録の予定だったが、早朝から『城壁内侵入事件』を巻き起こしたためだ。ユーイと領主の胃袋を犠牲として昼頃に解決となったものの、物理と社会と通念に挑戦をした蛮行の後始末は容易いものではなかった。


「だけど白カードからスタートなのね、ルナ」

「そうヨ! ユーイとおそろいヨ!」

「魔王さぁまと指飛ばしさぁんが、どっちも森に入れないとか笑い話ですぅね」

「ほんとだぜ……ほら、焼けたよう」


 当初ギルド側は、外交特使としての側面を考えて『森を通行する証明』となる最高位、赤カードの交付を検討していたという。

 であるが、派手な事件のさなかに魔王を名乗った人物へ、赤カードを用意しては要らない耳目を集める懸念が発生。その発言自体は『ガンジェ魔王化』として誤魔化してあるが、不要に跳ねる危険を考えての措置であった。


「わあ! おいしそうヨ!」

「鉄爪熊だよう。向こうじゃあんまり見ないからなあ」

「お昼前に、手頃なのがいて良かったですぅよ」

「ほんと。ルナが『名誉挽回ヨ!』ってぶっ放すの、慌てて止めたもんね」

「だってヨ……アイもレヴィルもイタチを見て、あちゃあ、って顔だったもんヨ……」

「やめてくれよう……魔王サマがかましたら、熊だって消し炭だよう……」


 本人の希望とギルド側からの要請によって、魔王はいま、アーイント・ゴルドラインが率いる徒党の所属となった。

 懸念は、対立軸のある正神教徒たるレヴィル・フォンムとの軋轢だったが、いまのところ杞憂である。

 魔王側が、そも教会勢力へ敵意がないこと。

 レヴィル自身が、教会内で異端児であるため。

 周囲の取り越し苦労に終わっており、なんなら、昨晩の夕食時は不審な食材に食らいついて仲良く崩れ落ちていたくらいだ。


「なにヨ! ユーイ、いじわるばっかり言うのヨ!」

「意地悪じゃねぇよ……せっかくの肉と毛皮を、炭にしないでくれって言ってるんだよう」

「じゃあ、爆発じゃなきゃいいんじゃない?」

「魔法ですからぁね。私、初めて見ましたけぇど、風を操るとかできるんですぅよ?」

「ダメだよう。前に突風起こしたときは、デカい杉を軒並み薙ぎ倒したし、雷を出したときは家一軒くらいの穴を作りやがったよう……」

「すご……え? 魔法って私も初めてなんだけど、そんなに凄いんだ」

「えへへ、だヨ! もっと褒めてヨ!」


「数で言えば、キセキ使いに出会うより確率は高いよう。昔の仲間にもいたしな」

「あ、そうなんでぇす?」

「けど、あんな規模を、指印も発声も無しに事前準備なく使えるのは、キセキ使いに会うなんて目じゃない確率さあ」

「ああ、やっぱりそうなの? とんでもないとは思ってたけどさ」

「おう。なんせ、大陸に五人だけだからな」

「あ! ユーイ、その話は終わりヨ! お肉食べようヨ! ね⁉ ね⁉」

「五人って……もしかして、五人の魔王でぇす?」

「なるほど。同格ってことなら納得ね」

「でな、ルナは魔王の中で、一番に不器用らしくてな」

「ユーイ! やっぱりユーイはいじわるだヨ!」


 なので、高威力を解き放つのは得意だが、制御や精密性は壊滅的であると。


「びっくりしただけで、城を半壊に追い込むくらいさあ」

「アイ! 助けてヨ! ユーイがいじわるす……アイ? どうしたヨ、アイ? あれ、レヴィルもヨ?」


 つまり、自ら律するに難しい天災が、人の形をしているということ。

 そんなものを、如何に助けるのか。抱きつかれて、この身は安全なのか。


「毎晩、同じベッドだったんですぅよね……?」

「オジサン、ほんと、なんか、やっぱりすごいわね」


 慣れこそ肝要だなあ、と、壮年は油したたり仕上がった熊肉に口を寄せるのだった。

 

      ※


 昼食もそろそろ終わり、という頃。

 誰も腹がこなれて、警戒感が薄れてまどろみに満ちている。

 そんな昼休みに、徒党の首魁は相互理解を求めて口を開いた。


「そういえば、ルナは王様なわけでしょ?」

「一応そうだヨ?」

「出奔してこっちに来て、大丈夫なの?」

「ああ。それは気になっていましぃた!」


 統べる者は、統べられる者に責任を持つ。

 毎日の仕事量は、自分の身体一つのためならず、大なり小なり負担が大きい仕事のはず。

 貴族として雇われ人を屋敷に置いていたアイには、その困難がよくわかる。

 いわんや、魔王領のトップとなれば。


「あはは! 大丈夫ヨ!」

「見りゃあわかるだろ。こんな感じだからよう、下がしっかりしてんだ。前に、ナシスに会ったろ。姫と殴り合った時さあ」

「ああ、顔のない! すごいちゃんとした人だったわ!」

「あんな紳士、見たことないでぇす!」


 大絶賛に胸を張るルナに、ユーイは大概にしろよ、と横目を投げる。

 で、大切なことを思い出した。


「そうだ。俺ら二人、明日いないからよう」

「え? そうなのヨ? 私もヨ?」

「どうしたんでぇす?」

「今の話を聞きたがっている奴に呼び出されているんだよう」


 魔王領の動向に胃を痛め。

 正神教の突き上げに、気を揉んでいる男に。


「領主さまに、向こうの状況を教えてやらないといかんのさあ」

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