6:思うほどに予断なく、案ずるほどに危殆なく
予想はしていたのだと、ユーイは言った。
予想よりも進行が早い、とも。
壮年にとって野盗襲撃の報は、驚きよりも苦みで以て受け止めていたようだった。
加えて、続く展開をも予見してみせた。
曰く、各地で似たような状況が起こり、最後にはどこかの村が一つ丸々消滅するだろう、と。そして、証言者がいない惨劇が、魔族によって引き起こされたことになる。
それを言いがかりに、聖堂騎士団が動き出すのだ。
実際、ハダスから届けられた報の後に、二つばかり駆けこんでいる。
時間が区切られた。
誰もが、成すべきを定め動き出している。
レンフルフは、教会の手勢となった野盗らへ対処するため領主へ掛け合いに。
レヴィルは、悪辣な司教の動きへの重しとなるべく、ギルドホールにて待機を。
アーイントは、前線への助力になるべく『先駆ける足』の幹部らと合流し、準備を。
それらの指示を下した後、ユウィルトは先んじて駆け出していた。
報のあったハダス村を目指して、馬に跨り一人、赴いていってしまったのだ。
彼らをカウンターから見送ったガンジェは、吐息と、握る拳にこもる悔しさを隠し切れないでいた。
日課を終えた探索者たちの波が引いた、すでに夜を迎えた時刻。
手際に定評のある敏腕窓口業務員は、常の精彩を欠いたままに終業を迎えていた。
一日が終わり、しかしギルドホールは緊急事態が敷かれ、全職員が待機をしている。一人残った幹部であるオルマインの指示だ。
誰も事情を知り、緊迫に顔色を青く。
「ガンさぁん、大丈夫でぇす?」
「え? あ、はい、レヴィルさん。どうしました?」
「どうしましたは、こっちのセリフですぅね」
同じくホールで待機していた聖職者。彼女が、カウンター越しに覗き込んで来るまで、その接近に気が付かないほど、耽っていたようだ。
頭を振り、無理矢理に笑顔を作ると、心持を立て直す。
「いけませんね。現場の皆さんに任せっぱなしで、ギルド側では何もできないのがもどかしくて」
「あらあ。私たちも『ギルド』の一部ですぅし、なにより幹部の皆さんが前に出ているじゃないですぅか」
なにより、と笑う。
「出ていった誰もが帰ってこられるよう、居場所を守るのが後方のお仕事ですぅよ」
自分も教会の浸食を食い止めるべく残ったのだから、と。
励ましの言葉は暖かく、握った拳が自然と緩んでいく。
痛ましい沈黙の満ちるホールに、ほんのりと明かりがともったような気になれるのは、さすが聖職者だと感心。
「それでですぅね」
そんな彼女が、カウンターに身を預けて顔を寄せてくる。サスペンダーで強調される豊かな胸部が形を歪める様に、いやこれ聖職者の括りでいいんですか、これ。自分より割と年下なのに、キセキのおかげなんですかね。
「ギルド長さんが出ていくとぉき、何か耳打ちされていませんでしぃた?」
こちらの視線には気付いていないようで、声をひそめて懸念を伝えてくる。
確かに、直営酒場を出る際に忠告のような、助言のような言葉を貰ってある。
「ええ。職員名簿を検めろ、と。そこに切り札を隠してあるとか」
とはいえ、職員名簿はギルド長を筆頭に幹部が名を連ね、その下に管理職員が並ぶばかりだ。領主への提出もしており、代表が持つ原本には承認印も押された正式な書類である。
どうして、そこに鬼手が隠せるというのか。
「ちょっと意味が分からなくて……」
「でしたら、ダメ元でも一度目を通してみませぇん? 暗い顔で椅子に座っているだけよりも、益が無くともよほど健全ですぅよ?」
私も一緒に、と笑いかけてくる。
確かに彼女のいう事は正しいと判じ、実りを期待はせず、書類棚の中から職員名簿を引き出すのだった。
※
日の沈んだ街道を、早馬が駆ける。
冬を越えた春の芽吹きが、壁のようにユーイの鼻をくすぐり、髪を躍らせていく。
つい先日に歩んだハダス村へ続く街道であるが、あの時よりも明確に緑が濃く薫っているのは季節の足の早さによるものだ。
なので、馬を走らせているユーイの額は、汗に星明りを返している。
手綱を操る疲労のためか、迫るリミットへの焦りのためか。
本人も判然としないまま、村へ急ぐ。
開拓村に限らず、中央から離れた人里ほど、その性質は頑強になる。
援軍に時間がかかるため、野生生物の相手をしているため、独立心が高いため。さまざま理由はあるが、村を守るための気概と実力と備えが、それなりあるのだ。
だから、大人数の野盗といえど一息に勝負を決めることは難しいのが通例である。
あるのだが、
「けどよう、収奪が目的じゃなきゃあ、あっという間だからよう」
戦利品を目的としない手段を取られたなら、例えば村丸ごとを焼き尽くす目論見で火矢を打ち込まれたなら。
壊滅までの時間は、ぐっと短縮されてしまう。
村が耐えられるうちに、増援を間に合わせなければならない。
なにより、ハダスを救った後に他の村へ走らなければならない。
道程はすでに折り返しを越え、間もなく村が見えるという距離で、
「……派手にやってやがるな」
行く手は、赤く揺れているのだった。
加えて、数多の蹄の音が近づいてくる。
野盗どもの足止めか、と舌を打ち、背の弓を片手で構える。
体幹だけで馬を操り、矢をつがえると、先頭を走る一際巨漢へ狙いを。
狙うは統率者だ。時間が無い以上、一矢での決着が望みだ。
だが、
「俺だ、見えているだろ『指飛ばし』!」
定めた鏃の先で、無手をかざしてくる。
火の明かりを逆光として、ユーイが目を細め正体を判じようと凝らせば、
「赤毛熊かよう。よほど指が要らないようだなあ……!」
目元を厳しく、引き絞る弦の張りを強めれば、
「待てよ、話を聞け! 村を襲った輩は、俺らが討ち取った!」
「……あん?」
思いもよらない、好転の方が届けられたのだった。
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